『ハイキュー‼』×SVリーグ コラボ連載vol.2(13)

デンソーエアリービーズ 大﨑琴未 前編

(連載12:ジェイテクトの岩本大吾は関田誠大のトスに「鳥肌が立った」 今季は新しい仲間と、あと一歩届かなかった頂点へ>>)

【女子バレー】デンソーの大﨑琴未は全治5カ月の大手術で「素人...の画像はこちら >>

【選手生命をかけた手術】

 2025年3月、デンソーエアリービーズの大﨑琴未(25歳)は、埼玉上尾メディクス戦で約9カ月ぶりに実戦の舞台に立った。

 大﨑は約1年半、左手首の痛みを抱えたままで戦い続け、最後は左手関節の舟状骨を移植する大手術に踏みきった。全治5カ月の予定だったが、復帰は大幅に遅れた。

 その間の彼女の心境は、出口の見えない暗闇を歩くようなものだったかもしれない。どうにかコートに帰ってきたあとも痛みは残っていたし、テーピングは欠かせないなど万全の状態にはほど遠かった。

 それでも、ひと筋の光は見えた。

「(復帰戦は)めちゃくちゃ緊張して、デビュー戦かと思ったくらいでしたが、周りからは『意外と落ち着いていた』って言われました」

 大﨑は、花のように笑って言う。

「左手首は痛みが取れなかったり、思うように動かなかったり......上尾戦も完全に治った状態ではなく『いってみようか』って感じでした。とにかくファンの方々に、コートに戻って輝いていると思ってほしくて。

 スパイクを決めたかったですね。一本、ワンレッグ(のブロード)を打ったのが、ディグで拾われてしまって。そのローテで取ったからよかったんですけど」

 その欲こそ、彼女のバレー選手としての芯にあるものだろう。さもなければ、苦難は乗りきれない。

「移植手術は、体が受け入れなかったら失敗で、『もうバレーはできない』と(医者に)言われました。治すのではなく悪化させない手術で、ひどくはならないけど、よくもならない。

多少は痛みが残るだろうと。

 骨がくっつくまで衝撃は厳禁だったので、腕を釣ったまま1、2カ月過ごしました。腕を曲げたままだと、伸ばすのを忘れるんです(苦笑)。スイングに変な癖がついてしまいました。ブロックで痛めたので最初は怖かったし、少し手を引くとボールが吸い込まれてしまう。『素人になっている』と感じました」

 そんな苦しい再出発を支えるのは、彼女が歩んできたバレー人生で積み上げたものだ。

【試合勘を取り戻せないジレンマ】

 大﨑は島根県浜田市出身で、小学校5年生からバレーを始めると、長い手足を生かしたプレーで頭角を現していった。高校は越境して下北沢成徳へ。ミドルブロッカーとして、同世代で1、2を争う選手になる。当時、成徳には石川真佑(ノヴァーラ)という稀代のスター選手が在籍しており、同期の彼女も触発されるように腕を上げた。

 石川らとU18アジア選手権の優勝メンバーになり、2019年にはB 代表でアジア選手権の優勝も経験した。高校卒業後は、石川と同じ東レアローズ(現・東レアローズ滋賀)に入団。徐々に出場機会を増やし、中心選手となって副主将も務めたが、最後の1年半は満身創痍で戦い続けた。

2024-25シーズンを前にエアリービーズに移籍し、完全復帰に向けて捲土重来を期す。

「今は悶々としているなかで、準備だけはしっかりしています」

 大﨑は気丈に振る舞う。今シーズンは開幕からメンバー外が続いていた。手首の耐久性は上がってきたが、痛みは消えていない。一番もどかしさを感じているのは彼女自身だろう。なかなか試合勘を取り戻せないジレンマに身を焦がす。

「ネガティブなことを口にすると本当に弱くなってしまうので、無理やり明るくしている部分はありますね。反対のことを言って自分を奮い立たせる。腐ってしまったら、元も子もないですから。メンタルを安定させることに必死です」

