【名トレーナーが、中谷とのスパーでカルデナスに指示したこと】
「ナオヤ・イノウエ戦のカルデナスは、左フック一辺倒だったね。自分の最も得意なパンチでモンスターをダウンさせたんだから、そうなるのも当然だ。でもイノウエは、『2度と同じパンチは喰わないぞ』とディフェンスの意識を高めた。
マニー・ロブレス(54歳)はそう言った。
今年5月4日、ラスベガスで井上尚弥(大橋/32歳)の持つWBA/WBC/IBF/WBOスーパーバンタム級タイトルに挑んだラモン・カルデナス(アメリカ/30歳)は、第2ラウンド終盤、チャンピオンの左フックをダッキングで躱(かわ)し、自らも同じパンチをカウンターで放ってダウンを奪う。しかしその後、左フックを狙い過ぎ、モンスターに削られていった。結局、8ラウンドKOで敗れる。
とはいえ、井上に善戦したカルデナスは評価を上げ、世界戦線に踏みとどまる。26勝(14KO)2敗でWBA2位となり、現地時間12月18日、フロリダ州フォートローダデールで再起戦が組まれた。相手は16勝(10KO)3敗のサウスポーだった。
2度目の世界タイトル挑戦を目指すカルデナスは、指導者を一新する。トレーナーを依頼したのが、ロブレスだった。元WBCスーパーバンタム、同フェザー級王者で、世界タイトル2本を同じ相手――井上尚弥に屠(ほふ)られたスティーブン・フルトン(アメリカ/31歳)――に奪われたブランドン・フィゲロア(アメリカ/28歳)も、もうひと花咲かせるにはこの人の教えが必要だと、ロブレスにコーチを依頼している。
ロブレスの下には、世界レベルの選手がひっきりなしに集う。12月27日に試合を控えた中谷潤人(M.T/27歳)のトレーナー、ルディ・エルナンデスとロブレスが友人関係にあるため、ふたりのスパーリングが組まれた。
その間、中谷はカルデナスの左フックを一発ももらわなかった。
キャンプ中、ロブレスは説いた。
「こんなハイレベルのサウスポーが近くにいてくれるなんて、カルデナスにとって実に幸運だ。ジュントのことは、ルディが面倒を見始めた10代の頃から知っている。最高のトレーナーにコーチされて一段一段上ってきたけれど、もはや誰も手の届かない場所に到達したね。離れたら長いストレートが飛んでくるし、接近戦でも鋭いアッパーやボディブローを打ってくる。非常にクオリティの高いファイターだ。
もちろん、カルデナスの左フックを警戒しているから、当てさせない。ならば、と右の使い方、フェイント、アングル、あるいはステップを考えさせ、ジュントの懐に入る術を探らせている」
【トレーナーと選手に欠かせない絆】
どんな世界においても、良好な人間関係抜きにいい結果は生まれない。特にボクシングにおいて、選手とトレーナーの絆以上に重要なものはない。モハメド・アリにはアンジェロ・ダンディが、マイク・タイソンにはカス・ダマトが、フロイド・メイウェザー・ジュニアには叔父のロジャーが、マニー・パッキャオにはフレディ・ローチが付いていた。
WBA2位は、アドバイスを受けると「わかりました」と応じた後に「sir」と発し、新たな指導者を敬う気持ちを示した。中谷とのスパーリングを終えたのは12月8日。2日後には、10戦全勝7KOのメキシカンを相手に6ラウンドを打ち合い、10日後の再起戦に備えた。
ロブレスは語った。
「ジュントに対しては、いかにリズム作ってインサイドで戦うかが課題だった。身長もリーチもジュントが優っているから、懐に入らねばならない。そのためにどうするか。外されても躱されても、とにかく耐えて、手を出し続けることがテーマとなった。
彼との仕事を始めたばかりだが、カルデナスが真面目な男だと理解した。私の助言を忠実に実行しようとする姿勢がある。空振りさせられても、捌かれても諦めずに前進するハートもいい。
カルデナスがひと通り練習を済ませ、腹筋運動を始めると、黒いスポーツウェアを着た大柄な男がノックアウトジムに入ってきた。2019年6月にWBA/IBF/WBOヘビー級王座に就いたアンディ・ルイス・ジュニア(アメリカ/36歳)である。
