■『今こそ女子プロレス!』vol.30

マーベラス 暁千華 後編

(前編:長与千種の「赤」を背負う暁千華が振り返る壮絶プロテスト Sareeeとのデビュー戦は「感情が出せなかった」>>)

 2024年9月29日、公開プロテストを満点で合格した暁千華。そのリングネームには「千の種から千の華が咲く」という意味が込められている。

 デビュー戦の2日前、彼女の元にコスチュームが届いた。長与千種と同じ、真っ赤な水着だった。喜びとプレッシャーが胸に同時に押し寄せるなか、10月27日、Sareeeと対戦。物怖じしない表情と堂々とした佇まいには、誰もが"逸材"の気配を感じただろう。

 そして、暁にとって転機となる試合が組まれた――。

【女子プロレス】暁千華は「令和のクラッシュ・ギャルズって呼ば...の画像はこちら >>

【宝山愛と禁断の"全女式押さえ込みルール"で対戦】

 デビュー戦後、桃野美桜、川畑梨瑚、Mariaとのシングルマッチを経て、暁はこう言い放った。「次は(宝山)愛さんですよね? 愛さんには絶対負ける気がしません」。強気にも思えるその言葉どおり、2025年1月4日の新木場大会で宝山とのシングルマッチが組まれた。

 この日、暁は宝山を相手に初勝利を宣言する。張り手で宝山を倒し、「立てよ!」と叫んだ。宝山にとっては、相当な屈辱だったに違いない。リング上の空気はどんどん重くなり、ふたりの動きはぎこちなくなっていく。誰の目にも"異常"な試合だった。

 結果はドロー。試合後、長与がマイクを握り、ふたりを叱責した。そして、とんでもない提案を口にする。「全女式の押さえ込みルールでやりなさい」――。その瞬間、会場に緊張が張りつめた。

 全女式押さえ込みルールとは、いわば"真剣勝負"の形式だ。かつて全日本女子プロレスでは、若手の試合にこのルールが組み込まれていた。その厳格なルールを公言し、適用しようとしているのである。プロレスの様式を排した試合がどんな展開になるのか、誰にも予想できなかった。

 1月12日、横浜産貿ホール大会。暁と宝山の再戦は第2試合に組まれた。

 ゴングが鳴ると同時に、宝山がドロップキックを放つ。

それをかわして持ち上げようとする暁。踏ん張ってこらえる宝山。首の取り合いから、ボディスラム、そして押さえ込みへ。余裕すら感じる表情で攻め込む暁に対し、宝山は奇声を上げた。あんなにも感情を露わにする宝山を見るのは初めてだった。

 暁はボディスラムから押さえ込みを続け、宝山の余裕は失われていく。雄叫びを上げながら逃げようとするも、カウント2で肩を上げるのが精一杯だ。獣のような、切実な涙の咆哮に、客席からは声援と、すすり泣きが漏れた。

 ラスト1分のコールが響く。その声とほぼ同時にカウント3。暁の勝利を告げるゴングが鳴った。

 長与がリングに上がり、マイクを取る。

「ひとつだけ忘れないでほしい。人から一本取ることが、どれだけ尊くて、どれだけ大変なことか、今日おまえ(暁)はよくわかったはずだ。そして取られることが、負けることがどれだけ悔しいか、おまえ(宝山)はわかったはず。勝つことも難しいけど、負けることも難しいから。そんな思いでリングに上がってほしい」

 勝利した暁は、試合後、Xでこうポストした。「あんまりうれしくなかった。勝つってなんだろう」。初勝利のあとに放ったとは思えない、その言葉。なぜ彼女は、勝ったのにうれしくなかったのか。

「押さえ込みルールで勝ちました。愛さんが負けました。でもあの時、注目されたのは愛さんだったんです。

勝ったには勝ったけど、『ただ勝てばいいっていうもんじゃないんだな』と思いました。全然喜べないし、しんどい試合でした」

【"紅の継承者"対決を目の前で見て思ったこと】

 3月11日、マリーゴールド新宿FACE大会。マーベラスとマリーゴールドの全面対抗戦が勃発した。

 リング上で暁は、突然、服を脱ぎ始めた。次の瞬間にはコスチューム姿に。周囲の選手たちは笑いを堪えきれず、ざわつくリング。しかし当の本人は、眉ひとつ動かさない真顔だった。この日を境に、暁は"いつでもどこでも、脱げばコスチューム姿になる新人"として注目を集めることになる。

「マリーゴールドって、細い選手がいっぱいいるじゃないですか。こんな人たちにマーベラスが負けるわけないって、ずっと思っていたんです。『やるんだったら潰してやる』くらいの気持ちです。それに自分、対抗戦が好きなんですよ。9歳の頃から(団体)対抗戦を見て育っているので」

 3月30日、マリーゴールド後楽園ホール大会で、高橋奈七永&山岡聖怜 vs 彩羽匠&暁千華 のタッグマッチが行なわれた。

暁は全女式押さえ込みを武器に果敢に食らいつき、見せ場をつくったが、惜しくも敗れた。

 試合後、高橋がマイクを握り、涙を浮かべながらこう言った。「こういう選手と引退前に出会えて、めちゃくちゃうれしい! 匠、よく育てたな......」。後楽園ホールに温かいざわめきと拍手が広がった。

 4月10日、マーベラス新宿FACE大会。里村明衣子 vs 彩羽匠のシングルマッチが行なわれた。長与の弟子同士――"紅の継承者"対決である。

 歴史に残る名勝負となった一戦で、彩羽は里村に勝利した。その直後、長与はマイクを取り、セコンドについていた暁に問いかけた。「お前も受け継ぐ気、あるのか?」。しかし暁は、返事をしなかった。里村と彩羽の試合があまりにもすごすぎて、軽々しく言葉を発することができなかったのだ。

