ベテランプレーヤーの矜持
~彼らが「現役」にこだわるワケ(2025年版)
第9回:塩谷司(サンフレッチェ広島)/中編
前編◆大学卒業時まで無名だった塩谷司がプロなれたわけ>>
水戸ホーリーホックの柱谷哲二監督(当時)に背中を押され、2012年夏にサンフレッチェ広島への移籍を決断した塩谷司だったが、当初はメンバー入りこそしても公式戦にはほとんど出場できなかった。覚悟していた自分もいたとはいえ、ハイレベルの選手、環境に身を置く日々は、肉体的にも精神的にも消耗し「毎日、ギリギリだった」と振り返る。
だが一方で、何をやっても通用しない、うまくいかないことだらけの環境に身を置いたからこそ、成長を実感することも確かにあって、塩谷はその手応えだけを頼りにサッカーに没頭した。
「当時、試合に出ていないメンバーは週2回くらい2部練習があったんです。午前練習では、優勝争いをしているすごいレベルの選手たちを相手に11対11のハーフコートゲームやミニゲームをするんですけど、スタメン組だけ『1タッチ。リターンなし』といった条件つきだったり、時にスタメン組が数的不利の状況だったりしたのに、全然ボールが取れなかった。
しかも僕がマッチアップするのって、毎回(佐藤)寿人さんだったんです。結果的にこの年の得点王とMVPに選ばれたキレッキレの寿人さんです、はい。なので、当然、ボコボコにやられるじゃないですか。それでようやく午前練習が終わったと思ったら、昼飯を食べて少し休んで、若手だけでフィジカルや対人がメインの2部練習が始まる、と。
で、それが終わって17時くらいにクラブハウスを出るんですけど、夕方は車が混むので家に着いたらもう18時半とかで、夕食を食べてお風呂に入ったら『明日早いから寝なきゃ』となって、すぐに朝が来て、また同じ1日が始まる、みたいな。
あの日々は本当にキツかったけど、なにせ力の差が明らかだから文句も言えないし、自分が足りていないのも自覚しているから、結果『やるしかない!』と。今になって思えばあの苦しい半年が、間違いなく僕のプロキャリアにおける最初のターニングポイントでした」
その時間が無駄ではなかったと思えたのは同シーズンの終盤戦、第28節の横浜F・マリノス戦と、優勝をかけた第33節のセレッソ大阪戦と2度、先発のピッチに立った時だったという。前者は森脇良太が、後者は千葉和彦が出場停止になったことで巡ってきたチャンス。
「これ、本当はよくないんですけど、セレッソ戦のひとつ前の浦和レッズ戦で千葉さんがイエローカードをもらって、次節は出場停止だと決まった瞬間、『こんな大事な時に、マジ、何してんの!』と心から思っていました(笑)。初先発したF・マリノス戦も硬い試合になって引き分けに終わっていたし、当然1試合で自信を持てるはずもなかったので、『このタイミングは、あまりに僕の荷が重すぎるでしょ!』と。
ただ、初めてF・マリノス戦で先発した時に、『試合より練習のほうがキツい』『ふだん相手にしている選手のほうが大変だな』って思えていたのはよかったのかもしれない。なので、いざセレッソ戦に出ることになっても......あんなたくさんの人の前でサッカーをするのも初めてで、人生で一番緊張したけど、練習どおりにやろうと思って試合に入れたし、前半の早い段階で攻撃陣が2点決めてくれたことで気持ち的にもすごくラクになった。
結果、4-1で勝って、他会場の結果が出て、優勝が決まって......僕自身は、セレッソ戦で何かをしたとか、何かができたみたいなことは何もなかったんですよ。でも、人生で初めて"日本一"になって、『優勝ってこんなにもうれしいんだ』『なんか、すっげぇ~景色だな』って感じられたことや、苦しい半年を過ごしたうえでの歓喜だったことは自分にとってすごく意味があった」
J1に初挑戦したシーズンに初優勝を飾った経験によって"タイトル"をより意識するようになったのが、レギュラーに定着した2013年以降だ。同年、塩谷は開幕戦から千葉和彦、水本裕貴と3バックを形成しながら全34試合に先発出場し、J1連覇に貢献する。
「前年度からスタメンの顔ぶれが変わったのは僕だけだったので、正直、優勝できなかったら自分の責任だ、くらいのプレッシャーも感じていました。そのなかで、1年を通して試合に出ながら、最終節で逆転優勝できたことで、初めて自分はこの舞台で戦えると確信を持てた。また、周りのレベルの高い選手に助けられ、試合に勝ちながら成長するという成功体験を得ながら楽しんでプレーできたのも収穫でした」
その手応えは、彼に確かな自信を植えつけるとともに、自身初となる2014年の日本代表選出や、2015年の3度目のJ1制覇にもつながっていった。
