11月半ばにドバイで始まった新プロ野球リーグ『ベースボール・ユナイテッド』のホームグラウンドでは、連日元気のいい日本語が飛び交っていた。
このリーグに参加している4チームのうち、ミッドイースト・ファルコンズは、ロースター23人中14人が日本人選手だ。
【田内真翔がドバイを選んだワケ】
なかでもひときわ大きな声を張り上げているのが、日本球界の"元気印"として知られる川﨑宗則だ。メジャーリーグで4年間プレーしたのち、復帰したソフトバンクを2018年に退団。その後は台湾・味全で現役復帰を果たし、2020年シーズンからは活躍の場を独立リーグへ移した。
現在はルートインBCリーグの栃木ゴールデンブレーブスに所属し、44歳となった今シーズンも34試合に出場している。
そんなレジェンドが、野球の伝道師となるべく「野球不毛の地」とされるドバイの砂漠のど真ん中に造られた野球場で声を張り上げ、連日エンジン全開でプレーしている。
そんなベテランとコンビを組んでいるのが、横浜DeNAの田内真翔(たない・まなと)だ。昨年のドラフトで、おかやま山陽から5位で指名された田内は、今シーズン終盤に一軍へ昇格。出場は2試合にとどまったものの、プロ初安打を記録した。しかし同時に、一軍のレベルの高さも痛感したという。そこで田内は、オフの武者修行の場としてこのドバイを選んだのだ。
ウインターリーグへの参加は基本的に立候補制だ。
「台湾も(選択肢に)あったんですけど、日本人だけのチームだったので......外国人選手のプレーも勉強したいと思って、ドバイにしました」
さらに、田内がドバイ行きを決めた理由は、「野球の世界では聞いたことのない場所」だったこともあった。その背景には、高校時代の恩師であるおかやま山陽高校の堤尚彦監督の存在が大きい。
堤監督は大学卒業後、JICA(国際協力機構)の海外協力隊員としてアフリカ・ジンバブエで野球普及活動に従事し、東京五輪の予選では同国代表監督も務めた人物だ。田内はその薫陶を強く受け、プロ入り後も母校が続けている「野球道具を途上国へ送る活動」に個人として参加している。
高校時代に育まれたその国際感覚が、「野球不毛の地」への興味をいっそう掻き立てたのだろう。
【レジェンドとの二遊間コンビ】
自ら志願してファルコンズに加入した田内だったが、そこにはレジェンドがいた。このチームには、DeNAから派遣された選手のほか、テレビ番組企画のトライアウト合格者や、各自のルートで参加した選手が集まっている。そして、すでに第一線を退いたNPBのスター選手まで名を連ねているのだ。
川﨑やNPB通算1928安打を誇る中島宏之(元西武ほか)といったレジェンドを前に、当初の田内は「借りてきた猫」状態だったという。しかし、気さくに接してくれるレジェンドたちのおかげで緊張も次第にほぐれ、数日間の練習を経て開幕を迎えるころには、すっかり打ち解けていた。
とくに、川﨑とはキャッチボールのパートナーを務めるなど、練習中も行動をともにすることが多く、田内はプロとして生き抜くためのノウハウを吸収していった。
田内は、川﨑とともに内野の要である二遊間を組んでいる。
砂漠に人工芝を敷いただけでアンツーカー(人工の土)部分もないフィールドだが、田内は「グラウンドは悪くないですよ。土がない分、イレギュラーもしないので、かえって守りやすいです」と気にする様子はまったくない。
内野ノックでは見事なゲッツーを完成させたが、NPBを離れて久しい川﨑のグラブさばきには思わず舌を巻く。長年にわたって培われた技術は、トレーニングを続けている限り簡単には錆びつかない。その事実を、田内はいま身をもって感じている。
そんな"本物の技術"を自分のものにしようと、田内は川﨑の一挙手一投足に熱いまなざしを注いでいる。
【川﨑宗則という生きた教材】
NPBは、世界中のプロリーグのなかでも屈指と言っていいほどコーチングスタッフが充実している。スタッフの数が多いだけでなく、「とにかく教えることが善」という風潮が今なお根強く残っている。
ずいぶん昔の話だが、ある外国人選手が、ある指導者からの執拗なコーチングをやんわり断ったところ、その指導者は「オレの言うとおりにしなくていいから、聞くふりだけしておいてくれ。そうしてくれれば、オレは仕事をしていることになるから」と囁いた。そんな逸話すら残っている。
春季キャンプでは、OBが臨時コーチとして訪れたり、解説者が即席の野球教室を開いたりするのも、見慣れた風景だ。
もちろん、それがプラスに作用する場面もあるだろう。しかし若い選手にとっては、あまりに多くの指導がかえって自分のスタイルを見失う原因にもなりかねない。
その点、まだ体が動く"現役選手"と一緒にプレーすることで得られる「生きたコーチング」は、理論を十分に咀嚼できないルーキーにとって格好の教科書となる。田内にとって、ここドバイで川﨑という"教科書"を目の当たりにできていることは、まさに何ものにも代えがたい経験と言えるだろう。
11月19日のチーム初戦。試合前、バックネット裏には川﨑と田内の姿があった。バッティングの感覚をつかむための最終調整として、川﨑はプラスチック製のボールをネットに向かって打ち込んでいる。
最初は一塁側に背中を向け、いわゆる"反対方向"への打球を確認。それが終わると、向きを変えて、今度は引っ張り方向へ。ネットに突き刺さるような鋭い打球を打ち分けながら、バットの角度を念入りにチェックしていく。もちろん、そのボールをトスしているのは田内である。
川﨑の調整が終わると、次は田内の番だ。大先輩のトスを受ける緊張からか、田内のバットから放たれた打球が川﨑に直撃してしまう。穴の開いたプラスチックボールなので大事には至らなかったが、それでも多少は痛いはずだ。
「痛っ!」とユーモラスに声を上げる川﨑の姿に、ネット裏に集まった日本人ファンから笑いが起こる。田内は焦った表情を見せるが、川﨑はにこやかに田内をなだめ、そのままトスを続けた。
この試合、川﨑は第1打席の「日本人選手の中東初安打」を含む4打数2安打で勝利に貢献。一方の田内も、3打数1安打と気を吐いた。
ドバイで過ごすこのひと月は、若武者・田内をどのように変えていくのだろうか。すでに、来シーズンが待ち遠しい。










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