引退・柏好文インタビュー@前編
(ヴァンフォーレ甲府、サンフレッチェ広島)
清々しい表情に、駆け抜けた16年の軌跡がにじんでいた。
2010年にプロのキャリアをスタートさせたヴァンフォーレ甲府で、現役を引退する決断をした。
この1年は、たしかにきつかったけど、あっという間で。ホントはね、もっときつかったって言いたいし、たしかに身体も心もキツかったですけど、今思えば、充実していたし、楽しかった。
37歳で初めて大きな病気になり、サッカーができることが当たり前じゃないと知った。だからこそ、ホントに感謝というか。言葉でいうのは簡単ですけど、最後にもう一度、自分がプレーしながら感じたのは、ピッチに立てることの喜びでした」
病(やまい)と戦った選手としての最後の1年をも、「楽しかった」と言いきる。そこに柏好文という選手の性格であり、姿勢が表れていた。
「フォークトー小柳ー原田病」
聞きなじみのない病を発症したのは、甲府に戻ってきて間もない1月初旬だった。
「(2024シーズンを終えて)広島を契約満了になって、その時点で選手をやめるか、甲府に戻ってプレーするかの二択でした。
ここで生まれ育って、プロとしてのキャリアもスタートさせた場所。今の自分があるのも、すべてはここがあるからという思いがあった。そのクラブでもう一度、プレーすることができるのであれば、自分が11年間、J1で培ってきたことを、少なからずチームに還元できる自信もありました」
【最低でも完治するのに3カ月】
チームが始動した時から、目が充血していて、わずかだが違和感を覚えていた。眼科を受診するとアレルギーと診断されたが、翌朝になると目がかすんでいた。それでも練習に参加したが、翌朝にはさらに目が見えづらくなっていた。その症状を、彼は「お風呂に入って目にたくさん泡がついているような感じ」と表現した。
「全体的にぼやけているんですけど、そのぼやけ方がおかしいというか。身体から下半分は見えるけど、上は見えないみたいな。そこから症状が悪化した時は、視界の半分が黒くて、もう半分は白くなっているみたいな感じでした」
チームに相談し、提携先の病院で診てもらうことになった。自ら精密検査を訴え、半日以上かけて実施した結果、「フォークトー小柳ー原田病」と告げられた。
自分の免疫が身体の色素細胞を攻撃する自己免疫疾患で、目だけでなく、耳、皮膚、髄膜など、色素細胞の多い組織に炎症を起こす病気だった。担当医からは「最低でも完治するのに3カ月は要する」と言われ、即入院することになった。
症状を抑えるために、まずはステロイドを点滴で身体に投与(パルス療法)することになった。聞き慣れない病名と過酷な治療法、先が見えない症状に、クラブには『チームに迷惑をかけるのでやめます』と伝えた。
サッカーどころか、日常生活を取り戻せるのかどうかもわからない。「それくらい目を失うことへの怖さがあった」と振り返る。
不安を抱え、光を失っていた彼を奮起させたのは、大塚真司監督からの電話だった。
「やめるって言ったらしいけど、そんなこと言うな。甲府のためにという想いで帰ってきてくれて、2日間、一緒に練習しただけでも、チームの力になれる大事な選手だということは示してくれていた。待っているから、しっかり治して戻ってきてほしい」
甲府の佐久間悟社長からも同様の言葉をかけられた柏は、「必要とされている」と実感して前を向いた。
「ショックはショックでしたし、どんな過程が待っているかは自分でもわからなかったですけど、担当医も『完治した症例もあるから、しっかり治しましょう』と言ってくれて。そこで自分自身も、病気を受け入れて治そうと思えました」
【人生がかかっているんですよ!】
1カ月の入院生活を苦に感じることなく、パルス療法すら前向きで、「延長したかったくらい」と笑って振り返ったのは、そうしたクラブの働きかけや家族の支えがあったからだ。
「当時はまだ広島にいた妻と子どもも心配してくれていましたけど、がんばるって決めてからは支えてくれました。最初は外の景色もぼやけて全然見えなかったのが、治療を続けて次第に見えるようになっていって、窓の外を見たら病室から富士山が見えたんですよね」
点滴で投与していたステロイドは、退院後に錠剤へと切り替わった。次第に練習場に足を運べるようになると、チームメイトが練習する横でウォーキングやジョギングを開始した。
「まずは退院して1カ月くらいの時に再発したんです。グラウンドの線もゆがんで見えたり、白い車が黄色く見えたりで、色も認識できなくなる。その時点で、また振り出しに戻るから、3カ月で復帰するなんて到底無理だろうなって」
先が見えず、担当医に思いの丈をぶつけたこともあった。
「こっちは遊びじゃないんですよ! 仕事が、生活が、人生がかかっているんですよ!」