ロブレスのコーチを受け、2019年9月に7回KO勝ちで3本のベルトを得たルイスは、統一ヘビー級チャンピオンの旨味を十二分に味わった。やがてパーティー三昧で、練習に身が入らなくなる。およそ7kg膨らんだ体でリングに上がった半年後のリターンマッチで、呆気なく王座から転落。何度もやる気を出すよう働きかけたロブレスだが、もはやつける薬無し、と袂を分かつ。
統一王座を手放してから、6年の歳月が流れた。ルイスはその間に3戦し、2勝1分。36歳となった彼に未来はなさそうだが、改心したかつての教え子を、このほどロブレスは受け入れた。
「写真撮影はいいけれど、動画は遠慮してやって」
2024年8月以来リングから遠ざかり、突き出た腹を揺らして自身の構えるミットにパンチを振るうルイスを、師は気遣った。
「どれだけ本気でボクシングに向かうか。私のトレーニングについてこられるか。こちらもベストを尽くすから、言い訳は認めない」
ロブレスはそう伝え、不肖の弟子に再生プログラムを作った。
【カルデナスが再起戦で見せた新たな引き出し】
12月18日のカルデナスは、立ち上がりから落ち着いていた。ガードを高くし、両拳の間から目を光らせて相手の動きを観察する。戦いぶりが"モンスター"との試合とはまるで違った。
今年の7月に日本を訪れた折に新調した、日本製の白いリングシューズが目を惹く。WBA2位は千代田区小川町のミズノ社に出向き、特別モデルを注文した。同社と契約する井上尚弥の影響か。
16勝3敗のサウスポーは遠目からジャブを放っていくが、カルデナスを捉えられない。その軽快なフットワークは、中谷の影響と思えた。
小刻みに体を揺らしてリズムをとり、前の手でフェイントをかける様は、中谷との99ラウンドでカルデナスが何度もトライした動きだった。中谷にはなかなか通じず、接近するのもひと苦労だったが、この相手なら余裕を持ってコントロールできた。1ラウンド2分10秒過ぎ、カルデナスはサウスポーが入ってくるタイミングに合わせた右アッパーのカウンターを放った。その1発で両者の力量差がハッキリと見てとれた。
ロブレスは「122パウンド(スーパーバンタム級)でジュント以上の選手は見当たらない。カルデナスにとって、最高の学びを与えてもらった」と振り返ったが、確かにその効果を遺憾なく発揮する。ノックアウトは時間の問題と思えた。
2回、カルデナスは顔面へのジャブ、ボディへの右アッパー、右ストレートと手数を増やす。同ラウンド残り34秒で右ストレートをヒットし、相手をぐらつかせる。中谷にはなかなか当たらなかったが、このサウスポーになら難しい作業ではなかった。
3ラウンドに入っても、カルデナスの上下の打ち分けが光る。
その後も、冷静に攻め続ける。中谷とのスパーリングでは空振りが目立った分、このサウスポーに対してはコンパクトなパンチを繰り出した。第5ラウンド1分15秒、カルデナスが右ストレートを叩き込むと、サウスポーは腰からキャンバスに沈み、試合は終了した。
モンスターや中谷とはレベルが異なる相手だったが、カルデナスが引き出しを増やしたことは間違いない。「ジュントとの4週間で、耐えることを学んだ」という、ロブレスの言葉を証明するかのような勝利だった。
中谷とカルデナスのスパーリング初日、最終日と2度、筆者はロブレスに同じ質問をした。井上vs.中谷の勝者を予想してもらったのだ。
ロブレスは言い切った。
「ジュントだね。驚くほどの成長スピードだ。今回のキャンプでもそれを感じた。東京ドームでのメガファイトは、判定までいくんじゃないかと私は考えるがね」
両ファイターは、刻一刻と頂上決戦に向かっている。12月27日、中谷はカルデナスとの99ラウンドをどんな形で披露するか。
(ルイス・ネリ、田口良一が語る井上尚弥vs.中谷潤人 勝敗予想はふたつに分かれた>>)



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