連載第72回
杉山茂樹の「看過できない」

「来年のワールドカップでは日本のサポーターにスタンドをブルーに染めてほしい」

 先日、開催されたトークセッションで、森保一監督が述べた言葉である。だが筆者はそこに、楽観的すぎる危機感のなさを感じてしまった。

 日本戦のスタンドははたしてブルーに染まるだろうか。日本の初戦・オランダ戦と3戦目(相手は欧州プレーオフBの勝者)は、ダラスの約9万4000人を収容する巨大スタジアムで行なわれる。そこにどれほどの日本人が駆けつけることができるか。

 オランダ戦に関して言えば、観客数で相手に劣ることが予想される。

 オランダは外国にアウェー戦を観戦に出かけるファンが多い国として知られる。大げさに言えば、オレンジ色の軍団は名物のブラバン隊を筆頭に世界のどこにでも繰り出していく。ワールドカップやユーロの現場では欠くことのできない風物詩のような役割を果たしている。

 欧州プレーオフBの候補で言えばスウェーデンだ。オランダ同様、船乗りの気質をうずめかせるかのように、まさにバイキング然と世界各地に繰り出していく。

サッカー日本代表のスタンドは来年ブルーに染まるか すっかり冷...の画像はこちら >>
 欧州ではドイツ、イングランドも外に出ていくファン気質が旺盛な国として知られる。ナショナルチームを応援する風土が浸透している国と言ってもいい。一方、それがけっして高くないのがイタリア、スペイン、フランスだ。
スペインは一時より盛り上がってきているとはいえ、バルセロナ対レアル・マドリードを中心とする都市対抗色の強いお国柄であることに変化はない。

 日本はどうなのか。オランダなどの前者系なのか。イタリアなどの後者系なのか。

 かつてなら前者だと言いきれた。初出場を果たした1998年フランスワールドカップ、2002年日韓共催ワールドカップを挟んで開催された2006年ドイツワールドカップあたりまでは、コアなサッカーファンはもちろん、それ以外の人も「これがトレンド」と言わんばかりに現地まで駆けつけた。日本戦のスタンドはそれこそブルーであふれかえっていた。

【2006年ドイツ大会を境に一変】

 1998年のフランスワールドカップ、初戦のアルゼンチン戦が行なわれたトゥールーズのスタンドは定員3万6000人だった。ところが現地には4万人の日本人が訪れることになった。偽チケットを掴まされたことがその理由だが、当時の報道によると、フランスワールドカップには、そういう気の毒なファンを含め、約10万人がフランスを訪れたとされる。2006年のドイツワールドカップも約6万人に及んだ。

 欧州へクラブサッカーの観戦に出かけるファンの勢いも凄まじかった。

その象徴と言うべき試合が2004-05シーズンのチャンピオンズリーグ決勝トーナメント1回戦、チェルシー対バルセロナである。日本人向けに観戦チケットを販売している業者に話を聞くと、この試合を観戦した日本人は約400人いたと言う。内訳は日本から来たツアー客200人、個人旅行者100人、それに現地在住の日本人100人。スタンフォード・ブリッジの収容人員は4万1000人なので、100人にひとりが日本人だったことになる。チケット代は約10万円だった。チェルシーは日本人ファンから4000万円を売り上げた計算だ。

 2004年に行なわれたユーロのポルトガル大会でも、「犬も歩けば棒に当たる」ではないが、現地のスタジアム周辺では何人もの日本人とすれ違った。組織委員会によると、このときポルトガルを訪れた日本人の数は、イングランド人、ドイツ人、オランダ人、隣国スペイン人に次ぐ5番目。欧州以外の国では断トツのナンバーワンだったことは言うまでもない。20年前なら、冒頭で紹介した森保監督のひと言に違和感はなかった。

 ところが時代は一変する。

 2010年南アフリカワールドカップは数えるほどだった。

現地の治安の悪さが災いし、観戦旅行を控えるファンが多かった。次回の2014年、ブラジルという「サッカー大国」で開催されるワールドカップにかけるとする声を、当時はよく耳にした。しかし、ブラジル大会で実際に日本から現地を訪れたファンは3000人に終わる。ブラジルは地球の真裏。到着までたっぷり24時間を費やす。遠すぎたと言われると、納得もできた。

 だが、最寄りのロシアで開催された2018年ワールドカップも、日本人サポーターの数は少なかった。見たところ毎試合、せいぜい5000人ぐらい。イタリア、フランス、スペインにも劣りそうなスタンド風景だった。

 現在と違い、当時のロシアは近いうえに行きやすい国だった。観戦者はビザも免除された。ホスピタリティも治安も上々で、筆者は過去一、すばらしい大会だったと記憶している。

 日本人のワールドカップ観戦意欲、欧州サッカー観戦意欲は衰退の一途を辿るばかりだ。日本代表のアウェー戦もしかり。「ジョホールバル」に2万人以上が駆けつけた時(1997年)のような熱はすっかり失せた状態にある。

 そうした認識が、森保監督にはまったくない様子だ。この感覚のズレを、筆者は見逃すことができない。能天気に感じられる。11月に国立競技場で行なわれた親善試合ボリビア戦に空席が目立った理由とも通底するのではないか。ナショナルチームを応援する気持ちが、実はそれほど高くない国なのではないかという疑いも芽生え始めている。Jリーグの各スタジアムのほうが盛り上がっているのではないか。

 森保監督がこだわる勝つサッカーだけでは応援の熱量は上がらない。それ以上に魅力的で面白いサッカーである必要がある。

 日本代表は3月31日、イングランド代表とウェンブリーでアウェー戦を行なう。

サッカーの母国のナショナルスタジアムだ。聖地と言いたくなる場所である。選手、監督はもちろん、ファンにとっても1度は訪れたいスタジアムだろう。はたして日本人ファンはどれほど駆けつけるか。試合内容もさることながら、ワールドカップの勝利に国民的な熱気が不可欠であることを考えると、むしろそのほうが気になる。

 敵地や中立地での観戦を通してファンが学ぶことは多々ある。試合中は敵味方に分かれて応援するが、試合後はノーサイドと、少なからず交流することになる。日本でのお茶の間観戦では絶対に味わうことができない、現地観戦ならではの醍醐味だ。

 ワールドカップの現場はまさにお祭りと化す。ファンにそうした機会が目立って減少している日本が心配になる。外国人を見るや敵と思い、蔑視するような昨今の風潮と、どこかで関係している気さえする。

 円安が進行するなかで、確かに海外にサッカー観戦に出かけることは難しい状況かもしれない。

しかし一方で、可能な限り追求したい行為でもある。さまざまな逆風が吹くなか、2026年北中米ワールドカップにどれほどの日本人が現地まで駆けつけるか、注視したい。
 

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