引退・柏好文インタビュー@後編
(ヴァンフォーレ甲府、サンフレッチェ広島)
◆柏好文・前編>>病と戦った現役ラストシーズン「怖さがあった」
「フォークトー小柳ー原田病」
故郷への恩返しを誓った柏好文が、ヴァンフォーレ甲府に復帰して、選手として過ごした最後の1年で戦った病(やまい)だった。
目や耳、皮膚、髄膜など色素細胞の多い組織に炎症を起こす自己免疫疾患を患った彼は、長い闘病生活の末、ホーム最終戦となった11月23日のJ2リーグ第37節、カターレ富山戦でホームスタジアムのピッチに立った。
また、ファン・サポーターだけでなく、同じ病気で苦しんでいる人はもちろん、大なり小なりいろいろな問題や障害を抱えている人たちもたくさんいるとは思うので、そうした人たちにも、自分がプレーすることで、ほんの少しだけかもしれないけど、希望を与えられたのではないかと感じました」
闘病生活を送っている過程では、SNSを通じて同じ病に苦しむ人からメッセージをもらい、応援するファン・サポーターからも励ましの声が届いた。その一つひとつが「這いつくばってでもピッチに戻る」という決意につながった。
「自分ががんばる姿に、勇気をもらった、生きる希望を抱いたというメッセージをたくさんもらったし、練習場に会いに来て、直接、声をかけてもらったこともありました。自分もそういう人たちの気持ちや想いは痛いほどわかるので、だからこそ、病気を乗り越えられてよかったなって」
12月5日に行なわれた引退会見で「印象に残っている試合」を問われた柏は、最後に甲府のユニフォームを着てプレーしたJ2第37節を挙げた。16年を振り返れば、甲府でJ1昇格を決めた2012シーズンやサンフレッチェ広島でJ1優勝を決めた2015シーズンではなく、最後の1試合を選んだのは、そうした思いからだった。
【サッカーそのものを教わった】
「本当に有意義で、自分のすべてが凝縮していた約15分間でした。自分のなかでは16年間の最後の1試合なんだけど、その1試合にものすごく価値があったと思っていて。それくらい自分自身の存在価値を示せた1試合であり、周りの人たちに影響を与えられた1試合だったと思っています」
甲府から契約満了を告げられたのは、ホーム最終戦から2日経った11月25日だった。故郷である山梨に戻ってくることを誓った時から「甲府が最後」と決めていたように、その場で「引退します」と決断した。
翌日にはチームメイトに伝えたように、数日後にはJ2最終節が迫っていた。
ひとりは城福浩監督(現・東京ヴェルディ)だった。甲府で選手として大きく飛躍した2012年からの2年間と、広島で選手として成熟した2018年からの4年間、指導を受けた。
なかなか電話はつながらなかったというが、後日タイミングが合って引退を伝えると、「今後はどうするんだ」と心配して、気にかけてくれた。
「甲府時代は、サッカーそのものを教わりました。そのおかげで、ポジショニングひとつで相手をはがせるようにもなりました。
それまでは自ら仕掛けるだけが、突破する方法だと思っていたところがありましたけど、ポジショニングひとつで相手をはがせることを学んだし、練習と映像でのフィードバックを含めて、その繰り返しによってサッカー選手として成長できたと思っています」
ウイングバックで起用してくれたのも、城福監督である。その抜擢がなければ、広島への移籍を勝ち獲ることも、その後の邂逅も、甲府での最後の1年もなかった。
「自分の強みをあらためて強みにしてくれたのが城福さんでした。甲府ではその強みを伸ばしてもらったし、自信をつけさせるためにも起用し続けてくれました」
【謙虚な姿勢は当時と変わらず】
2018年に広島で再会した時には、ミーティングで課題を提示する悪例として、柏のプレーが選ばれることもあり、事前にそのことを伝えられていた。城福監督が断りを入れていたのはリスペクトの証(あかし)であり、師弟関係と呼べる絆(きずな)があった。
ただし、チームメイトには事前に「今日、俺のプレーがみんなの前で『見せしめ』として用いられるらしいよ」と言っていたのは、愛すべき柏のキャラクターだろう。
電話口で引退することを伝えるとともに、感謝を言葉にした。
「あの時、森保さんが声をかけてくれたから、僕は広島でたくさんの忘れられない思い出ができましたし、すばらしいキャリアを築くことができました。本当にありがとうございました」
すると、日本代表監督はこう言った。
「それはカッシー(柏)ががんばったからで、自分は何もしていないよ。むしろ、こちらこそ、カッシーのおかげで、たくさんいい思いをさせてもらったよ。ありがとう」
謙虚なその姿勢は、監督と選手として接していた当時と変わらず、電話口で笑顔になってくれている表情まで想像することができた。そのふたりが「いい思い出」として思い浮かべたのは、2015年のJ1リーグ優勝だったことだろう。
