アブダビの空気は、意外なほどにじっとりと湿度をまとっている。
砂漠に囲まれた国だが、ヤス・マリーナ・サーキットは海が近く、夜になれば街灯の明かりが白く濁るほどに湿気を含み、湿度は80パーセントにもなる。
カタールからはペルシャ湾を越えて、わずか1時間のフライト。4日前の出来事が嘘のように、F1はまた新しいレース週末を迎えようとしている。
大団円を迎えたドライバーズタイトル争いを脇目に見ながら、角田裕毅(レッドブル)は午後3時前というやや遅めの時間にサーキットへ姿を見せた。パドックへやってくるその表情をキャッチしようと待っていた大勢のカメラマンたちも、いつの間にかいなくなっていた。
こちらの顔を見るや、笑顔で挨拶をするその様子を見て、少しホッとした。
角田はこのレースを最後にレッドブルのレースシートを失い、少なくとも1年間はレースから遠ざかることになる。
不思議なくらい、その事実にショックはそれほど受けていないと角田は言った。
「カタールGPのレース直後にヘルムート(・マルコ/レッドブル・モータースポーツアドバイザー)から個人的に聞かされ、もちろんガッカリしました。でも自分でも驚いたことに、そんなにひどく落ち込むことはありませんでしたし、翌朝も普通に起きていつもどおりの朝食を食べていました。
まだ、これが今年最後のレースになる、来年もレースができないんだ、ということがはっきり自覚できていなかったというのもあると思いますし、アブダビGPが終わったあとにはもっと実感して落胆するのかもしれません。でも、今のところはそんな感じですね」
いつものようにサーキットに来て、エンジニアたちとレース週末に向けた準備を進め、いつものようにメディアやスポンサーの対応に追われる。
きっとこの最終戦アブダビGPを前にした木曜日にも、まだ実感するだけの余裕はなかっただろう。
【ホンダとともに戦う最後のレース】
今はただ、目の前のレース週末に全力を尽くすこと、チームメイトのドライバーズタイトル獲得を少しでもアシストすること、チームのコンストラクターズ2位争いに少しでも貢献することしか考えていない。湿気でぼやけたアブダビの空のように、今は周りがクッキリとは見えず、目の前のことだけを見て全力で疾走している。
そんなレース週末を走り終えた時、現実に直面し、計り知れない喪失感に襲われることになるのかもしれない。
F1という世界で戦うことができないというのは、F1ドライバーにとって、このうえなく苛烈で残酷な仕打ちだ。
そしてこのアブダビのレースは、ホンダとレッドブルの、そしてホンダと角田の、ともに戦う最後のレースでもある。
ホンダの現場総指揮を執る折原伸太郎トラックサイドゼネラルマネージャーは、レッドブル側担当のチーフエンジニアでもあり、今年の第3戦日本GPからレッドブルに昇格した角田の走りや苦闘をそばで見てきた。昨年途中まではレーシングブルズ(当時はRB)側のチーフエンジニアであり、付き合いも長い。
ホンダとしてレッドブルの人選にコメントする立場にはないが──と前置きをしながらも、個人的な思いを語ってくれた。
「長年一緒にやって来た裕毅にシートがないというのは、個人的には残念です。結果は見てのとおりですので、結果が出ない苦しさというのはあったと思います。
それでも最後の最後まであきらめずに、エンジニアと遅くまで少しでもマシンをよくするために努力する姿勢でやっていましたし、そこはレーシングブルズ時代から何も変わっていませんでした。今後は我々と別のチームで走るというのが、ちょっと不思議な感じではありますね......」
角田も、ホンダへの感謝はことあるごとに語ってきた。
2026年はレッドブルのリザーブドライバーとしての責務に専念する角田だが、2027年のレギュラー復帰を目指すうえでは、また再びホンダとの関係が蘇らないとも限らない。
【チャンスが来るまで待ち続けたい】
「これまで長年にわたるホンダさんの支援には感謝していますし、本当に大きなサポートをしてくれたことに感謝しています。ホンダのみなさんに対しても感謝しています。
来年はお互いに、少し違った方向性に進むことを決めましたけど、まだ近い場所にいることは確かですし、今後どうなっていくか、どのようにコラボレーションしていけるか、見守っていきたいと思っています」(角田)
アブダビはF1参戦初年度に自己最高位の4位を獲得し、苦悩のシーズンを好結果で締めくくって翌年へ弾みをつけた場所だ。
すでに来年に向けた準備は始まっている。
角田も2027年の、いやもしかすると、もっと早い時期のレギュラー復帰の可能性に向けて、自分がやるべきことを見据えている。
「来年、これまでとは違った視点でレースを見るのを楽しみにしています。レースをせずにほかの人たちがレースをしているのを見るのは僕のキャリアで初めてのことですし、ほかのドライバーたちがどのようにレースをしているのか、無線のコミュニケーションなど全体を俯瞰して見直すいい機会だと考えています。
今まで想像もしていなかったようなことも含めて多くを学べると思っていますし、そこは楽しみにしています。それと同時に、いつどんなチャンスが巡って来てもいいように、身体も可能なかぎり鍛えておかなければいけませんし、体調も万全の状態でチャンスが来るまで待ち続けたいと思います」
i'm not finished yet.(原文ママ/僕の挑戦は、まだ終わっていない。)
レッドブルに昇格した初めてのレース、日本GPの純白のレーシングスーツ姿の写真とともに、そのメッセージをSNSで発信した。
挑戦はまだ終わっていない──いや、2027年に向けた挑戦は、もうすでに始まっているのだ。



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