1本1本、決まっても決まらなくても、「あー!」とか、「うー」とか、「よっしゃー!」とか──。西本圭吾は、常にプレーと声、音が連動しているように見える。

 最も象徴的なのが、得点につながったスパイクやブロックのあとだ。それがたとえ前半の得点だろうと、セットポイントやマッチポイント、長いラリーを制した後であろうと、常に変わらぬ熱さで吼える。

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 昨シーズンのSVリーグでトップブロッカーに輝き、今年度は日本代表に選出され、ネーションズリーグや世界選手権に出場した。世界で圧倒された高さに、どう対応し、いかに突破できるか。エネルギーを前面に出すだけでなく、練習から1本ずつ緻密に考える。これまでも常にそうやって、目の前の壁を乗り越えてきた。

 そんな西本にとって、試合はすべて晴れ舞台だ。なかでも、SVリーグ2年目の今季、広島サンダーズへ移籍して迎えた初のホームゲームには、並々ならぬ思いで臨んだ。

 11月8日、福山市のエコピコアリーナふくやま。

 福山市に隣接する尾道市出身の西本は尾道高を卒業後、福山平成大に進み、全日本インカレ準優勝も経験した。福山はまさに、ホーム中のホームと言うべき思い出の場所だ。広島THの今季最初のホームゲームには、家族や友人も多く訪れ、「意気込みまくっていた」と本人は試合後に話した。

 どんな時も全力投球とばかりに助走から高く跳び、中央からの攻撃を仕掛ける。すると相手も当然、2枚のブロックでマークする。下に打ちつけた打球はブロックにかかり、1本で決めることができず、悔しさを露わにするシーンもあった。

 ジェイテクトSTINGS愛知との初戦は3-1で勝利を収めたが、試合後に西本が発した言葉には悔しさとうれしさが入り混じっていた。

「本来はもっといいパフォーマンスをしたかったです。個人としてはまだまだですけど、サーブは集中力も高くできたので、そこはひとつ、よかったですね」

 攻撃面だけでなく、この日はディフェンス面の貢献も目立った。サーブの後、ミドルブロッカーはネットを正面に、コート左後方のゾーン5と呼ばれるエリアのレシーブに入ることが多い。ミドルブロッカーの選手がサーブを打った後は、リベロと交代するのが大半であることもあり、ミドルブロッカーのレシーブをウィークポイントととらえ、攻撃側はミドルの選手が守る場所を狙ってスパイクを打つことが多い。この試合でも、西本のポジションへボールが飛ぶケースが多かった。

【ミドルながら、レシーブに意識的に取り組んできた】

 だが、打ち込まれたボールを何度も上げてみせた。狙い通り、とばかりに西本は言う。

「代表でもミドルがレシーブをするのは当たり前。重要なことと言われ続けてきたので、そこは意識的に取り組んできたつもりです。

まだまだですけど、自分のなかではひとつ、武器にできるところも増えたのかな、という感覚はあります」

 西本のレシーブ力の向上を証言する者もいる。

実はこの一戦はセットカウント1−1で競り合い、STINGS愛知のリードで第3セットの終盤を迎えた。だが広島THのアウトサイドヒッター、新井雄大がバックセンターで必死につないだ1本のレシーブが、彼らの逆転勝利の契機になった。その場面について、新井本人とセッターの永露元稀に質問が投げかけられると、永露は「いいレシーブに何度も助けられた」と言い、隣に座る西本を見ながらニヤリと笑った。

「西本がレシーブを、よく上げてくれたんで。ありがたかったです」

 1998年生まれの27歳の西本は、高校の春高(全日本高校選手権)やインターハイとは無縁だった。「福山平成(大学)に進んで、あの(準優勝した)全カレがなければ、Vリーグに入ることなんてできなかった」と本人は振り返る。それは決して、大げさではない。

 同期には、新井や宮浦健人(ウルフドッグス名古屋)といった世代を代表するアタッカーや、駿台学園高で高校バレー三冠を成し遂げた坂下純也(広島TH)や村山豪(東京グレートベアーズ)など、学生時代の輝かしい戦績を誇る選手が多い。「完全に遅咲き」と自負する西本が日本代表に選出され、SVリーグ初年度に並み居る猛者を差し置いて、トップブロッカー賞を受賞するまでの選手になった源には、反骨心がある。

 そもそも中学までは野球部に所属し、バレーボールを始めたのは高校に入ってから。「できない」経験が西本を強くした。

「高校でも大学でも、周りが簡単にできることが自分にはできない。毎回、そこで悔しいわけですよ。だから、絶対できるようになりたいと思って練習するし、周りの選手を超えてやろうと思う。それは(プロになった前所属先の)東レ(アローズ静岡)でも同じ。僕にはいつも、身近にどでかい壁になってくれる存在がいるから、成長してこられたんだと思います」

【「もっともっとレベルアップしたかった」】

 東レ静岡から広島へ移籍した理由のひとつには、ハビエル・ウェベル監督のもとで「もっとレベルアップ」したかったことがある。加えて、故郷・広島を本拠とするチームで戦いたい、という思いもあった。それは西本にとって、「プロ選手としての夢だった」。

 その初戦が思い出の地、福山という偶然も、西本を昂(たか)ぶらせた。

「自分が生まれ育った場所に近く、大学時代を過ごした街でもある。特別な思いがありました。でもそれだけじゃなく、大前提としてひとりのプロ選手としては、ホームゲームは常に勝たなければいけないと思っているので、勝つためにどうするか。それだけを考えて、集中して入ることができた。

勝ててよかったです」

 2戦目はSTINGS愛知に敗れ、ホームでの連勝を飾ることはできなかった。まだまだ始まったばかり、とはいえ、負けず嫌いの西本がこの敗北を未来への糧にしないはずがない。ありあまるほどのエネルギーを、コート上でほとばしらせるに違いない。

 どんなプレーを見せ、どれだけ吼えるのか。熱いミドルブロッカーを注視していきたい。

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