前編:大谷翔平の2025年&2026年
二刀流に復活してロサンゼルス・ドジャースの2連覇の原動力となった2025年の大谷翔平。ムーキー・ベッツの遊撃手転向も含め、スーパースターの地位を不動にしながらも、30代になってもなお挑戦を続ける姿勢は、ドジャースの強さの根源にあった。
その姿勢はフロントをはじめチームに関わるすべての人々に伝播し、シーズン終了後には、チーム編成の責任者が今季119敗も喫した弱小チームへ移るという新たな挑戦を決断した背景にも影響を及ぼすものでもあった。
【「世界王者」から「119敗チーム」への決断の背景】
ロサンゼルス・ドジャースで10年以上にわたり編成部門の要職を務め、3度のワールドシリーズ制覇に貢献したジョシュ・バーンズ(55歳)が、コロラド・ロッキーズの新GMに就任した。常勝軍団の中枢にとどまっていれば、今後も安定と成功は約束されていたはずだ。それでも彼は、球団史上最悪の119敗を喫したチームの再建という、最も困難な仕事にあえて身を投じる道を選んだ。
筆者は、バーンズがまだ20代後半だった頃から知っている。1990年代後半にクリーブランド・インディアンス(現・ガーディアンズ)のフロントでキャリアをスタートさせ、99年シーズン後にはロッキーズのアシスタントGMに抜擢。その後、ボストン・レッドソックスを経て、アリゾナ・ダイヤモンドバックスとサンディエゴ・パドレスではGMとして手腕を発揮した。社交的で話しやすく、球団運営の思想やフロントの舞台裏についても、質問すれば丁寧に、わかりやすく教えてくれる人物だった。
現在のロッキーズを強くするのは、容易ではない。海抜1マイル(1600m)という高地に位置し、広大な本拠地クアーズ・フィールドで安定して勝つ方法を確立することは、球団創設以来の難題である。バーンズ自身も過去に在籍した経験から、その特殊性を誰よりも理解している。119敗という現実について、就任会見でこう語った。
「言い訳はできない。
困難だからこそ、挑む価値があるという覚悟が滲み出ている。さらにバーンズは、ドジャースで目の当たりにしてきた「向上心の文化」に強く感化されたことも明かした。大谷翔平の50盗塁挑戦、ムーキー・ベッツの遊撃手転向。MLBの多くのスーパースターが30代に入ると故障回避を優先し、保守的になりがちななか、ふたりは野球選手としての成長を求め、まったく新しい挑戦に踏み出し、それを成し遂げた。その姿勢はチーム全体に伝播し、ドジャースの連覇を力強く後押しした。
「彼らは常に向上と偉大さを追い求めていました。それは選手自身の力であり、同時に我々フロントも全力で支える必要がありました」
大谷が困難な挑戦に挑み続けたように、55歳のバーンズもまた、ロッキーズを強くするという難題に、自らのキャリアを懸けて挑もうとしている。
【チーム力を押し上げた自らの可能性を広げる個の姿勢】
長年MLBを取材するなかで、筆者が拭いきれない違和感を抱いてきた。創造性をもって新しいことに挑もうとする「向上心の文化」が、次第に感じられなくなっていたからである。その背景には、MLBという巨大産業が生み出した評価の構造がある。
現在のMLBでは、多くの選手が高額かつ複数年の契約を得ることを最大の目標に据えている。評価軸は、直近の成績と健康状態だ。失敗や故障は、そのまま大きな契約を結ぶ機会を失うリスクへと直結する。
具体例を挙げればわかりやすい。大谷のようなパワーヒッターが盗塁を増やそうとすれば、故障の危険が指摘される。ベッツのようなゴールドグラブ賞の外野手が内野守備に挑めば、分業化が進んだMLBでは「ほかの選手に任せればいい」という判断が優先される。そこには、「余計なことはするな」「決められた役割だけを果たせばいい」という無言のメッセージが横たわっている。
そのなかで、大谷とベッツは明確な例外となった。30代に入っても野球選手としての向上心を失わず、自らの可能性を広げ続けた。その姿勢は個人の成績にとどまらず、チーム全体の天井を押し上げる力となった。MLBのベテラン選手が挑戦を避けるようになったのは、FA制度の成熟、年俸評価の精緻化、ケガのリスクの可視化、そして分業文化の完成によって、「挑戦しないこと」が最適戦略となったからである。
だが、大谷とベッツは、その完成された最適解を、個人の覚悟と能力によって打ち砕いた。二刀流の大谷が体現しているのは、挑戦を続けることそのものが価値を生み、スポーツを前進させるという事実だ。挑戦こそが、スポーツを進化させる、そのことを、大谷は世界最高峰の舞台で証明し続けている。
【レブロンやウッズと肩を並べた崇高な価値】
12月9日、大谷はAP通信の選ぶ「年間最優秀男性アスリート(Male Athlete of the Year)」に選出された。受賞は通算4度目。男性アスリートとしては、自転車のランス・アームストロング、NBAのレブロン・ジェームズ、ゴルフのタイガー・ウッズと並び、歴代最多タイとなる。
大谷は受賞に際し、「すばらしいアスリートのなかで選んでいただいてうれしい。歴代の方々がいる中で、こうした賞を複数回いただけるのは特別なことです。去年、"もう一回獲りたい"と言いましたが、来年も獲れるように頑張りたい」と語った。もしもう1回受賞すれば、21世紀のアメリカを代表するこの3人を超え、単独最多となる。
2025年に大谷が選ばれた最大の理由は、二刀流でドジャースを2連覇に導いた点にあるだろう。打者としては打率.282、リーグ2位の55本塁打、102打点。21年の96四球を大きく上回る自己最多の109四球を選び、球団歴代2位の146得点を記録した。出塁率と長打率を足したOPSは1.014で、いずれもナ・リーグで断トツのトップ。1番打者としての重責を完璧に果たした。
圧巻だったのはポストシーズンだ。ミルウォーキー・ブルワーズとのナ・リーグ優勝決定シリーズ第4戦では、3本塁打に加え、7回途中2安打無失点、10奪三振。投打にわたる活躍で試合を支配した。大谷自身も、キャリア屈指の二刀流ゲームだったことを認めている。
「1試合だけを考えれば、おそらくそうだと思います。ポストシーズンの重要な試合でしたし、個人的にもかなりよいプレーができたと感じています」
毎年、新たな記録を打ち立てる、まさに"生きる伝説"だが、それでは、なぜこれほどまでに進化し続けられるのか。その問いに対し、大谷自身はこう語っている。
「目標が高ければ高いほど、やらなければならないことも多くなり、やりたいことも増える。今の自分に満足しているなら、努力なしに目標を達成することは不可能だと思います。
その原動力は、決して尽きることのない向上心にほかならない。
つづく










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