西部謙司が考察 サッカースターのセオリー
第77回 エベレチ・エゼ
日々進化する現代サッカーの厳しさのなかで、トップクラスの選手たちはどのように生き抜いているのか。サッカー戦術、プレー分析の第一人者、ライターの西部謙司氏が考察します。
今季プレミアリーグで首位に立ちCLも5連勝のアーセナルで、10番をつける新加入のエベレチ・エゼを取り上げます。欧州トップクラスを走るクラブで適応力の高さを見せています。
【頂上決戦を制したアーセナル】
CL第5節のアーセナルvsバイエルンは現時点での頂上決戦だった。
プレミアリーグ、ブンデスリーガで首位なだけでなく、戦術の完成度と強度、先進性という点で、今季ここまでのトップランナー同士の対決。
どちらもマンツーマンで前方から厳しい守備を行なう。現在のトレンドだが、どちらも徹底されていて、バイエルンのハリー・ケインが引けばアーセナルのセンターバック(CB)ウィリアム・サリバがどこまでもマーク。一方、アーセナルのミケル・メリーノが下がった時にはバイエルンのCBヨナタン・ターが敵陣ペナルティーエリアまでついていく場面もあった。
すでに昨季のCLでも見られた光景だが、マンマークによる強度の最大化とポジショナルプレーの無効化が行なわれている。各所で1対1になっているので、1対1で相手を外せる、奪われない、要は優位性を作れるかどうかが攻撃のポイントになる。
アーセナルはブカヨ・サカが半身のキープで奪われない優位性があり、バイエルンはマイケル・オリーセと17歳のレナート・カールが相手を外して前進する技術をみせていた。
攻守ともに譲らない展開のなか、アーセナルはCKからユリエン・ティンバーのヘッドで先制。しかしバイエルンもカールの得点で1-1。
後半に入るとアーセナルのプレスにバイエルンのミスが出る。
アーセナルはバイエルンのハイプレスに対してGKがロングボールを蹴って回避していたが、バイエルンはあくまでつなごうとしていた。それが裏目に出ている。最初の失点もビルドアップを阻止されて許したCKからだった。
さらに77分、カウンターからガブリエウ・マルティネッリが抜け出して3-1。バイエルンの攻撃を防いだ後、すぐにエベレチ・エゼにつなぐと、エゼからきれいな放物線を描くパスが疾走するマルティネッリへ。マルティネッリはハーフウェイラインのはるか手前から走り出していたのでオフサイドはない。飛び出したGKマヌエル・ノイアーをワンタッチでかわして無人のゴールに流し込んだ。
2点差がついたけれども、両者の差はほとんどなかった。似た戦い方同士、わずかなディテールが勝負を決めた試合と言える。
【明晰な頭脳と先を読む能力】
3点目のアシストをしたエゼは、ハットトリックの大暴れだったノースロンドンダービー(vsトッテナム)のように大活躍したわけではない。エゼだけでなく、ほとんどの選手は相手をマークしマークされる展開のなかに埋没していた。そのなかで一瞬のチャンスを活用できたほうが勝ったゲームと言える。
アーセナルの3点目の直前、オリーセが3人のDFの間を縫うようにペナルティーエリアに進入していた。それを絡めとったアーセナルがフリーになっていたエゼにつないだのが発端だった。このゲームでは珍しい周囲に人がいない真空状態。エゼはマルティネッリの走り出しを見て、パーフェクトなパスを送った。
今季、クリスタル・パレスからアーセナルへ移籍したエゼは、27歳とやや遅咲きの選手だ。
ロンドン南東部のグリニッジ生まれ。天文台で有名な街は中心部から電車で20分くらいの場所ながら「特別区」とされている。ロンドンの外れというには距離は近いのだが、中心部から少し離れた閑静な住宅地という趣である。ただ、エゼの育った環境はそんな周囲とは違っていたようだ。
「両親が迎えに来るまでは金網の中でずっと遊んでいた」(エゼ)
ある意味、周囲と隔絶された環境で子ども時代を過ごしたそうだ。外と内を隔てる境界線が引かれているような環境でサッカーに興じていたのは、マルセイユの団地の中庭でサッカーに明け暮れていたジネディーヌ・ジダンと似ている。
ユース時代はアーセナル、フラム、レディング、ミルウォールと所属クラブが変わっている。
今季からアーセナルで背番号10を背負う。ワンタッチコントロールのうまさがあり、瞬間的に相手の動きを止めてしまう。一瞬のスピード、パワー、ボディバランスに優れ、10番らしい意外性溢れるプレーができる。アーセナルの特徴である強度の高い守備戦術にもフィットした。マルティン・ウーデゴールの負傷欠場の穴を完全に埋めている。
エゼはチェスの名手でもあるようだ。2023年にチームメートだったオリーセに教わって始めたそうだが、2025年のアマチュア向けに開催されたオンラインでのチェス大会に出場して優勝。賞金2万ドル(約300万円)をゲットした。始めて2年ちょっとで全勝優勝なので、素質があるのだろう。アーセナルの戦術にすぐに馴染めたのは、明晰な頭脳と先を読む能力が関係しているのかもしれない。
【ウーデゴール復帰後はどうなる?】
ウーデゴールが復帰すると、ミケル・アルテタ監督はライス、マルティン・スビメンディ、ウーデゴール、エゼのなかからMF3人を選ぶことになるが、いずれも不可欠な人材なので選択が難しそうである。スビメンディはアンカーとして戦術の土台を担っていて、ボックス・トゥ・ボックスのライスはセットプレーのキッカーでもあり外しにくい。
キャプテンのウーデゴールはプレーメーカーとしてまさに8番。エゼも背番号どおりの10番タイプ。このふたりの共演も楽しみだ。エゼを左ウイングにする手はあるが、そうなると左もレアンドロ・トロサール、マルティネッリ、エゼの3人のなかから選ぶというこれまた嬉しい難題を抱えることになる。
ただ、いずれにしてもエゼは適応するのではないかと思う。クリスタル・パレスからアーセナルへ移籍してすぐに適応しているので、ポジションが変わっても自分の居場所を作るのではないか。子ども時代の隔絶された環境から外へ出ると、今度はいくつものチームを渡り歩いた。この成長過程と適応力の高さは何らかの関係があるだろう。
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