最強のふたり~東大ラグビー再生物語(全6回/第4回)

 入れ替え戦を目指して上位進出を目論む東大にとって、絶対に取りこぼすことが許されない下位校の成城大にまさかの敗戦を喫した試合後、東大のヘッドコーチ、高橋一聡はショックを隠すことができなかった。

「タックルの東大」をアップデートせよ ヘッドコーチ・高橋一聡...の画像はこちら >>

【敗戦が示した進むべき道】

「......あれこそ、ウチが示すべき魂でした。成城が絶対に東大だけは倒すと準備をしてきた、その気持ち、魂のようなものがあの日の成城大にはありました。

ラグビーには戦術や技術を使って勝ち抜く試合と、雰囲気やノリ、勢い......それを僕は『ムード』と表現しているんですが、ムードで勝ちきる試合があります。

 ゲーム中にそのムードをどこまで保つことができるのか。それが接戦を取るためには重要で、なんだか勝てる気がする、という根拠のない自信はムードがもたらしてくれるものです。でも今年の東大に関しては、技術的な底上げに時間を費やしていたので、ムードをつくるところまでは持っていけていなかったんです」

 一聡によれば、ムードは意図的に練習してつくれるものなのだという。技術を伴わないチームにムードを植え付けようとすると、ミスが慰め合いに変換されてしまったりする。東大にも練習中や試合前に歯を見せてはいけない文化がある。ただ、ムードをつくるためには歯を見せないやり方もあれば、歯を見せるやり方もあると一聡は言う。

「ムードのつくり方はチームによって、その代によって変化させるべきものだと僕は思っているんです。だけど今の4年生には歯を見せない文化が染みついていて、このチームにはムードづくりの種類がひとつしかない。だからと言って、たとえば試合前に歯を見せるムードでこのチームをつくっていいものなのか。そこは今の選手たちにはまだ半信半疑でしょう。

 でも、成城は振りきったムードをつくっていた......だから技術では差をつけていたのに、試合で負けたんです。

逆に言えば、あの負けで目指すラグビーの考え方や取り組み方を、僕たちが変える必要はありませんでした。山中湖でキレて見せた時とはまったく違いました」

【東大レッグドライブ誕生】

 一聡が東大を指導して2年目、ここまで取り組んできたのはフィジカルだった。運動能力が備わっていなければ、ラグビーに進めない。筋力はもちろん、身体をうまく使えなければパスやハンドリングのスキルは身につかないのだ。

 攻撃の起点となるボールキャリアが常に勝負できる土壌をつくり出すために、一聡は東大の伝統的な「ハードタックル、ストレートダッシュ」を再定義することを考える。

「東大のラグビーは歴史的に『東大のタックルってイヤだよね』と言われることがプライドだったんです。実際、そう思わせて勝った試合もあって、OBの方々はそれを今も追い求めているところがある。だから『タックルの東大』という伝統は大事にしながら、飛び込むタックルを1.0から2.0にバージョンアップさせなければなりません。

 その2.0にバージョンアップさせたのが『東大レッグドライブ』です。あえてタックルという言葉を使わずに、タックルの延長線上にあるレッグドライブという言葉を使う。そのほうが今の選手たちには響くんです」

 飛び込む東大タックルではレッグドライブが利かない。それでも許されていた時代は勇気が称えられた。しかし近代ラグビーでは、ボールキャリアが人に対して真っ正面に当たることはない。

相手がズラそうとしてくるから、正面に飛び込んだら外されてしまうのだ。

「それでも行くんだよ、まっすぐ飛び込め」という東大タックルでは相手を倒してもマイボールにはならないが、「当たって相手をつかまえたあとにドライブするんだ」という東大レッグドライブなら相手を倒したあと、マイボールにできる。

 一聡が提唱する東大レッグドライブについて、No.8の領木彦人(りょうき・げんと)はこう言った。

「低く飛び込んで相手に刺さる東大タックルを根底に持ちつつ、でも、とりあえず前に出て飛び込んだのに相手にすかされた、というのでは話にならない。低く当たるにしても、相手を倒してボールを奪うところまでをオプションとして持っていないとキツいんです。伝統を守りながら僕らも成長していかないと、東大はずっと上へ行けないままかなと......」

【世界のナカガキを招聘】

 東大タックルを東大レッグドライブへとバージョンアップさせるために、一聡は秘密兵器を用意していた。

 東大ラグビー部に「世界のナカガキ」を招聘したのである。野球の世界でその名を馳せた中垣征一郎──2004年に北海道日本ハムファイターズのチーフトレーナーとなり、2012年、ダルビッシュ有の専属トレーナーとしてテキサス・レンジャーズへ、2013年からはトレーニングコーチとしてファイターズに戻り、大谷翔平の二刀流の礎をつくり上げた。

 その後、オリックスバファローズの巡回コーチとして一、二軍の選手の指導にあたり、バファローズのリーグ3連覇を支えた。

 プロ選手としての野球経験がない中垣は、投打のなかで身体をどう動かせばいいのか、そのためにどういう体力が必要で、体力と技術をどう噛み合わせれば爆発的な力を発揮できるのかを指導する"フィジカル、トレーニング、運動技術"のプロフェッショナルだ。その中垣が東大ラグビー部へやってきたのである。そして程なく、チームに劇的なケミストリーが起こることになる。

つづく>>

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