 彼女は暗さを打ち消すように笑い飛ばした。今はポジション6(バックセンター。セッターの周辺を動いて、ブロードなど積極的に攻撃参加する)で安定性とワンレッグの移動攻撃を求められるが、これまではポジション3(フロントセンター。

前衛中央でブロック、クイックが中心)だっただけに、試行錯誤の日々だ。同じミドルには有力外国人選手や有望な若手も入り、ポジション争いはし烈を極める。

「求められている力が私にないから、レベルをもっと上げることに集中するしかないです」

【石川真佑の活躍に「力をもらえます」】

 大﨑は自責で言うが、ネガティブな感情は澱(でん)のようにたまるだろう。心が沈むような重さだ。

「SVリーグ初年度は、外から見ていて『みんな、どんどんうまくなるな』と思いました。コートでプレーしている人が輝いて見えて、どんどん先へ行ってしまう。東レでは自分もコートに立っていたし、『負けたくない』って思っていた。自分もコートに立ちたい思いはありますが......」

 彼女をつなぎとめているのは"経験"だ。

「(U18アジア選手権を制覇した時に)正直、『なんでこのメンバーに選ばれたんだろう』って思っていましたが、がむしゃらに、必死についていきました。中学までは全国優勝とかはなく、楽しくやっていただけでギャップはありました。ただ、成徳でやるようになってプライドも出てきて、東レに入り、真佑などすごい選手たちとプレーを続けてきました」

 大﨑は石川と高校、実業団で合計7年間一緒にプレーしている。今も連絡を取り合っているが、とりとめもない話が多いという。

「真佑の本当のすごさは、東レから彼女がいなくなってから思い知りました。たとえば、ミドルは一緒にブロックで飛ぶ選手によって"飛びやすさ"があるんですが、真佑は成徳で一緒にやっていたこともあるけど飛びやすかった。彼女は一枚でも止めるし、タッチを取ってくれる。難しいボールも率先してカバーしてくれていました。『どれだけ助けられていたんだ』と思いましたよ」

 そして大﨑は、左手首に残る手術痕をさすりながら言った。

「テレビで見ると"別世界の人"って感覚もあるのですが......真佑があれだけ活躍する姿を見ると、自分も力をもらえます。言葉だけが、励ましの手段じゃない。たぶん、真佑と同期の選手はみんなそんな感じだと思いますよ」

 彼女の同期は石川だけではない。多くの戦友たちがいた。成徳、東レで同期の野呂加南子(2023年に現役引退)とは、交換ノートでの交流を今も続ける。

「東レ時代、加南子、坂本侑、(水杉)玲奈(3人とも2023年に現役引退)でノートを回すようになって、加南子とは今も続いています。小学生みたいな内容で、今日のよかったことや悪いこと、なんでもランキングとか(笑)。

バレーと関係ないことを書けるから精神安定剤というか、リフレッシュできます。加南子は青森にいるので、1、2カ月に一度の割合で、ノートを郵送します。一緒にグミやチョコ、プレゼントなどを入れて」

 大﨑は無邪気に笑った。口元にやった指には、賑やかなカラーのネイルが塗られていた。バレー人生を明るくするための鎧をまとい、彼女は再びコートに立つ。

(後編:大﨑琴未は音駒高校の指揮官の言葉でリハビリを乗り越えた「一番無意味なのは『ただ』やること」>>)

【プロフィール】

大﨑琴未(おおさき・ことみ)

所属:デンソーエアリービーズ

2000年8月23日、島根県出身。180cm・ミドルブロッカー。小学5年生からバレーを始める。下北沢成徳高(東京)では、3年時にインターハイと国体の二冠を達成し、2019年に東レアローズに入団。2022-23シーズンは副キャプテンを務め、今年の6月にデンソーエアリービーズに入団した。日本代表としては、2019年に日本代表のB代表としてアジア選手権に出場して優勝に貢献した。

編集部おすすめ