フットサル女子日本代表・松本直美インタビュー(全2回中の前編)

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「"世界一をとった選手"になりたいです。はじめてとなるフットサル女子ワールドカップで、優勝した人に」

 松本直美は少し遠慮がちだったが、野心を隠さなかった。

今年5月、中国でのアジアカップで優勝し、日本代表としてのワールドカップ出場権を得た。11月21日からフィリピンで開催される初のフットサル女子ワールドカップ(11月21日~12月7日)の舞台に立つ。

「楽しさ」

松本はそれをヨスガに、ここまできたという。もっとも、楽しさ=楽、ではない。彼女は日常をフットサルと引き換えに生きている。

 たとえば女子フットサル選手は、所属するクラブで給料がもらえるわけではない。代表活動ではJFAから支給を受けるが、食い扶持は自分たちで稼ぐ必要がある。松本の場合、朝7時に起床し、9時から18時まではジムのインストラクターとして働いている。自宅に戻ってから夕食をすませ、20時半から23時まで練習に出て、再び帰宅するのは0時過ぎ、就寝は1時半だ。

 そんな日々を重ねて、彼女はいちばん輝ける舞台に立つ機会をつかんだのである。

「普段の彼女を知っていると別人」

 周りの人がそう口をそろえるほど、フットサルのコートに立った彼女は変身するという。猛々しくボールを追い、ボディコンタクトも恐れない。

かわいらしい顔立ちだが、目尻が上がり、口元が引き締まり、闘争の気配が漂う―――。

 松本は、どのような人生を送ってきたのか。

【「なでしこジャパンに入りたい」】

「さっかー、たのしそう!あしでけるの、たのしそう!」

 当時5歳だった松本は、6歳上の兄がサッカーをする姿を見ながら、自分もやりたい衝動を抑えきれなくなったという。

「兄の試合があると、端っこでちょこちょことボールを蹴っていて。内気な性格でしたが、母親に『やりたい』って伝えて。男の子のなかに混じって女の子ひとりで、最初は"ボールを触れなくて悔しい"っていうだけでしたね。『ボール、全然触れなかったよ』って母親にこぼしていたようで......。でも、負けず嫌いな気持ちが芽生えて、取られたら取り返しに行く気持ちでやっていたら、楽しくなってきました」

 サッカーはチームメイトやライバルがのめり込む源泉となるスポーツだが、松本にも同じチームの幼馴染の男の子の存在があった。家族ぐるみの付き合いで、どこに行くのも一緒、サッカーの試合も一緒に見にいった。その少年の存在は大きかったようだ。

「通っていた少年団のチームで、小学校3年生のときにリフティングの宿題があって。幼馴染の子とは切磋琢磨じゃないけど、一緒に練習したのを覚えています」

 松本は言う。それは大袈裟に言えば、彼女のサッカーの原点だ。

「幼馴染の子はチームでいちばんうまくて、リフティングもすごく上手で。私はそれに負けないように、って、学校が終わって放課後に公園へ一緒に行って、リフティングを練習して......。たしか、小さい円の中でリフティングを続ける課題で、回数は覚えていないんですけど、課題をクリアできたんです! 練習してやっとできたのが、すごくうれしかった」

 小学校を卒業後、中学からはジェフ千葉の女子チーム(レディースU-15)に入った。同じ年代の女の子といると、自然と楽しかったという。

「なでしこジャパンに入りたい」

 それは漠然とした夢になっていた。選手としてはサイドハーフ、もしくはサイドバックを担うことが多かったという。日本代表・長友佑都(FC東京)のゴリゴリとしたプレーに憧れ、プレースタイルに共感したという。

【トップチーム参加で違和感】

 しかし、女子サッカーでは、しばしば"好きの度合い"が試される。たとえば、所属先を探すのも簡単ではない。松本も往復3時間の通いを中高と続けている。

「片道1時間半くらいで...夜とか警察の人によく呼び止められました(笑)。当時は制服だったし、夜11時過ぎていたので。

何度も会って、『また』って知り合いになりました(笑)」

 中高と学校の友達とは長い時間を過ごせなかった。しかし、ジェフで作った友人とは今でも付き合いがあるという。青春は学校ではなく、サッカーボールを介したピッチにあった。帰り道はお腹が空いて、仲のいいチームメイトとコンビニに寄って、何本も入ったスティックパンを頬張り、冬は肉まんで満たされた。

 やがて、ジェフでは何回かトップチームにも呼んでもらった。練習や、試合にも参加した。それは夢に近づくことを意味したはずだったが、トップチーム参加で違和感も覚えていた。人間関係も難しかったという。

「私はここでやるべきじゃないかも」

 松本はその疑念を胸に抱いてしまった。

「私のなかでは"楽しい"っていう気持ちがいちばんじゃないと続けられなくて。それはサッカーを始めた頃からで。そこで、高校最後の大会で、どんな結果であれ引退しよう、って。

やりきった、と当時は思ったんです」

 松本はそう言って、こう言葉を継いだ。

「チームメイトにすごく仲がいい選手がいて。その子が、『最近の直美、元気ないね?』って心配してくれて。私も、『トップチームの練習が楽しくやれないんだよね』って正直に明かしたら、彼女も『直美らしくプレーできないんだったら、無理してやることないんじゃない?』って。私もそう思っていたので、『そうだよね』って」

 彼女は高校卒業と同時にサッカーをやめ、料理人になることを決めた。

(後編につづく)

ワールドカップに挑むフットサル女子日本代表・松本直美の原点 長友佑都のプレーに共感

●Profile
松本直美(まつもと・なおみ)
1997年10月22日生まれ、東京都出身。5歳の時にサッカーを始める。ジェフユナイテッド千葉U-18でプレーし、一度は競技を引退。調理学校へ進学後、ホテルに就職するも、遊びで誘われたフットサルに参加し、忘れていた競技への思いが再燃。ホテルを辞め、埼玉県の「十条FC」を経て、当時日本リーグの「さいたまSAICOLO」に入団。2021年には、現所属である強豪チーム「バルドラール浦安ラス・ボニータス」に移籍した。
2021年6月に日本代表に初選出。

2025年4月に開催された「SAT Women's Futsal Championship 2025」で日本代表は優勝し、松本自身もMVPを獲得。2025年11月に、史上初開催となるワールドカップに向けた日本代表メンバーにも選ばれている。

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