高い位置から、すーっと伸びる。

 放物線、とも違う。

ただとにかく「打ちやすそう」に見えるトスが、レフトサイドから攻撃に入るアタッカーの最高打点へ向けて伸びていく。

 緑に染まった広島サンダーズのホームゲーム初戦で、今季新加入した永露元稀のトスは、短期間で明らかな変化を見せていた。

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 身長192センチで、もともと高さに定評があり、ウルフドッグス名古屋でも、大阪ブルテオンでもそこを利点に、出場機会を得てきた。今季は日本代表でもネーションズリーグや世界選手権で出番を重ねてきたが、レフト側へのトスはやや詰まったり、低くなったり、遠慮気味に上げるシーンが多かった印象だ。

 だがこの日は、高いサイドへのトスを伸びやかに上げていた。それを新井雄大やアメリカ代表のクーパー・ロビンソンが高い打点から打ち切る姿を見ていると、思わず感嘆の声がもれた。

 なぜ短期間で変化したのか。そもそも「変化」しているのか。永露に尋ねると、表情が緩んだ。

「ハビさんからのひとつのアドバイスで、上げられるようになりました」

「ハビさん」とは、広島サンダーズの指揮官、ハビエル・ウェベル監督を指す。アルゼンチン代表の元セッターで、4度の五輪に出場を果たしたレジェンドであり、現在はアメリカ代表でもコーチを務める名将だ。

 今季、広島THに加入した西本圭吾と同様に、永露もウェベル監督の指導とセッターとしての成長を求め、広島TH入りを決断したひとりだ。

 とはいえ、永露が広島THに合流したのは9月の世界選手権のあと。ウェベル監督もアメリカ代表の活動を終えてから本格的に始動したため、リーグ開幕までの時間は限られていた。ウェベル監督も「代表から合流して、なかなかコンビが合わず時間がかかった」と話していたが、開幕から数試合で生じた変化の理由は何か。ウェベル監督は実にシンプルに回答した。

「永露選手はボールにタッチしてから飛ばすまでのスピードに非常に長けた選手で、ハンドリングもいい。(相手)ブロッカーを遅れさせるのが彼の強み。ただし、これまではトスを上げるポイントがバラバラでした。前で取ってしまったり、後ろで取ったり、ボールを取る位置が違うので、トスやコンビの精度に難があった。だから彼には『常に額の前でボールをタッチしなさい』と。そのためには、素早くボールの下に入らなければならない。それが、少しずつ試合で出されるようになって、柔軟に対応できるようになり、彼のよさが出てくるようになりました」

【「圧倒的に少ない」セッターとしてのキャリア】

 額の前でボールを取る。子どもに向けたバレーボール教室でも言われるようなことを、なぜSVリーグというトップの場所でアドバイスされるのか──そう捉える人もいるかもしれない。

 だが永露は高校生までアタッカーで、全国優勝も経験。

同時期にアンダーカテゴリーでセッターとしてのキャリアがスタートし、東福岡高でセッターの練習を重ねてきた。ただ本人が「圧倒的にキャリアと経験が少ない」と言うように、セッターとして本格的に出場するようになったのは、大学3、4年になってからだ。

 試合になれば勝利が求められ、練習でできることができなくなるのも当たり前。潜ればオーバーハンドで上げられるトスでも、ドリブル(ダブルコンタクト)をしたら、とミスを恐れて安易にアンダーハンドで上げてしまう。学生時代に重ねてきたなにげないクセや習慣を、トップカテゴリーで修正しようとしても、全チームにセッター専門のコーチがいるわけではない。

 永露が名古屋でリーグ優勝を経験した際、(バルトシュ・)クレク(現東京グレートベアーズ)から「めちゃくちゃ怒られた」と明かしていたように、世界トップの経験とスキルを持つアタッカーと共にプレーすることで影響や刺激、学びを受けてきた。だが、基本の基本に触れることはなかった。

 ウェベル監督の指摘は、まさに基本の基本。それはセッターとして永露が求めたものでもあった。

「ハビさんからは常に『デコの前で取れ』と教えてもらっています。その理由も明確で、前で取ったり、後ろで取ったりするとトスがブレるから、安定したトスを上げるためには常にデコの前にボールを持ってこれる位置に入れ、と。試合だけじゃなく、練習の時から毎回毎回言われるので僕も常に意識しているんですけど、パスの状態によってはデコの前に持ってこれなくて、手先で上げようとするとまた『デコの前!』と言われる。

でも、それは僕にとってすごくプラス。毎回意識するようになってトスも安定したし。新井やクーパーが上から打てるトスを、上げ続けることができました」

【西本、三輪大将ら、信頼できるチームメイト】

 トスの技術に加え、トスワークもウェベル監督からさまざまなことを学んでいる。これまでの2チームでは少なかったミドルからの攻撃も、広島THに移籍後は格段に増えた。

 日本代表でも共にプレーし、「信頼して(トスを)上げている」と永露が言う西本、2022-23シーズンにスパイク賞を受賞した三輪大将、と心強い存在もいる。タイプは異なるが「速さと高さ、器用さがあるふたり。もっと積極的に使いたい」と前向きにとらえる。

 成長の兆しが見える試合もあれば、うまくいかない試合もあるけれども。最近の日本代表では求めた結果が得られず、悔しさを滲ませた。

「この悔しさを絶対に次、来年に生かせるようにしたい」

 そう誓った世界選手権から、今季のSVリーグへ。基本の大切さをあらためて噛み締め、次のレベルに踏み出していく。

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