『ハイキュー‼』×SVリーグ コラボ連載vol.2(19)

東京グレートベアーズ 今橋祐希 前編

【バレー漬けの日々のなかで気づいたこと】

 東京グレートベアーズの今橋祐希(25歳)は、「楽しさ」をバレーボールの土台にしている。

「チームが盛り上がったほうがいい、という意図はあるんですけど、楽しそうに演じているわけではないですね。僕のなかでは、バレーは楽しむことが一番なんです。

勝っても、笑顔が少ないと楽しめない。だから、沈んだときは声をかけて盛り上げます。特に伊藤(吏玖)とか、外国籍選手もよく乗ってくれますね」

【男子バレー】東京GBの今橋祐希が語るイップスに悩んだ日々 ...の画像はこちら >>

 セッターとして、今橋は「いかに楽しいバレーを作り上げられるか」にフォーカスしている。

「バレーは楽しいもの」

ただ、楽しさは"ラク"ということではない。

 今橋は小学校ではサッカーをしていたが、思うように上達せず、楽しくなくなっていたという。しかし、自分からやめると言い出すのは逃げるような気がして、悶々としていた。両親がどちらもバレーをやっていたこともあり、「一度はバレーをやってほしい」と言われていたが、もう一度声をかけられることを待っていたという。

「それを察してくれたのか、両親がバレーに誘ってくれて。僕は渋々という感じを出しつつ、それに乗っかりました(笑)」

 今橋はバレーとの邂逅を明るい声で振り返った。

「僕もボールに触れることがあって慣れていたからか、初心者の子たちよりもできたんです。それで褒められて、気持ち良くなっちゃって(笑)。サッカーをやめて、バレーをやることになりました。

バレーを始めてから身長も伸びたし、両親に感謝ですね」

 周囲より身長が高く、左利きの今橋は中学まではスパイカーだった。スパイクを打つのが楽しく、部活だけでなくクラブチームにも在籍し、バレー漬けの日々を送った。

「中学のバレー部は初心者が多くて、上級生になってからは下級生に怒ったりもしました。でも、最後の中体連は勝つことよりも"後輩が楽しんでくれたら"と意識してやってたら、うまくいったんです。今でも連絡くれる子がいるし、悪くはなかったんだろうなと思います」

 "バレーは楽しむもの"という意識は、彼の原理になった。

【イップス克服のきっかけになった父の言葉】

 JOC(ジュニアオリンピックカップ。各都道府県の選抜チームで争われる全国大会)ではセッターとして注目され、高校は福岡県の強豪、九州産業大学付属九州産業高校に進学した。当時、同じ県内で「最強」の名を欲しいままにしていた東福岡高校からも誘いも受けたが、「強い高校に勝ちたい」という反骨心がうずいた。「楽しく戦ったら、どこにも負けないはずだ」と。

 しかし高校時代、そのバランスが崩れたことがあった。

「高校2年生の春高バレー予選で、"自分のせいで負けた"という試合があって......」

 今橋は、その日を振り返った。

「試合当日の朝に、軽く体育館でボールを触っていたんですが、自分の手がおかしいことに気づいて。今までにない感覚で、焦ったまま試合が始まってしまった。

下馬評では、『東福岡ではなく、九州産業高校が勝つ』と言われていて、そのプレッシャーに押しつぶされたのかもしれません。イップスになってしまい、レフト側へのトスがまったく上がらない。手が揃わなくてドリブルになることもあって、試合も負けてしまいました」

 悩んだ今橋は、バレーをやっていた父親に寮から電話をかけ、本心をぶつけることにした。

「このまま続けてもうまくいかないと思って、父に電話しました。引き留められると思っていて、『今やらんで、どうするんや!』とか言われたら、反抗しようと準備していたんです。でも、『無理やったら、やめていい』と言われて。止めてくんないんだって思いましたよ(笑)。

 でも、それで気が楽になって、『もう一度やってみよう』となりました。『いつやめてもいいなら、今じゃなくていい。これでやめたら後悔するかもしれない』と。あそこで止められていたら、バレーをやめていたかもしれません」

 気持ちを切り替え、ひたすら練習した。寮では早朝6時に起きて、3、4人の後輩を日替わりで起こし、練習に付き合ってもらった。

自主練に励み、誰よりもトスを上げた。

 結果、イップスを克服し、青山学院大学に進んでからもバレーを続けた。1,2年時は試合に出られず腐りかけたこともあったが、3年生になって試合に出るようになった。そこで、あらためてこう思ったという。

「自分はバレーをやめられない」

 その境地に行き着いた。思えば、中学から"バレーでご飯を食べる"と決めていた。だからこそ、高校時代はバレーの重力に苦しみ、イップスにもなったのだろう。

【セッターが楽しいと思える瞬間】

 東京グレートベアーズへの入団は、チームが「セッターを補強したい」というタイミングも重なった。そしてプロ2年目、新たにSVリーグが開幕した2024-25シーズンは、パリ五輪日本代表の深津旭弘とセッターの座を争った。

「2年目は自主練を増やしました。オポジットとも、ひたすらコンビを合わせましたね。試合に出たかったというのはもちろん、チームが勝つことも大事なので」

 2025年、今橋は日本代表に選出された。

代表合宿では、チームの得点源であるオポジットの宮浦健人(ウルフドッグス名古屋)にもトスを上げた。

「思ったとおりの選手でした。"いぶし銀"というか、絶対に文句を言わない。自分にトスが上がったら、黙々と打つ。ネットを挟んで見ていた印象と同じで、『カッコいいな』って思いましたよ」

 着実にステージを上げてきたが、今はクラブでのプレーに集中している。

「セッターが楽しいと思えるのは、スパイカーが、自分のトスを気持ちよさそうに打つ瞬間ですね。それが自信になるし、その繰り返しで成長していく。そうして"チームを勝たせるセッター"になりたいです」

 "ラク"ではなく、楽しく。そうして己を高めていく。

(後編:今橋祐希がセッターとして共感する、宮侑の「よりいっぱいのモンで支えたんねん」精神>>)

【プロフィール】

今橋祐希(いまはし・ゆうき)

所属:東京グレートベアーズ

2000年12月25日生まれ、福岡県出身。182cm・セッター。小学校でバレーを始め、中学時代にはJOC(ジュニアオリンピックカップ)に出場する代表メンバーに選ばれた。

九州産業大学付属九州産業高校を経て、青山学院大学に進学。2022年の関東大学秋季リーグ2部で準優勝に貢献し、自身はセッター賞を受賞した。卒業後の2023年に東京グレートベアーズに入団。2025年には日本代表に初選出された。

編集部おすすめ