 その暁に、「里村や彩羽の域まで行きたいか」と尋ねると、彼女は首を振った。

「同じところに行こうとは思っていなくて。同じレベルの、違うところに行きたいです。里村さんだったら"横綱"というポジションだけど、自分は暁千華にしか行けないところに行きたい」

【「暁千華」という名だけで勝負する覚悟】

 6月27日、新木場大会。暁は彩芽蒼空と組み、スパーク・ラッシュ(彩羽匠&Sareee)の持つAAAWタッグ王座に挑戦した。

 圧倒的強さを誇るスパーク・ラッシュに、新人ふたりが真っ向からぶつかっていく。その構図が名勝負を生んだ。強すぎて「ライバル不在」と言われるスパーク・ラッシュにとっても、これ以上ない挑戦者だったのではないだろうか。

 暁と彩芽は同じ19歳。暁が赤い水着、彩芽が青い水着という対比も相まって、「令和のクラッシュ・ギャルズ」と呼ばれることも多かった。しかし、スパーク・ラッシュが正式にクラッシュ・ギャルズを継承したことで、どちらが令和のクラッシュ・ギャルズなのか、少し曖昧になっている。

 そのことについて尋ねると、想像を超える言葉が返ってきた。

「令和のクラッシュ・ギャルズって呼ばれたいわけじゃないんです。クラッシュ・ギャルズは大好きですけど、その名前は必要ないんじゃないかなと思っています」

 なんて逞しいのだろう。19歳にして、もう「暁千華」という名だけで勝負する覚悟を持っている。彼女はいつか、女子プロレスの歴史を変える選手になるかもしれない。

 10月19日、石川凱旋興行。暁は彩羽の持つAAAW王座に挑戦した。デビュー1年での凱旋、しかもタイトルマッチ。異例の抜擢である。

 暁のガッツと勢いを考えれば、勝機はあると思われた。しかし始まってみれば、彩羽の圧倒的な強さとうまさが際立つ試合だった。「ここまでやるのか......」と思うほど、暁は残酷なまでに潰された。それは彩羽の愛ゆえに、徹底した"洗礼"でもあった。

「匠さんとのシングルは初めてだったんですけど、強さを思いっきり見せつけられたし、壁はめちゃくちゃ厚かったです。あれだけ自分を応援してくださる方が会場に来てくださったのに、匠さんひとりの空気感に飲まれた感じはあります」

 試合後、約1350人の観客を前に、暁は泣きながらマイクを取った。

「石川県、震災とかいろいろあったけど、プロレスで私が盛り上げたいなと思っています。プロレスまた観に来てほしいです」

 シンプルだが、まっすぐで、胸を打つ言葉だった。暁千華は、言葉を持つレスラーである。

【プロレスラーになって「自分と向き合うようになりました」】

 11月16日、センダイガールズプロレスリング後楽園ホール大会。キャリア3年未満の選手が争う「じゃじゃ馬トーナメント」決勝戦。それまでに叶ミク、YUNAを下した暁は、スパイク・ニシムラと対戦した。

 暁の得意技となった全女式押さえ込みは、徹底的に警戒されていた。体の大きいスパイクをなかなか押さえ込めなかったが、アックスボンバー2連発からのダイビング・ボディ・プレスで勝利をもぎ取った。

 試合後のマイクでは、涙を流しながらこう言った。「いつも自信を持ったフリをしていた。やっと自信が持てた」――。

 しかし暁を襲ったのは、喜びだけではない。むしろ胸を締めつけたのは、とてつもない悔しさだった。

「超満員で、バルコニーまでたくさん人がいて。メインで橋本(千紘)さんがSareeeさんに勝って締めのマイクをしている時とかも、その光景全部が見ていて悔しかったです。マーベラスも絶対、満員にしたい」

 12月28日、マーベラスは後楽園ホール大会を控えている。暁はマリーゴールドの山岡聖怜と初のシングルマッチに臨む。

「"枠"を超えた闘いにしたい。山岡は『スーパールーキー』って呼ばれてますけど、どっちがふさわしいか。どっちが強いか。普通の闘いじゃなくて、いろんなものを背負った闘いにしたいです」

 プロレスラーになって変わったことは何か、と尋ねると、暁は少し考えてから答えた。

「自分と向き合うようになりました。昔は自分と向き合えていなかったんですよね。プロレスラーになって、つらいことも楽しいこともうれしいこともいっぱいあるけど、その度に自分と向き合っています。今までの人生にはなかったものを、この1年で味わっています」

 最後に、彼女の夢を聞いた。

「女子プロレスに大ブームを起こすこと」

 その言葉に迷いはなかった。19歳のまっすぐな瞳は、しっかりと未来を見据えている。

【プロフィール】

◆暁千華(あかつき・せんか)

2006年3月30日、石川県加賀市生まれ。9歳の時、母親に見せられた尾崎魔弓 vs 下田美馬のシングルマッチをきっかけに全日本女子プロレスに夢中になる。高校卒業後、マーベラスに入門。2024年9月29日、新木場1stRINGの公開プロテストに合格。同年10月27日、名古屋国際会議場イベントホール大会でデビュー(対Sareee)。11月16日、キャリア3年未満の選手が争う「じゃじゃ馬トーナメント」を優勝。169cm、72kg。X:@marvelous_SENKA

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