元ホンダ・浅木泰昭 連載
「F1解説・アサキの視点」第2回 前編

 ホンダの技術者として、F1最強のパワーユニット(PU)と日本一売れている車N-BOXを開発した稀代のエンジニア・浅木泰昭氏。2023年にホンダ(本田技研工業)退職後は、モータースポーツ解説者としても活躍している。

 連載初回では世界中の自動車メーカーが今、F1を目指す理由について解説してもらった。背景には、アメリカでF1人気が爆発したこと、そしてF1の環境配慮型の新レギュレーションが「地球のため」というストーリーを求めるメーカーを引き寄せていることのふたつを挙げている。

 しかし、一方でF1には低コストで大きな音が出るかつての自然吸気エンジンへの回帰論が出ている。連載第2回の前編は、その回帰論をはじめ、F1が目指すべき方向性について浅木氏の考えを語ってもらった。

F1の「安くて音が大きい」エンジン回帰論に「開発競争がないレ...の画像はこちら >>

【技術開発競争なくしてF1にあらず】

 最近、F1の運営サイドに「自然吸気(NA)のV8やV10エンジンに回帰しよう」という動きがあります。最先端の環境技術が搭載された現行のパワーユニット(PU)は複雑で開発と運用にコストがかかるため、もっと音が大きく、安価でシンプルな構造のNAエンジンにしようという議論があるのです。

 しかし、誰でも作れるようなエンジン、技術がいらないエンジンで戦うことの意味を本当にわかっているのですか? 自動車メーカーによる技術開発競争が存在しないレースが世界最高峰のF1なのですか? 私はそう言いたいですね。

 かつてフェラーリとフォードから資金援助を受けたエンジンビルダーのコスワースが作ったエンジンが多数派を占め、ほぼ2社のエンジンを搭載したチームだけで優勝争いが繰り広げられていた時代がありましたが、それは50年ほど前のことです。もし今、NAのV8やV10に回帰すれば、多くの自動車メーカーがF1を去り、ワンメイクレースのようになるでしょう。

 近年のF1は、PUと車体のそれぞれの競争力、ドライバーの能力がそろわないとチャンピオンにはなれません。時代によっては、PUの競争力だけでチャンピオンになるチームがありました。同様に車体の競争力だけ、ドライバーの能力だけでタイトルを獲ったケースもあったと思います。

 2014年にF1ではPUのレギュレーションが変更され、排気量2.4リッターのV8エンジンから1.6リッターのV6シングルターボ+ハイブリッドシステムのPUが導入されました。

それからメルセデスは圧倒的な強さを発揮し、コンストラクターズタイトル8連覇を達成。メルセデスのPUでなければ勝てないという時代が長く続きました。

 でも、レギュレーションが固まって数年して、各メーカーがライバルのいいところを真似したり、独自の開発で性能が向上したりしてメルセデスに追いついて差がなくなってくると、PU、車体、ドライバーのどれかひとつが突出しているだけでは勝てなくなってきて、総合力が問われる時代に入りました。今のF1はまさにそうです。

【環境の味方でなければF1に未来はない】

 私もエンジン屋ですので、エンジンの鼓動は好きです。しかし、人々の騒音を含む環境問題に対する意識は年々高まっていますし、何より車体やエンジンの技術開発競争がF1の魅力のひとつだと私は思います。「昔のNAエンジンのほうが迫力のあるサウンドで、レースらしくてよかったよね」と言ってすべて済ませていいのか......というのが私の考えです。

 100%カーボンニュートラル燃料(CNF)の使用を義務づけ、電動化比率が現行の約2割から5割へと大幅に引き上げられる2026年から導入されるレギュレーションの方向性は間違っていないと私は思います。その間に電気自動車(EV)がどれくらい世の中に受け入れられるのか。それによって今後のF1のレギュレーションの中身が変わってくると思います。

 EVとCNFのどちらかが成功するのか、あるいはどちらも成功していない可能性もありますが、世の中が進んでいく方向性を先取りしながら、人々の環境意識との折り合いをどのようにつけるのか。そこが大事なポイントです。

 いずれにせよ、「F1は環境の味方」だというイメージを打ち出さないと、今後は続いていかないと思います。さらに言えば、環境に貢献するというストーリーがないと自動車メーカーが自腹を切って参加するのは難しい。そのことをF1の主催者側にはもっと理解してほしいですね。

後編へつづく

<プロフィール>
浅木泰昭 あさき・やすあき/1958年、広島県生まれ。1981年に本田技術研究所に入社し、第2期ホンダF1、初代オデッセイ、アコード、N-BOXなどの開発に携わる。2017年から第4期ホンダF1に復帰し、2021年までパワーユニット開発の陣頭指揮を執る。第4期活動の最終年となった2021年シーズン、ホンダは30年ぶりのタイトルを獲得。2023年春、ホンダを定年退職。現在は動画配信サービス「DAZN」でF1解説を務める。初の著書『危機を乗り越える力 ホンダF1を世界一に導いた技術者のどん底からの挑戦』(集英社インターナショナル)が好評発売中。

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