日本人Jリーガーの移籍金問題を考える 後編

能力の高い日本人の若手選手は、欧州のクラブに引き抜かれることが濃厚だ。Jリーグはそれを前提として、彼らが適正価格で引き抜かれるための環境を整備している。

いつの日か、欧州のトップクラブに超高額を積んでも欲しいと思わせ、その値札に見合う活躍を披露する日本人選手は出現するだろうか──。

 いまや欧州5大リーグでもU-21世代やU-23世代を対象としたリザーブリーグが当たり前に整備されており、育成の面で高く評価されるベルギーやポルトガル、オランダなどでも、リザーブリーグから次々に質の高いタレントが輩出されている。一部の国ではBチームを下部リーグに参戦させて、同世代ではなく大人との試合のなかで経験を積ませ、成長速度を上げようとするケースも珍しくない。

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 Jリーグもこうした世界のスタンダードに歩調を合わせて、変化や成長のスピードを上げていかなければならない。選手たちが成長するだけでなく、リーグやクラブ、チーム強化に携わる人材にも、これまでとは異なる基準が求められる時代になりそうだ。

 現在、複数のクラブが欧州でのプレシーズンキャンプを検討しているなか、サンフレッチェ広島の強化部長時代にトルコでキャンプを行なった経験を持つ足立修氏(Jリーグフットボール本部フットボールダイレクター)は「スピード感」の違いに言及しながら、それに適応していく必要性を説いた。

「先日、私もヨーロッパでのキャンプ地の視察に同行しましたが、そこには夏になると常時100クラブほどが集まり、約2カ月でのべ1000クラブが入れ替わり立ち替わりやってきます。
 
 すると当然ながら、膨大な数のスカウトが様々なクラブや選手を見てまわり、移籍も発生します。さっきそこで練習試合に出ていた選手が、数時間後に別のクラブと契約して隣のグラウンドで練習試合に出ているようなケースも実際にあるんです。だからこそ、強化に携わる人間は常にたくさんのワールドワイドなパイプや情報を持って、これまでとは違うスピード感で仕事を回していかなければならなくなるはずです」

(※編集部注:インタビュー後の12月15日、Jリーグが欧州キャンプ助成金制度を新設することが決まった)

 サガン鳥栖でスポーツダイレクターを務めた経験を持つ小林祐三氏(Jリーグフットボール本部企画戦略ダイレクター)も、「すでにその兆候は見え始めていますけど、強化部は常に編成をし続ける必要が出てくると思います」と述べ、次のように続けた。

【「つねに何らかの交渉をし続けるような世界に」】

「理想は『このスクアッドでいきます』と、ある程度チームを完成させた形でキャンプインすることですが、今後はこれまでのようなチームづくりは難しくなっていくと思います。

 誰かと契約交渉をして、既存の選手との契約更改の交渉もして、それが終わったら移籍市場が開いて。その1カ月半から2カ月の間は常に誰かを引き抜かれ、穴を埋め、その途中で別の選手を獲得したら、また引き抜かれて......と、つねに何らかの交渉をし続けるような世界になっていくのかなと。

 Jリーグもすでに常に選手のトレードが行われているような世界になってきていると思いますけど、シーズン移行によってヨーロッパや他の多くの国々と足並みが揃うと、変化は加速するはずです。足立からお伝えしたように、キャンプ中でも『(選手を)引き抜かれたので、他のクラブからその場で別の選手を獲得する』というケースも出てくるでしょう」

 数年前、ポルトガルの某クラブでスポーツダイレクターを務めていた人物に、「日本人選手はなぜこんなに安い給料でもオファーを受けてくれるんだ?」と尋ねられたことがある。Jリーグからヨーロッパへの移籍が一気に増え、多くの日本代表クラスの選手たちが5大リーグではなく、ベルギーやポルトガル、スイスの1部、あるいはドイツ2部など、競技レベルの一段下がるリーグへ移っていた頃だ。

 当時であれば、"買い叩かれている"という表現は、間違いではなかったと思う。だが母数が増え、評価を高めてヨーロッパ内でステップアップするケースも増加し、2022年のカタールW杯では日本代表がドイツ代表やスペイン代表を撃破。そこからは日本人選手たちへの見方が変わりつつある。

