最強のふたり~東大ラグビー再生物語(全6回/第3回)

 東大ラグビー部のNo.8としてプレーする副将の領木彦人(りょうき・げんと)は、法学部で学び、日本語、中国語、韓国語、英語の4カ国語を操る"クワドリンガル"だ。

4カ国語を操る東大ラグビー部副将・領木彦人が振り返るまさかの...の画像はこちら >>

【東大生であることを意識させられる瞬間】

「敬語とか苦手なんで、日本語がいちばん怪しいかもしれません(笑)。僕、父がラグビーをやっていて、幼稚園の頃、ラグビースクールに通っていたんです。

(主将の)福元倫太郎と同じラグビースクールでした。

 でもその後、父の仕事で海外へ住むことになって、そうするとスポーツってシーズン制なんですよ。夏は泳いで、冬はサッカーやって、みたいな感じだったので、ずっとラグビーからは離れていました。だから最初、大学で1年間、ずっと同じスポーツをするなんて大丈夫なのかなと思っていました」

 帰国子女として東大に入学した領木は、世に広がるいわゆる"東大生"のイメージには縛られない。ただラグビーをしていると、自分が"東大生"であることを意外な形で思い知らされるのだという。

「僕たちが試合で戦っている相手から『東大だけには絶対に負けたくない』ってよく言われるんです。でも僕たちはグラウンドへ入ったら、そこ(東大生だというプライド)は捨てなきゃいけない。だってラグビーと勉強は違うし、相手のプレッシャーを受けながらテストを受けるわけじゃないでしょ。

 相手が思いっきり突っ込んでくる時、一瞬で冷静な判断をするためには余裕がないと......ラグビーって接点でのコンタクトに自信があれば、冷静な判断ができると思うんです。東大には、言われたことはできるのに、変則的なカオスに臨機応変に対応できる人が少ない。そこは勉強とは違うところなんじゃないかなと思います」

 夏の山中湖での慶大戦で得た自信を携え、「対抗戦Bグループ全勝」「入れ替え戦出場」を目標に掲げた今シーズンの東大は、9月14日、上智大との対抗戦の初戦を迎える。ヘッドコーチの高橋一聡も、手応えを感じての対抗戦開幕だった。

「みんなのキーワードとなった『現場』に人の数をかけすぎると外を余らせてしまうんじゃないか、みたいな頭でっかちなことを考えなければ、自分たちのラグビーは通用することを慶應戦で実感できたことは大きかったと思います。現場を起点に勝負する、現場を起点に勝負ができる。それができればゲームがつくれるところまでは共有できていました」

【記憶をなくすほどのショックを受けた敗戦】

 その初戦、上智大を相手に前半、フォワードで圧倒した東大だったが、後半、残り1分からトライを1本、さらにロスタイムにもう1本、トライを取られて31−26と5点差まで追い上げられてしまう。負けるわけにはいかない相手にかろうじて5点差で逃げ切ってのノーサイド、薄氷の勝利だった。

 現在の対抗戦はBグループが8校、入れ替え戦に出場できるのは上位2校。昨年の1位は成蹊大、2位が明治学院大で、入れ替え戦では成蹊大が日体大に、明治学院大が立大に敗れていずれもAグループ昇格はならなかった。

 3位は武蔵大で、東大は4位。つまり昨シーズン、Bグループで5位以下だった上智大、成城大、一橋大、学習院大に負けるわけにはいかない。下位の4校と当たる序盤は全勝でクリアし、終盤の上位3校を倒す、というのが目標に掲げた「全勝」「入れ替え戦出場」を達成するための東大のシナリオだった。領木がこう話す。

「全勝という目標は間違っていないと思っています。自分たちの限界を自分たちでセットしちゃったらそこまでしか行けないし、高いところを目指さないと目標には届かない。

入れ替え戦を目指すだけだったら、1敗はできるということになって中途半端になります。だから目指すのは全勝だったのに、まさか2試合目で......。

 あの負けた成城との試合、僕、記憶失っちゃったんですよ。最後の5分から何も覚えてない。あいさつも、終わってからの円陣も、何も覚えていない。僕、試合の細かいことを一つひとつ覚えているタイプなのに、ショックのあまり、自分で自分の記憶を消しちゃったんですかね」

 領木が記憶をなくすほどのショックを受けた敗戦──対抗戦Bグループの2試合目となる9月28日の成城大戦、東大は36−40で敗れた。そのショックを領木がこう続ける。

「もっとできたなって思います。目指すところは間違っていないし、準備すべきこともすべてやった。でも、できるはずのことができなかった。過信があったのかな。最初、一気に3トライを取られて相手の選手とすれ違ったとき、『楽勝じゃん』って声が聞こえてきて......それで冷静になれず、現場でプレッシャーをかけることができませんでした」

 勝負はしてもいい。

しかしギャンブルはすべきではない。できないことをやろうとすると、焦ってミスが出る。現場で勝負したかった東大、外に回したい成城大。ボールを回されれば回されるほど東大にはスキが生まれる。ラグビーの経験値が高くない東大の選手たちは、相手にペースをつくられると対応できない。

 この負けは、ようやくチームへの手応えを感じ始めていた一聡にも計り知れないショックを与えた。一聡が受けたショックの理由はチームとしての戦術、個人としての技術ではなく、まったく別のところにあった。それは、東大にもっとも身につけさせたかった大事なことを成城大に見せつけられたから、だった。

つづく>>

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