【フィギュアスケート】王者マリニンに対抗する術は? 鍵山優真...の画像はこちら >>

【完全勝利を続けるイリア・マリニン】

 フィギュアスケート男子シングルの世界王者、イリア・マリニン(20歳/アメリカ)は超人的な領域に達している。

 フリースケーティングでは7本のジャンプ、すべて4回転に挑む。10代で史上初の4回転アクセルに成功しただけでなく、それを4回転ジャンプ構成に組み入れている。

驚くべきことに6種類の4回転を成功させ、ジャンパーとしての技量は比類がない。

 コンビネーションジャンプも型破りだ。4回転ルッツ+オイラー+3回転フリップ、4回転サルコウ+トリプルアクセルと、いずれも史上初めて成功している。その結果、フリーは世界最高得点記録を更新し続け、今シーズンのGPシリーズ・スケートカナダでも228.97点を叩き出した。総合でも、333.81点と同じく世界記録だ。

「人類は何回転できるのか?」。その問いに真っ向から答えるような演技で、そこにもはや是非はない。前人未到の技術で、彼は回り続ける。世界選手権連覇も、GPファイナル連覇も、その結果に過ぎない。今シーズンのGPリシーズでも、フランスグランプリ、スケートカナダでショート、フリーとすべて1位で完全優勝だった。

 2024年世界選手権でマリニンは、ショートプログラム(SP)では3位で、当時は宇野昌磨と鍵山優真の後塵を拝していた。しかし、フリーは227.79点で劇的な逆転優勝。

そこからは旋風が吹き荒れる。

 マリニンは、フィギュアスケートという競技を変革させつつあるのだろう。五輪シーズン、そんなマリニンに対抗する術はあるのか?

【会心の演技でも差は歴然......】

 11月7日、大阪。GPシリーズ・NHK杯のSPでは世界各国のスケーターが熱戦を演じている。

 一気に熱気を高めたのは、韓国のチャ・ジュンファンだろう。91.60点と、シーズンベストのスコアを叩き出した。リンクにはたくさんの花が投げ入れられ、3位に食い込んでいる。

 SP2位に入った佐藤駿も、会心に近い出来だった。フィニッシュポーズで右腕を突き上げると、大歓声を浴び、数多くピンクのバナーが振られていた。96.67点はシーズン自己最高だ。

「今日は6分間練習から、足が動いていたんじゃないかなって思います」

 佐藤はそう言って、演技前から感触がよかったようで、ベストに近い演技だったはずだ。

 しかし、このふたりがこれだけレベルの高いスケーティングを見せても、"マリニン包囲網"にはならない。得点はSPでも歴然の差。

フリーではさらに広がるだろう。

 マリニンはSPでは2023年以降、100点以上を出し続けている。2024年のGPシリーズ・スケートアメリカでは唯一100点を切った。それでも、99・69点だ。

【鍵山優真が見せた"ヒント"】

 結局のところ、点数で対抗することに囚われるべきではないのかもしない。最終滑走の鍵山優真は、そのヒントを与えている。

 鍵山はSPの『I Wish』でピアノとギターの音を拾い、気持ちが沸き立つような滑りを見せた。

 冒頭の4回転トーループ+3回転トーループ、4回転サルコウと美しい着氷でGOE(出来ばえ点)も高得点を叩き出している。最後のトリプルアクセルも完璧なジャンプだった。曲のなかにジャンプが自然に入っていて、ひとつのプログラムとして物語性を感じさせた。

「スポーツなので点数は大事なんですけど、芸術面でも"ひとつの作品"として見られていることを意識しています。自分と見ている人たちでプログラムを完成させるというか。

次は、もっと一番上にいるお客さんにまで届けられるように」

 演技後、鍵山は語ったが、まさに作品性が高かった。旋律に乗って、観客と一体になるプログラムだったと言える。それはスコアにも結びつくはずだ。

 もっとも、点数は98.58点で100点台に乗っていない。

「スケートを始めて、初めてスピンで0点を出してしまいました。最初のキャメルスピンのポジションに入れず、減速してしまって」

 鍵山は言うが、暗さはない。父である正和コーチは、リンクサイドで笑みをこぼして迎えていた。

「父には『初めて見た!』と言われました。自分も、初めてやっちまったって(笑)。スピンは『できて当然』という気持ちで練習していて、そのうえでGOEを狙っているので、『あれ、何が起きたの』ってなってしまって。あり得ないミスでした。動揺は隠せなかったですが、トリプルアクセルも残っていたし、気持ちを切り替えてやることはできました」

 痛恨のミスだが、今後に向けてはコントロールできることだけに深刻さはなかった。

「100点に届くには、やっぱり細かい積み重ねが大事なんだなってあらためて思いました。エレメンツを全部成功させる。それでプログラムの完成度も決まっていくはずで」

 鍵山は言う。逆に言えばスピンが加点されていたら、少なくともSPはマリニンに対抗できる演技だった。ハプニングがなかったら、プログラム全体の臨場感も上がるはずだ。

 現状、鍵山がベストを尽くし、ノーミスでも、マリニンとは互角だろうか。だからこそ、プログラムの物語性に勝機を求めるしかないのかもしれない。フィギュアスケートで求められる芸術性を貫くことで、たどり着ける境地があるはずだが......。

 2022年10月、そのシーズンの世界選手権で最後にマリニンをひざまずかせた宇野は、暗示的にこう語っていた。

「マリニンのすごさは、4回転アクセルを跳ぶことだけじゃなくて、それ以外の4回転も跳べるところ。柔軟性があるからケガもしにくいジャンプで、無駄な力が入らず、ラクに安定して跳んでいる。これからどんどん伸びるはずで、1~2年後は圧倒的選手になっていると思います」

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