2ステージ制で行なわれていた当時、Jリーグチャンピオンシップ決勝に進んだ広島は、ガンバ大阪とホーム&アウェーで2試合を戦い、いずれの試合でも柏は途中出場から大仕事をやってのけた。特にアウェーで戦った第1戦(3-2)のアディショナルタイムに決めた決勝弾は、「今も足に感覚が残っている」と言う。
「リーグ終盤にケガをした影響もあり、チャンピオンシップ決勝はベンチスタートだったので、個人的にも見返してやろうとギラついていたんです。試合前日、記者の方たちは誰も自分に話を聞きに来ることがなくて、番記者の方には『明日活躍して、全員が自分のところに話を聞きにくるようにさせる』と誓っていたんです」
【新スタジアムで最高の思い出】
90+1分に佐々木翔のヘディングシュートが決まり、2-2に追いついた90+6分だった。左サイドの山岸智が挙げたクロスにドウグラスが反応したが、ミートできずにボールがこぼれる。続けて浅野拓磨が右足で狙ったが、DFに当たって再びボールはこぼれた。
「有言実行でしたよね。試合後には記者の全員が、自分のところに話を聞きにきましたから。結果によって、すべてを覆すことができる。これがプロの世界だなと、あらためて実感しました。結果ひとつで、すべてを変えられる世界なんだな、と」
ホームに戻った第2戦でも0-1の劣勢で迎えていた76分、右サイドからクロスを挙げると、浅野のヘディングでのゴールをアシストした。ウイングバックとしてクロスから数多くのアシストを記録してきた柏は言う。
「拓磨からしてみたら『カシさん(柏)ならここにパスが来る』というような場所に蹴ったクロスでした。いつも空間にボールを置くようなクロスを蹴っていたんです。
指導者によっては、DFの間を抜けるようなボールを蹴れという人もいましたけど、クロスはどれだけ弱いボールでもいいから、点と点で合わせないと絶対にゴールにはつながらないと思ってきた。ミヒャエル・スキッベ監督も同じように『点で合わせろ』と言っていたのを聞いて、自分の感覚が正しかったと自信を持ちました」
広島では2022年のルヴァンカップ優勝も含めてふたつのタイトル獲得に貢献し、11年間プレーした。
「まずリーグタイトルを獲れたことが大きな経験のひとつで、そのあと、FIFAクラブワールドカップ、AFCチャンピオンズリーグと国際舞台を経験させてもらえたことで、選手としては多くの引き出しを持つことができました。
決勝の舞台も何度も経験させてもらいましたし、外国籍の監督を含めていろいろな指導者のもとでプレーさせてもらいました。また、広島というクラブが大きく変わろうとした新スタジアムの誕生に関わり、そこでプレーしたことは大きな財産になっています」
そう言った柏は、「プレーしたくても、できなかった人たちがたくさんいましたから」と言って、先輩たちの顔を思い浮かべていた。
「広島という街全体が活気づく雰囲気を、選手として感じられたことが最高の思い出です」
【涙を流して悔しがってくれた】
2024年シーズンを終え、11年間を過ごした広島のファン・サポーターに別れの挨拶をした時、『また会おう、レジェンド』と掲げてくれた横断幕に、自分の足跡を実感した。現役を引退する生え抜きである青山敏弘とともに、自分も「レジェンド」のひとりとして認めてもらえたことがうれしかった。
アウェーでロアッソ熊本と対戦したJ2最終節は、メンバー入りするも、試合が0-0で進んでいたこともあり、出場機会は得られなかった。ベンチに下がってきた若手選手が、「僕らが前半で点を取っていたら、こんな展開にならなかった」と、試合中から涙を流していた。ほかのチームメイトも、柏がピッチに立てなかったことへの憤りを露わにしていた。
「試合に出たいという気持ちもありましたけど、でも、逆によかったかなとも思っていて。自分以上に、みんなが悔しがってくれていて。その姿を見て、笑っちゃいましたからね。
自分が培ってきたものをチームに還元したい。そう決意して甲府に戻ってきた2025シーズンだった。
病を乗り越え戦ってきた日々は、多くのチームメイトが本気で悔しがる姿が証明していた。それこそが、再会した柏好文に感じた清々しさだった。
<了>
【profile】
柏好文(かしわ・よしふみ)
1987年7月28日生まれ、山梨県南巨摩郡出身。韮崎高から国士舘大を経由して2010年にヴァンフォーレ甲府に加入する。2012年のJ2優勝には主力として貢献し、J1でも豊富な運動量が高く評価されて2014年にサンフレッチェ広島へ完全移籍。2015年のJ1優勝時も存在感を示し、広島に欠かせぬ選手となる。2025年に12年ぶりの古巣復帰を果たし、同年11月に引退を発表。Jリーグ通算408試合37得点。ポジション=MF。

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