そんな塩谷がキャリアでふたつ目のターニングポイントだと振り返るのが2017年だ。
広島での6シーズン目を迎えていたこの年、塩谷も、チームも、かつてないほどの苦戦を強いられる。J1リーグでは前半戦17試合を戦って、2勝4分11敗。それを受けて、6年目の指揮を執っていた森保一監督(現日本代表監督)の退任が発表されるなど、チームは揺れた。
その状況下、塩谷に初めて海外クラブからのオファーが届く。UAEのアル・アインだ。日本代表選出を機にヨーロッパでのプレーを意識するようになっていたからこそ、深く頭を悩ませた。
「2017年は僕自身も全然プレーがよくなくて。自分のところでやられたシーンも結構あって責任を感じていました。そうした状況のなかでのオファーだったので、『このタイミングでチームを離れていいのか』とすごく考えました。
ただ、僕にとっては初めてもらった海外からのオファーだったんですよね。だからこそ、29歳という年齢を考えても、海外でプレーできるチャンスはこれが最後かもしれないという思いもあり......。
当然、ヨーロッパではないことやリーグのレベルも含めて散々悩みました。
その腹が決まったことで2017年夏、塩谷は日本を飛び出し、アル・アインで新たなキャリアをスタートさせる。当初は文化や風習の違いはもちろんのこと、ラマダンの時期には練習が22時頃からスタートするといった環境の変化にも苦戦したが、1年もすれば環境にも慣れ、かつ、チームメイトの元Jリーガーで日本語も話すドウグラスやカイオ・ルーカス・フェルナンデスにも助けられながら、少しずつ新天地でのプレーを楽しめるようになっていく。
「日本では考えられないくらいUAEはとにかく時間にルーズでした。練習開始から20分くらい経って涼しい顔で『おはよう!』ってくる選手がいたり、なんなら練習に来ない選手もいました。でも、やる時はしっかりやるし、ここぞという場面での勝負強さもすごいんです。そういう集団に身を置くうちに、自分もいい意味で力が抜けるようになったというか。
実際、日本でプレーしていた時の僕は、よくも悪くも少し真面目すぎたと思うんです。力の抜きどころがわからず、毎日目一杯で、ガチガチでサッカーをしていた。でも、この世界ってうまくいかない時も多いわけで......そういう時に自分へのケアがうまくなったというか。オンとオフの切り替えがすごくうまい選手たちのなかに身を置いて、自分をうまくコントロールできるようになった」
また、プレーにおいては屈強なFW陣との対峙を通して局面での強さを身につけながら、2017-18シーズンのリーグ戦とカップ戦での国内二冠や、FIFAクラブワールドカップ2018での準優勝といった結果を出せたことも、センターバックとしてのプレーの幅を広げることにつながったと振り返る。
「UAEは戦術で戦うというより、個の戦いを求められるリーグでしたから。
クラブワールドカップのレアル・マドリード戦で決めた得点が効いたのか、その後すぐに契約更新の話をもらって、結果的に4シーズンを過ごしましたけど、特に2、3シーズン目は環境を含めて楽しめていたし、充実もしていました。ただ3シーズン目の途中からコロナ禍に突入したことで家族を日本に帰して単身生活になったのもあって、4シーズン目はそれまでとは違う意味で苦しんだ自分もいました」
そうした状況もあって、塩谷は2021年夏に帰国を決意し、広島への復帰を決める。もともと「もし帰国するなら広島に戻りたい」という思いを持ち合わせていたそうだが、移籍にはチーム状況を含めた"タイミング"があるからだろう。仮に広島への復帰が叶わないのであれば、引き続き海外でのキャリアを探ることも考えたと聞くが、結果的に相思相愛の状態で彼は4シーズンぶりに紫のユニフォームを纏った。
「当時の広島は、あまり状態がよくなかったというか。成績としても元気がなかったし、コロナ禍の影響もあってスタジアムに足を運んでくれる方も明らかに減っていました。でも、そういう時だからこそ、強い広島を取り戻すための力になりたいな、と。試合に出ても、出られなくても、自分がやれることを全部やろうという思いで復帰を決めました」
(つづく)◆塩谷司が最優先する、レジェンドたちが継承してきた広島のDNA>>
塩谷司(しおたに・つかさ)
1988年12月5日生まれ。徳島県出身。国士館大学卒業後、2011年に水戸ホーリーホック入り。

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