【フィギュアスケート】坂本花織、現役最後のNHK杯で首位発進...の画像はこちら >>

【緊張で吐きそう......】

 11月7日、大阪。GPシリーズのNHK杯女子シングル、ショートプログラム(SP)のリンクに立った坂本花織(25歳/シスメックス)は、決然として見えた。しかし、肩に力が入っているわけではない。

吹っ切れたようだった。

「昨日今日の公式練習でマックスの緊張を味わって、吐きそうでした」

 坂本はそう振り返る。

「私は毎度毎度、試合では緊張するので。大会が大きくても小さくても、そうですね。だから、『緊張しない』ではなくて、『緊張を受け入れる』ことにしていて。緊張したほうがいい演技ができるのもあるので、『いつもどおり緊張しているな、よしよし』『まあ、ご飯は喉通らんけど』って頭のなかで会話していました」

 自分との対話。それが世界に冠たる彼女のフィギュアスケートの作法なのだろう。その日、坂本はあらためて実力者としての地力を見せたーー。

【ライバルも感動させるステップシークエンス】

 今シーズン限りでの現役引退を表明している坂本は、最終滑走でスタートポジションについた。会場に『Time to Say Goodbye』の優しい音色が流れると、「お別れを言う時」というタイトルが彼女の濃密なスケート競技人生とマッチし、ファンはこの時点で万感胸に迫るものがあるという。

 そして彼女自身は、切ない律動も体に取り込んだように滑り始める。冒頭、坂本はスピード感のあるスケートから難度の高い3回転ルッツを成功させた。アテンションはついたが、悪くない滑り出しだった。

 フラインキングキャメルスピンはダイナミックで壮大さを感じさせ、回転する時に伸ばした手がひらひらとする動きは別の生き物のようで、異形の美しさがあった。レベル4も当然だ。

「思い入れのあるプログラム。次の人生の第一歩にもなるように」と坂本本人が言うだけに、気迫もこもっていた。そして、上半身を仰け反らせると、難しい体勢から疾走感が失われない"十八番"のダブルアクセルを決めている。最後のジャンプは3回転フリップ+3回転トーループでGOE(出来ばえ点)を含めて12.19点を叩き出した。これで会場の歓声がひときわ大きくなった。

「感動して泣いてしまいそうなステップシークエンスでした」

 SPで坂本に次ぐ2位に入ったソフィア・サモデルキナ(カザフスタン)も絶賛するほどのステップ、スピンで締めくくった。

「シャー!」。フィニッシュポーズ後、坂本も歓喜を抑えきれないように腕を振った。77.05点で首位に躍り出た。

【いい流れでNHK杯4回目の優勝へ】

 率直に言って、何を緊張していたのかわからないほど、彼女の演技は頭抜けていた。

ただ、そうやって緊張するということは究極の真剣さを意味している。おそらく、そこに圧倒的な強さの理由があるのだ。

「公式練習まではすごく緊張していたんですが、本番でいい緊張に落ち着いてよかったです。(朝の公式練習後に)一度、ホテル戻ってリラックスしていたら落ち着いてきて、ご飯も喉を通るようになって、『いい流れが来ているかも』ってアップの時に思ってからはいい感じで。

 6分間練習で不安はなかったです。緊張し疲れちゃったのかもしれません(笑)。落ち着いて、普段の練習と変わらない演技ができました。ジャンプも納得いくものだったので、少しホッとしています」

 地元、関西凱旋で格の違いを見せつけた。

「パッと観客席を見た時、ところどころ知っている顔があると、やっぱり地元だなって思いますね。身近な人に国際大会を見に来てもらえることはなかなかないので頑張りました! しっかり(演技が)ハマってきた実感があって、ショートが鬼門のイメージがなくなってきました。いい方向につながっているなって」

 坂本は笑顔で言った。GPシリーズのフランス大会では新星、中井亜美に敗れて2位だったが、それも糧にしていた。

「(フランス大会は)ハイレベル過ぎやぞって思いました。シーズン序盤の大会で、220点以上で勝てなかったんですから。自分にとっても大事な経験でした。私が2位になる時は意味のあることが多い。まだまだ取りこぼしも多かったので、『気を抜いている場合ちゃうぞ』って点数と順位で示されたんだと思いました。そこからも波はあったんですけど、今回はショートをちゃんとできたので、まずは一安心って感じです」

 フランスで76.20点だったスコアを、今回は更新することに成功した。一戦一戦、競技人生のフィナーレに近づいていく。

「フリーも集中力を切らさずに。前半をしっかり演じて、リラックスして行けたら、後半までいけると思います。自分のスケートを演じきって、笑顔で終われるように」

 SP1位の坂本は、フリーも最後の登場になる。現役最後のNHK杯、優勝すれば4回目だ。

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