 ヨーロッパで長くプレーする選手が増えた一方、短期間でヨーロッパからJリーグへ戻ってくる選手も増えた。海外経験を持つ選手がJリーグでプレーすれば、相手はその選手がプレーしてきた環境やレベルなどを肌身に感じられる。このように、日本にいながら間接的に海外に触れる機会が増えたことにより、日本人選手やJクラブは海外移籍に関する知見やノウハウを蓄積していき、その選手のキャリアにとって、より適切な選択や判断ができるようになってきたと言える。

 外的要因と内的要因の両方が絡み合うことで、ヨーロッパのクラブも日本人選手を「もう買い叩くことはできないのではないか」と小林氏は言う。

【「適応リスクを排除していけば売れる」】

「たくさんの日本人選手がヨーロッパへ渡ったことによって、うまくいく例も、思い通りにいかない例も出てきたわけですが、その中で『適応リスクを丁寧に排除していければ売れる』ということがわかってきて、日本人選手たちの評価額は一時期に比べて上がりました。

 ドイツ国内でステップアップした町野修斗選手や堂安律選手が、よい例です。

デンマークからドイツへ移籍した鈴木唯人選手も、適応の壁を乗り越えた実例と言えるでしょう。彼らが移籍するたびに、ものすごい金額が動いていて、その一部はかつて所属していたJクラブにも還元されているはずです。

 彼らのような『売れる』選手が増えたことで、ベルギーやポルトガルなどに存在する経営規模の小さいクラブでは、手を出せない日本人選手も増えていて、そこからステップアップを狙うケースは減っていると思います。

 むしろJ1で主力として活躍していれば、佐野海舟選手のようにJリーグからブンデスリーガへと適正額で引き抜かれるケースも増えるのではないでしょうか。クラブと伴走しながら適応の壁を乗り越えれば、ヨーロッパのトップレベルで十分に活躍できることを、彼は証明してくれました」

 かつてはヨーロッパの多くのクラブが、「日本人選手なら安く獲得できる」と考えていたかもしれない。しかし、全体的な評価の向上と獲得競争の活性化とともに、それが難しくなった。それでも適応リスクは見逃せないため、実力とポテンシャルを見極めようとする。そのうえで、次のクラブへ送り出す前提で算出した金額──当然、これまでよりは高額になる──を投資する流れ。現状はそう分析できるだろう。

 少しずつでも日本人選手の価格の適正化は進んでいる。あとは前編の冒頭で触れたフランコ・マスタントゥオーノ(レアル・マドリード)やエステバン(チェルシー)のように、欧州のビッグクラブに100億円以上の移籍金でも欲しいと思わせ、実際に即座に欧州のトップレベルで活躍できるタレントが出てくるか。この議論は、あるいはそこに尽きるのかもしれない。

 そうした未来は容易に想像できるものではないが、それでもJリーグは「確実にいいステップを踏めているのではないか」と小林氏は言う。

 Jリーグは2026年に大きな転換点を迎える。シーズン移行による影響は多岐にわたり、見通せない部分もまだ多くある。なかでもヨーロッパと同じカレンダーになることで人材の流動性は上がり、これまで以上に移籍マーケットでの動きが活発になるはずだ。

 ただ、日本人選手、特に若い選手が海外でのプレーを目指し、流出していく傾向は変わらないだろう。となると、依然として課題になっている適応リスクをいかに下げ、適正価格で、適切な移籍先を選べるかが重要になる。選手を送り出すクラブやJリーグは、いかに自分たちのブランド力を向上させ、人材輩出のサイクルを確立しながら、マーケットの流れに適応した"売り方"を見出していけるかが、持続的な成長のカギになるそうだ。

 いつの日か、Jリーグから"100億円のフットボーラー"が出てくるだろうか。可能性はゼロではない。そこに近づく取り組みを続けた先に、日本サッカーの歴史を変えるようなビッグディールが実現すればいい。

(了)

>>> 【前編へ戻る】Jリーグの日本人選手は、なぜ欧州のクラブに買い叩かれるのか? 実情を精査すれば...

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