中野信治・インタビュー 中編(全3回)

 2025年シーズンの第3戦日本GPからトップチームのレッドブルに移籍し、マックス・フェルスタッペンのチームメイトとして戦った角田裕毅。ファンの期待は大きく膨らんだが、結果を残せず、今季限りでレギュラーシートを失うことになった。

 角田は2026年、レッドブルのテスト兼リザーブドライバーとなることが決まっている。彼のF1での5年間の戦いぶりをどう評価しているのか? 元F1ドライバーで解説者の中野信治氏に話を聞いた。

F1リザーブ降格の角田裕毅は「すごく悔しい思いを抱えていた。...の画像はこちら >>

【角田裕毅のF1復帰に必要なことは......】

 角田裕毅選手は2021年にアルファタウリ(現レーシングブルズ)からデビューして以降、5年間、ある意味、正常進化をしてきたと思います。彼に足りないものは周りのスタッフが伝えてきているだろうし、それを角田選手も受け止めて、変わるべく努力もしてきたはずです。

 でも、結果的に2025年限りでレギュラーシートを失ってしまった。僕自身、ドライバーとしてF1の世界を経験させてもらった立場から言わせてもらうと、レースの勝ち負けといった表に見えている部分は、氷山の一角に過ぎません。ドライバーの選定といった重要な出来事は、外から見ているとわからないビジネスや政治的な部分で決まっていくケースが多いのが実際のところです。

 とはいえ、すべてが見えない部分で決まるかといえば、必ずしもそうでもありません。角田選手のシート喪失に関しては、ドライバー側に何も問題がなかったというわけではないと思います。

 角田選手にはまだ改善していかなければならない"余白の部分"が残っています。具体的には、チームとの密接なコミュニケーション、マシンに対する深い理解度、精神的な成熟度、幅広い状況に対応できるマシンの走らせ方など、そういったところだと思います。

 F1の難しいところは人を動かすスポーツだということ。ドライバーは周りのスタッフに動いてもらわなければ、結果を出せない。

角田選手のキャラクターはレッドブル内で愛され、スタッフを味方につけてチームを動かしていました。

 でもレッドブルに残留するためには、チーム内のトップエンジニアたちも動かさなければならなかった。そのためにはマックス・フェルスタッペン以上のパフォーマンスをもっと見せる必要があったでしょう。

 角田選手は正常進化してきたと話しましたが、成長のスピードは十分ではなかった。たとえば2025年シーズンの終盤に入って、スタートや1周目の走りがすごくよくなりました。しかし厳しく言うと、このドライビングを2年目とか3年目にやっていなければならなかった。5年かけて学んだことを3年でできていたら、もう少し別の道があったのかもしれないなと僕は感じています。

【次のステップに生かす1年にしてほしい】

 2025年シーズン終了後、角田選手とリモートで話をしました。もちろんレギュラーシートを失ったことに関しては、本人はすごく悔しい気持ちを抱えていました。でも同時に角田選手のなかにすごくポジティブなものを感じました。

 レッドブル側からはネガティブな話だけではなく、いろいろなことを話されていると思います。おそらく復帰に関しても、こんな可能性があるとか、そういう話もあるのではないかなと想像しています。

 客観的に見れば、角田選手がレッドブルのリザーブドライバーとしてF1というフィールドに残れたということは、すごく大きな意味があります。

このチャンスを生かすも殺すも本人次第です。

 彼が今後、F1の世界にレギュラードライバーとして復帰できるかどうかは、単純にテスト兼リザーブドライバーとしてのパフォーマンスをしっかり見せることは大事ですが、"余白の部分"をいかに改善できるかがポイントになります。

 角田選手は下位カテゴリーからスタートして、ずっとレギュラードライバーとしてやってきましたが、2026年は彼の人生で初めてリザーブドライバーという立場でサーキットに行くことになります。

F1リザーブ降格の角田裕毅は「すごく悔しい思いを抱えていた。でも同時に......」中野信治が明かす
元F1ドライバーで現在は解説者として活躍する中野信治氏 photo by Tanaka Wataru

