元ホンダ・浅木泰昭 連載
「F1解説・アサキの視点」第4回 前編

 2018年にトロロッソ(現レーシングブルズ)と組んでスタートしたレッドブル・グループとホンダのパートナーシップ。翌2019年にはレッドブルにもパワーユニット(PU)の供給を開始した。

 以降、レッドブルとホンダは8シーズンの間に70以上の勝利を重ね、ドライバーズ・タイトルは4回、コンストラクターズ・タイトルは2回獲得している。

 2023年には全22戦中21勝という驚異的な勝率を記録するなど、レッドブルとホンダがともに戦った172戦はこれからもF1の歴史のなかで語り継がれていくだろう。その歴史の当事者としてレッドブルとホンダのパートナーシップに関わった元ホンダ技術者の浅木泰昭氏に栄光の8年間を振り返ってもらった。

どん底だったホンダF1が直面した「運命の分かれ道」 元PU開...の画像はこちら >>

【どん底から始まったパートナーシップ】

 ホンダとレッドブル・グループがともに戦った8年間は、私自身も関わったホンダの第2期(1983~1992年)のウイリアムズやマクラーレンとのパートナーシップ以上の成果を上げたという評価になるのではないでしょうか。

 ホンダは2021年シーズン限りでワークス活動を撤退し、レッドブル・パワートレインズ(RBPT)を技術支援する形でPUを供給しましたが、2023年シーズンには22戦21勝を達成します。

 レッドブルの21勝とマックス・フェルスタッペン選手の19勝はともにチームとドライバーの年間最多勝記録を更新しましたが、もっとも驚異的なのは最高勝率(約95.5%)だと思います。この勝率を上回るのは相当難しい。今後、この記録を上回るチームは出てこないかもしれません。

 ホンダとしては大成功ですが、私個人としてはホッとしたという気持ちのほうが強い。ホンダの第4期活動は2015年、マクラーレンと組んでスタートしましたが、最初の3年間はトラブルが続出し、完走することさえままならないレースが続いていました。

 私がF1プロジェクトに合流したのは2017年の夏頃でしたが、当時のホンダF1に対するバッシングはひどかった。社内では「たくさんお金を使っているのにブランド価値を落としているとは何事だ」と袋叩きにされていました。

 パートナーを組むマクラーレンもすでにホンダに見切りをつけており、2018年からは新たなPUサプライヤーとしてルノーと組もうとしていました。

だから世界中のメディアを使ってバッシングを繰り返し、ホンダと決別しようと必死になっていました。

 どん底にあえいでいたホンダF1を立て直すために、定年退職の半年前の私に声がかかりました。私の任務は、このまま一度も勝てずに撤退という事態を避けることでした。もしそんなことになってしまったら、ホンダにとってまずい。ホンダの未来やF1プロジェクトに関わっている若い人たちに何か残せるかもしれないという気持ちでPU開発のリーダーを引き受けました。

 私は2017年9月1日付で、当時F1のPU開発を行なっているHRD(ホンダ・レーシング・ディベロップメント/現HRC)Sakuraの執行役員としてF1の世界に再び戻ることになりましたが、夏くらいからSakuraに通い始めていました。

 その頃はまだトロロッソ(現レーシングブルズ)と組むことが決まっていなかったので先行きは見えませんでした。私自身、プレッシャーを感じるようなタイプではなかったのですが、出社途中に突然、トイレに行きたくなってコンビニに駆け込んだことが何度かありました。今でも不思議ですが、身体が反応しちゃったんですね。

 その症状は、ホンダがトロロッソにPUを供給することが正式に決まった秋頃には自然に収まっていきました。

【最初のターニングポイントは......】

 2018年、トロロッソはホンダと組むことになりましたが、レッドブルは引き続きルノー製のPUを使用して戦うことになっていました。でも、レッドブルとルノーの関係はうまくいっていませんでした。

 ルノーは2016年から自らでチームを所有しワークスとして参戦しましたが、カスタマーのレッドブルの後塵を拝し続けます。当然、ルノーの社内では「ワークスがカスタマーに負けるのはどうなんだ」という議論があったと想像します。

 一方のレッドブルもシーズン中に何度か勝つことはできましたが、ルノーが全力でサポートをしてくれていると感じられていなかったようです。おそらくレッドブルの技術者やフェルスタッペン選手をはじめとするドライバーたちのルノーに対する不満が蓄積していたのではないかと思っています。

 とはいえ、レッドブル・グループが諸手を挙げてホンダと組もうとはならなかったはずです。「このままルノーと組んでも先がないだろう」という意見と、「ホンダなんかと組んでマクラーレンみたいな悲惨な状況になったらどうすんだ」という意見が半分半分だったのではないかと推測しています。

 マクラーレン・ホンダの3年間を見れば、レッドブル陣営がそう考えるのは当然だと思います。レッドブルの首脳陣はルノーとホンダを天秤にかけている。トロロッソとホンダの関係を見て、ルノーとホンダのどちらかと組むのか決めるのだろうと私は考えました。

 ホンダが勝つためにはトップチームのレッドブルと組む必要があります。トロロッソとうまくやって、レッドブルに対してホンダがルノーよりも優れていることを証明することを目標に掲げ、私のF1での仕事はスタートしました。

 結果的にレッドブルはホンダのPUへの可能性を感じてくれ、レッドブルの創業者ディートリヒ・マテシッツさんとレッドブル・レーシングのアドバイザーを務めるヘルムート・マルコさんがホンダをパートナーとして選んでくれました。

それが最初の運命の分かれ道だったと思います。

後編へつづく

<プロフィール>
浅木泰昭 あさき・やすあき/1958年、広島県生まれ。1981年に本田技術研究所に入社し、第2期ホンダF1、初代オデッセイ、アコード、N-BOXなどの開発に携わる。2017年から第4期ホンダF1に復帰し、2021年までパワーユニット開発の陣頭指揮を執る。第4期活動の最終年となった2021年シーズン、ホンダは30年ぶりのタイトルを獲得。2023年春、ホンダを定年退職。現在は動画配信サービス「DAZN」でF1解説を務める。初の著書『危機を乗り越える力 ホンダF1を世界一に導いた技術者のどん底からの挑戦』(集英社インターナショナル)が好評発売中。

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