担当医が指す完治は、あくまで日常生活を取り戻すことを意味していた。アスリートとしての完治は前例がなかったことも苦労した。
「誰にも聞けないんですよね。今はこういう状態だけど、次はどうすればいいかは未知の領域。ドクターもトレーナーもわからないから、自分で判断していくしかなかった。参考資料には、一般的には薬がこれくらいまで減ったらウォーキングをしてもいいって書いてあったんですけど、その時は自己判断ですでに全体練習に合流していましたから」
数えきれないほどの薬を飲んでいたというが、ステロイドの影響から水を飲んだだけでも体重は増加した。一時はベストからはほど遠い8kgも体重が増え、身体もむくんでいた。
「何がショックだったかって、体重が増えたことが心に堪えましたね。
【サッカーができるありがたみ】
アスリートとはほど遠く、鏡を見れば、かつての自分の姿はなかった。それでもなお、くじけることなく練習場に足を運び続けたのは、「甲府」への想いだった。
「サッカーしている時は、自分の身体じゃないと思って割りきっていました。だから、たとえミスをしても、うまくいかなくても、自分の身体じゃないからって。
それ以上に、ピッチに居続けることが大事で、その意義を自分に言い聞かせていました。自分がピッチにいることに何かしら意味があるし、何かを伝えることができるんじゃないかって。だから、どんな状況でも、這いつくばってでもピッチに戻るっていう覚悟で、ずっとやっていました」
「もともとポジティブな声かけや、チームの矢印をいい方向に持っていく働きかけは、広島時代もできると思っていたので、プレーはもちろん、そういう空気感をつくることは心がけていました。
自分から話をするわけじゃないけど、年齢の若い選手が聞いてくれば、技術面だけでなく、広島時代の契約やお金の話もしたりして。みんな、そういうところにも憧れを抱いて、プロのサッカー選手になったわけだから、少しでも高みを目指すモチベーションになったらいいなって」
チームのボール回しに加わっただけで、サッカーができることへのありがたみを感じた。本来の自分ではないと思いながらも、若手選手に「ボールが奪えない」と言われた時は、技術が色褪せないことを実感した。
夏くらいから練習試合にも出場していた柏がコンディションを取り戻し、メンバー入りしたのは11月23日のJ2リーグ第37節だった。
その光景を思い出しながら言う。
「自分がサッカー選手であることを感じられたし、がんばってきてよかったなって思いました。サッカー選手ってやっぱり非現実ですよね。あの応援されている感覚、喜びは本当に特別でした」
【時間にすれば15分。それでも...】
そして言葉を続ける。
「ずっと......ピッチに立って初めて病気に勝った、病気を乗り越えたって言えると思っていた。試合に出ずに終わっていたら、治ったとは言えても、乗り越えたとは言えないと思っていた。だから、あの1試合に意味があったと思っていて。それだけ自分にとっても、応援してくれた人にとっても、意味のある、価値のある試合だったかなと」
ピッチに入る瞬間の歓声は、今も脳裏に、心に刻まれている。
「リーグ優勝も含めて、いろいろな経験をさせてもらいましたけど、あの瞬間の歓声はまた違った意味で、忘れられない。この瞬間を、山梨の人や甲府を応援してくれる人たちは待ってくれていたんだなって。
時間にすれば、約15分だった。それでも──。
「正直、プレーで何かを残そうとは思っていなかった。1年を通して、絶対にピッチに帰ってくるというモチベーションでやってきて、それを最後のホームゲームで果たすことができた。だから、自分が試合で活躍するとか、点を取るとか、そういうことにフォーカスするのではなく、自分がピッチに立つことだけを考えていた。
それがきっと、見ている人、応援してくれる人の勇気やエネルギーにつながると思っていた。だから、自分がピッチに立つことこそが、それを本当に示した瞬間だったんじゃないかなって。山梨県民のみなさんからエネルギーをもらったし、あの声援は『おかえり』という声に聞こえました」
(つづく)
◆柏好文・後編>>城福浩と森保一から帰ってきた言葉と「いい思い出」
【profile】
柏好文(かしわ・よしふみ)
1987年7月28日生まれ、山梨県南巨摩郡出身。韮崎高から国士舘大を経由して2010年にヴァンフォーレ甲府に加入する。2012年のJ2優勝には主力として貢献し、J1でも豊富な運動量が高く評価されて2014年にサンフレッチェ広島へ完全移籍。2015年のJ1優勝時も存在感を示し、広島に欠かせぬ選手となる。2025年に12年ぶりの古巣復帰を果たし、同年11月に引退を発表。Jリーグ通算408試合37得点。ポジション=MF。身長168cm、体重62kg。

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