西部謙司が考察 サッカースターのセオリー
第79回 ニコ・オライリー
日々進化する現代サッカーの厳しさのなかで、トップクラスの選手たちはどのように生き抜いているのか。サッカー戦術、プレー分析の第一人者、ライターの西部謙司氏が考察します。
マンチェスター・シティの左サイドバックに、20歳のニコ・オライリーが定着しつつあります。ジェレミー・ドクへのサポート、ジョゼップ・グアルディオラのスタイルにフィットしたプレーぶりで、今季のシティの特徴を彩る選手になりそうです。
【ウイングヘの「ダブルチーム」守備をどう崩すか】
CL第6節、マンチェスター・シティはアウェーでレアル・マドリードを2-1で下した。レアル・マドリードのロドリゴが先制したが、シティはすかさずCKからニコ・オライリーがゲットして同点。8分後にはアーリング・ハーランドがPKを決めて逆転した。
この試合で興味深かったのが、オライリーとジェレミー・ドクの左サイドのコンビだ。今季絶好調のドクに対して、レアル・マドリードは右サイドバック(SB)のフェデリコ・バルベルデが対していたが、さらにMFがサポートしてふたりがかりでドクを抑えようとしていた。いわゆる「ダブルチーム」である。
ダブルチームはカットインを封じるには有効な守り方だ。ひとり目が縦に抜かれたとしてもふたり目がカバーできるし、切り返した時もふたり目が狙うことができる。右利きで左サイドを務めるドクのような「逆足ウイング」に対しては、今や定番の守り方になっている。
このダブルチームに対して、攻撃側のキーマンは左SBになる。守備側のふたりの背後を走り抜ける「ポケット」へのランニングで、ダブルチームのひとりを引きはがす。
ところが、シティの左SBオライリーは少し違うポジションをとっていた。
【狭小2対2でのダブルチーム破り】
いきなりポケットへ走り込むのではなく、かといってドクの後方支援をしていたわけでもない。守備側の二番目の選手のすぐ近くに立っていたのだ。
守備側のひとりはドクと対峙している。もうひとりはそれより少し敵陣側に立つ。対峙しているDFの斜め後ろにいないのはカットインを警戒しているからだ。この時、オライリーはこのカバー役の相手のすぐ側、やや背中側にポジショニングしていた。このようなサポートの仕方は比較的珍しいのではないかと思う。
狙いとしては、ここからタイミングを計ってのポケットへの進入だが、むしろ相手ふたりの出方次第で変化をつけやすいのがメリットだろう。
ドクが縦に仕掛けるとみせてふたりの守備者を引きつけ、このふたりの間にボールを通す。すると、ふたりの背後にいるオライリーはフリーでポケットへ進入する。
ドクと相手ふたりではなく、ごく狭いスペースで2対2にすることで、ドクとDFを1対1の関係にするか、逆にドクにふたり引きつけることでオライリーがフリーになる。これは狭いスペースだからこそ可能なやり方で、フットサルでよく見られる方法に近い。
シティはいつも新しいやり方を編み出してきたチームだが、ダブルチーム破りとしての「狭小2対2」もそのひとつになりそうである。
【グアルディオラのスタイルにフィットしている】
オライリーは8歳からシティのアカデミーでプレーしてきた。柔軟なボールコントロールと視野の広さ、落ち着いたプレーぶりで将来を嘱望され、17歳でプロ契約を結ぶ。2024-25シーズンのコミュニティシールド(vsマンチェスター・ユナイテッド)でデビュー。このシーズンはプレミアリーグ9試合に出場して2ゴールだった。
2年目の今季、第10節のボーンマス戦からは先発フル出場が続いている。ポジションは左SBだ。
193㎝の左利き。本来のポジションはMFだが、シティのプレースタイルにはフィットしている。DFというより実質的にMFのプレーを求められているからだ。
リーグ第16節時点では、ナタン・アケが左SBとして7試合、新加入のラヤン・アイト=ヌーリが5試合。15試合出場のオライリーが左のファーストチョイスとみていいだろう。アケはセンターバックとの兼任。アイト=ヌーリはオライリーと似たテクニカルなタイプ。いずれにしろ守備力と上下動とクロスボールという従来のSBのイメージとは違った特徴の選手が起用されている。
オライリーはアカデミー育ちのせいか、ジョゼップ・グアルディオラ監督のプレースタイルに非常によくフィットしている。前記のドクとの関係性など独特な動き方をしているが、おそらくオライリーの思いつきではなく、あらかじめ用意したものではないかと思う。
その場の個人のヒラメキはサッカーでは欠かせない一方で、シティにはチームとしてのセオリーがある。オライリーはそれをよく把握しているので周囲と齟齬がない。ソリストとしての能力もさることながら、オーケストラの一員として完璧にプレーできるタイプである。
20歳とは思えない落ち着きとフィット感で、それがレギュラーポジションをつかめている理由のひとつだろう。ドクとの関係性でも、なぜそこに立つのかを完全に理解しているように見える。
【チームのセオリーとユニットの効果】
オライリーとドクの関係だけでなく、右サイドのラヤン・シェルキとベルナルド・シウバの関係性も面白い。
右ウイングのシェルキ、右インサイドハーフのベルナルドは頻繁にポジションを入れ替える。左のドクは典型的なウイングだが、右のシェルキはウイングというよりインサイドハーフで、プレーのアイデアや間の取り方でベルナルド・シウバと相性がいい。守備時のベルナルド・シウバのカバーエリアの広さがシェルキを助けているところもあり、左のドク&オライリーとは異なる関係性を築いている。
誰が出ても変わらないチームとしてのセオリーがある一方で、部分的には人と人の個性の組み合わせで相乗効果を出している。チーム戦術と個人戦術、あるいはユニットのバランスがいいのは今季のシティの特徴と言える。
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