 僕自身もテストドライバー(1999年/ジョーダン・無限ホンダ)を経験したことがありますが、サーキットに来ても自分は走らず、人のレースを見るというのはメンタル的にキツいです。角田選手もモチベーションを高く保ち続けるのは簡単なことではないはずです。

 それでも、テストドライバー時代に外からF1を見させてもらって、さまざまな気づきがありました。F1以外のレースを見る機会もたくさんあり、視野も広がりました。

 レギュラードライバーを務めている時はレースが次から次へと開催されますので、自分自身を見つめ直す時間をなかなか取れないのが現実です。ずっとF1の世界にいると、あらゆることがF1中心の生活になりますので、ここから絶対に離れたくないと思ってしまう。実際に僕もそうでした。

 でもレギュラードライバーとは違った視点でレースに接することによって、これまで見えてこなかったことが見えてくるというケースが必ずあるはず。角田選手には2026年、本当の意味でこれまでの5年間のF1ドライバー活動を振り返る時間にして、次のステップに生かしてほしい。

角田選手がテスト兼リザーブドライバーの時間をどういうふうに使っていくのか、見守っていきたいですね。

【理論派・岩佐歩夢のF1での走りが見たい】

 2025年はレーシングブルズのリザーブドライバーを務めながら、全日本スーパーフォーミュラ選手権(SF)にも参戦していた岩佐歩夢選手もすごく頑張りました。

 日本とイギリスのレッドブル、さらにF1が開催される世界中のサーキットを行き来しながらSFに出場するのは、移動だけでも大変だったと思います。そんななかで岩佐選手はチームとマシンをしっかりと作り上げて、SF参戦2年目にしてタイトルを取ることができました。

 SFはすごくレベルが高いレースですし、勝つのは簡単ではありません。しかも2025年シーズンの岩佐選手はトップを走行中にマシントラブルに何度か見舞われ、苦しんだ部分がありましたが、最終的には結果を出すことができました。学習スピードも早かったです。

 能力的に言えば、岩佐選手は日本のほかのトップドライバーと比較して負けている部分はほぼないと思います。実際にSFでチャンピオンに輝き、レッドブルやレーシングブルズでシミュレータードライバーやF1マシンの実走テストも十分にやりました。あとは本番のレースに出場するだけです。

 彼のレースに対する向き合い方は、現役のドライバーたちが見習うべき部分がたくさんあります。自分の時間のほとんどすべてをモータースポーツに捧げていますし、モチベーションもすごく高い。

それはF1を目指すドライバーとしては当たり前のことなのですが、なかなかそこまでのレベルに到達している人はいません。

F1リザーブ降格の角田裕毅は「すごく悔しい思いを抱えていた。でも同時に......」中野信治が明かす
photo by Tanaka Wataru

 岩佐選手は角田選手とはまったく違うタイプのドライバーです。簡単に言えば角田選手は感覚派で、岩佐選手は論理的に詰めていくスタイルです。2026年もSFに参戦する岩佐選手の戦い方が今のF1においてどれぐらい通用するのかは見てみたい。

 私自身、2019年からホンダの育成を担当してヨーロッパのレースを見てきていますし、自分の経験や知見からも、岩佐選手はF1で十分に戦えると感じています。角田選手とともに岩佐選手にもレース出場のチャンスが来ることを期待したいですね。

後編につづく

【プロフィール】
中野信治 なかの・しんじ/1971年、大阪府生まれ。F1、アメリカのカートおよびインディカー、ルマン24時間レースなどの国際舞台で長く活躍。現在は豊富な経験を生かし、ホンダ・レーシング・スクール鈴鹿(HRS鈴鹿)のエグゼクティブダイレクターとして、国内外で活躍する若手ドライバーの育成を行なう。また、DAZN(ダゾーン)のF1中継や毎週水曜のF1番組『WEDNESDAY F1 TIME』の解説を担当、2025年夏、世界中で大ヒットしたブラッド・ピット主演の映画『F1 / エフワン』の字幕監修も務めた。

編集部おすすめ