西部謙司が考察 サッカースターのセオリー 
第81回 ラヤン・シェルキ

 日々進化する現代サッカーの厳しさのなかで、トップクラスの選手たちはどのように生き抜いているのか。サッカー戦術、プレー分析の第一人者、ライターの西部謙司氏が考察します。

 マンチェスター・シティのラヤン・シェルキがプレミアリーグで能力を発揮し始めています。完全な両利きのプレースタイルは、歴代のスーパースターにもいなかった未知の領域へ入っています。

【底が知れない】

 いよいよ「その時」が来たのかもしれない。

 今季、リヨンからマンチェスター・シティに加入したラヤン・シェルキはその片鱗を見せ始めている。

【プレミアリーグ】マンチェスター・シティのシェルキは両利きプ...の画像はこちら >>
 開幕戦(vsウォルバーハンプトン)に途中出場して1ゴール。第2節のトッテナム戦に先発出場するが、その後は負傷でしばらく戦列を離れていた。11月のボーンマス戦で先発に復帰、以来11試合で7つのアシストと1ゴール(第20節終了時)。背番号10らしい存在感を示している。

 シェルキの能力には最初から期待が大きかったものの、プレミアリーグにフィットするには時間がかかるのではないかとも思われていた。ところが、すでにレギュラーポジションを確保していて、まだ完全にフィットはしていないかもしれないが、別格感は十分だ。

 ストリートの匂いがする。リヨンのアカデミーで育ったエリート中のエリートなのに、およそ作られた選手には見えない。遊び心に溢れていて、第15節のサンダーランド戦でのラボーナでのアシストはその好例だ。

 フィル・フォーデンへのラボーナでのクロスについて、ジョゼップ・グアルディオラ監督は「メッシは絶対にやらなかった。クロスは何でもいいけど、私はシンプルなプレーを好む」とたしなめるような発言をしている。創造性が暴走しないように、すぐさま一定の見解を示したのはさすがだが、それだけ才能が大きいということだ。もうあんなプレーはできないだろうと思っていたら、必要のないアドバイスである。

 底が知れない。そしてこれまでいなかったタイプの選手だと思う。

【左右対称のOS】

 シェルキは両利きで知られている。左右どちらも使える選手は昔から希少価値があるとされてきたが、歴代のスーパースターに両利きは存在しない。

「左足の少佐」と呼ばれたフェレンツ・プスカシュは完全な左利き。アルフレード・ディ・ステファノは右利き。このふたりは逆足もうまかったようだが、ディ・ステファノは「左肩に飛んできたボールに右足をクロスさせてアウトで止めたほうが客は喜ぶ」と話していたそうだ。ペレとヨハン・クライフは左も比較的使うが右利き。ディエゴ・マラドーナ、リオネル・メッシは完全な左利き。

 スーパーテクニシャンが利き足しか使わないのは、片足が完璧ならそれでほぼ用が済んでしまうからだ。

 完全な右利き、あるいは左利きと思われている選手でも、意外と逆足もうまかったりする。有名なレフティだったヴォルフガング・オベラート、ロベルト・リベリーノは右側に置いたボールを左足のアウトでカーブをかけて蹴る離れ業をよくやっていたが、仕方なく蹴る時の右足のシュートは正確で強烈だったものだ。やろうと思えば逆足でもプレーできるが、利き足がうますぎるので逆足の出番がないのだ。

 片足が完璧であることが重要で、左足が「メッシ」なら右足は必要ない。左も右も同じように使えても、どちらもメッシ以下ならメッシ以下のレベルにしかならない。メッシに右足を使うようにアドバイスする人もいなかっただろう。それは不確実性を増やすだけで、ほぼメリットにはならないからだ。

 しかし、近年は両利きが増えてきた。ウスマン・デンベレはシェルキと並ぶ両利きである。

 両足が使えればボールを持ち替えなくてすむので、与えられる時間が少ない現代のサッカーで貴重な0.5秒をセーブできる。利き足を封じられてもプレーの選択が限定されにくい。

プレーするポジションの幅も広がる。そうした理由で、幼少期から両足を使うように指導されている背景はあるだろう。

 しかし、トップクラスに関しては事情が違う。史上最高クラスのスターがそうだったように、補助的に使える程度の逆足があることは大した問題ではないからだ。

 シェルキやデンベレの場合、外形的な理由とは別の価値があるように思われる。いわば、それは新たなOSという価値だ。

【未知の領域】

 利き手、利き足、利き目がある。

 多くは利き手、利き足、利き目はすべて右だが、利き足が右で利き目が左というケースも約30%あるそうだ。利き目が左の場合、空間認知の中心は左側にある。距離感や角度、ボールの軌道、相手との間合いは左側のほうがより鮮明に見える。

 利き手、利き足、利き目がすべて左の完全な左利きは人口の約2%しかいない。完全右利きは最も多いが、混在型もけっこう多いそうだ。

利き手は右、利き足が左、利き目は右というようなケースはスポーツ選手に多いという。

 ではシェルキはどうか。どちらが利き足かわからない。利き手に関しても腕の使い方からして両手利きの可能性が高いように見える。さらに最も重要な点なのだが、空間認知でも偏りがないように見える。そうだとすると、完全な両利きでありOSが左右対称であることを意味する。

 例えば、ギターやバイオリンは左手で弦を抑えて右手で弾く。左利き用に変えても左右の手の役割が逆になるだけで型は固定される。一方、ピアノはどちらの手でも旋律、伴奏を弾くケースがあって左右の役割の入れ替えが起こる。

 利き足と利き目に偏りがない場合、どちらも軸足、操作足になりうるわけで、身体操作的にも認知の点でもOSは左右対称となり、ピアニストに近い感覚と思われる。

 Ambidextrous(両利き)は左利きより希少で1%もいない。ベートーヴェンとモーツァルトの両利きはピアノ弾きなのでいかにもだが、アルバート・アインシュタイン、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ニコラ・テスラとくるとただ者ではない気がしてくる。

ジミ・ヘンドリックスは右利き用のギターを左手で弾いていたという。

 サッカーで両足を使える選手は珍しくないが、完全に両利きとなるとデンベレやシェルキが初のケースかもしれない。これまでOSは右または左に偏っていた。右利き用、左利き用のプレーをしていた。認知的にも左右対称の選手に何ができるのか、おそらくはっきりわかっている人はいないのではないか。

 シェルキが底知れないのはストリート系の創造性だけでなく、新たな領域の境界にいる存在だからだ。

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