【連載】
南雄太「元日本代表GKが見た一流GKのすごさ」
第8回/最終回:オリバー・カーン(ドイツ)

 長い歴史を誇るワールドカップにおいて、GKとして唯一、大会最優秀選手に贈られる「ゴールデンボール」を手にしたレジェンドがいる。2002年の日韓大会でドイツ代表のキャプテンを務め、チームを準優勝に導いたオリバー・カーンだ。

 類稀(たぐいまれ)なるリーダーシップでチームに安心感を与えたカーンは、野性的なイメージに違わぬアグレッシブかつダイナミックなゴールキーピングで、当時のサッカー界では「唯一無二」とも言える別格の存在感を醸し出していた。

【欧州サッカー】GKオリバー・カーンの「飛び込む勇気」は持っ...の画像はこちら >>
 ドイツ国内はもちろん、そのプレーを目の当たりにした日本のサッカーファンも魅了され、ワールドカップ後の日本国内では当時世界的スーパースターだったイングランド代表のデビッド・ベッカムと肩を並べるほどの人気を誇った。

 14シーズンにわたってプレーした名門バイエルンでも、2000-01シーズンのチャンピオンズリーグ優勝をはじめ、8度のブンデスリーガ優勝を経験。個人としてもドイツ年間最優秀選手賞を2度受賞するなど、1990年代から2000年代にかけて、世界最高峰のGKとしてその名を世界に轟かせた。

 すでにカーンの全盛期からは四半世紀が経とうとしているが、はたして、当時のカーンのプレーにはどんなすごみがあったのか。現代サッカーにも共通する不変のGKテクニックも含め、現在横浜FCフットボールアカデミーサッカースクールや流通経済大学付属柏高等学校で育成年代のGKコーチを務めながら、解説者としても活躍する南雄太氏に聞いた。

   ※   ※   ※   ※   ※

「今回あらためてカーンの全盛期の映像をチェックさせてもらいましたが、当然の話ですが、やはり基本的な技術がものすごくハイレベルだと感じましたね」

 そう語る南氏が、具体的にカーンのGKテクニックを解説してくれた。

【パワー頼りのスタイルではない】

「たとえば、手の選択がいい例です。以前も、GKから見て自分の右側に飛んできたボールに対して右手を使って防ぐ場合に『順手』、左側に飛んできたボールを右手で防ぐ場合を『逆手』という表現を使わせてもらいましたが(左手の『順手』『逆手』はその逆パターン)、カーンのプレーを見ると、その手の選択がすごく正確かつスムースで、左右のクオリティの差がありません。

 一般的に、GKにとっては利き手ではないほうの『逆手』が最も難しいテクニックとされていて、たとえば右効きの僕の場合は、左手の『逆手』を使いこなすのが難しいと感じることがありました。でも、カーンはどちらの手でも『順手』と『逆手』を巧みに使い分けていて、しかも常に正しい選択をしています。

 また、際立っているのがパワーですね。逆モーションの時の地面を蹴るパワー、あるいはボールを弾くパワーなど、とにかく一つひとつのテクニックに力強さを兼ね備えているのも大きなストロングポイントだと感じます。

 かといって、パワーだけに頼っているわけではありません。よく見てみると、クロスボールの対応で前に出るのが難しい時には素早くポジショニングの修正もしていて、次への備えもできています。そういった小まめな修正を怠らないからこそ、ラインギリギリのところでシュートを防ぎきることができるわけです」

 南氏が指摘してくれたように、確かにカーンのプレーを見ると、迫力満点のビッグセーブ以外に、きめ細やかなポジション修正や正確な判断といった、なかなか目につきにくいような繊細なプレーも見受けられた。

 身長188cm──。

 近代サッカーのなかで、カーンは決して長身とは言えない。それでも世界のトップ・オブ・トップに上り詰めることができたのは、その繊細な部分に理由があるのではないだろうか。

 もうひとつ、南氏がカーンの特徴に言及してくれた。

「これはテクニカルな話とは少し違いますが、カーンの飛び込む『勇気』はとにかくすごいです。相手選手が恐怖を覚えるのではないかと思わせるような飛び込みで、気迫に満ち溢れています。絶対に顔をそらすようなことはありません。カーンの飛び込み方を見ていると、自分がケガをするかもしれないとか、そんな恐怖を少しも感じていないように見えます」

【体が勝手に動く反復トレーニング】

 GKというポジションには欠かせない「勇気」。技術とは違った角度で、南氏がさらに話を続ける。

「実はGKにとって、この『勇気』というのは持っている技術を使いこなすうえでも極めて重要な要素なのです。しかしながら、これは鍛えればすぐに身につくというものではありません。

 そもそも、相手がシュートしようとする瞬間を目の当たりにすれば、人間の本能としては顔を背けてしまうものです。不意にボールが飛んでくるのが視界に入れば、思わず避けるか、手や足でボールを止めて体や顔を守るのが、普通の反射的な動作ですよね。

 でもGKはいざという時に、顔を背けることなく、体ごとボールに飛び込まなければならないシーンがあります。そんな時、飛び込むことを怖がるGKに『怖がらないで飛び込め』と言っても、そう簡単に恐怖心を取り除くことはできません。

 そういう意味でも、GKの飛び込む勇気というのは、持って生まれた資質によるところが大きいと言えるでしょう。

 僕自身もそうでしたが、その恐怖心をトレーニングによって少しでも取り除くためには、正しいフォームを身につけることが大事だと思います。こういった状況で飛び込む場合の顔や腕の位置、体の向きなど、その瞬間、反射的に習得したフォームで飛び込むオートマチックな動作にして慣らしてしまうことで、恐怖を感じないように持っていくのがひとつの方法だと思います。

 そういった反射的な動作を、反復トレーニングによって体得し、体が勝手に動くというレベルにまで上げていく。そうすると試合でも恐怖を感じることなく、飛び込める『勇気』が自分のなかに生まれてくると思います」

 ゴールを守るために前に出て、シュートを止めるために飛び込む勇気。あるいは、至近距離でもボールから目を離さない勇気。

華やかなシュートストップのテクニックとは別に、GKにはさまざまな能力が要求される。

 試合中に手を使える唯一のポジションで、フィールドプレーヤーとは異なるユニフォームを身にまとうGKは、特にヨーロッパでは子どもたちの憧れの存在であり、花形のポジションとされる。その奥深きGKの世界を少しでも理解できれば、きっとサッカーというスポーツの見え方も変わってくるはずだ。

 2026年ワールドカップ。カーンに続くGKゴールデンボーラーが誕生することを期待したい。

<了>


【profile】
南雄太(みなみ・ゆうた)
1979年9月30日生まれ、東京都杉並区出身。静岡学園時代に高校選手権で優勝し、1998年に柏レイソルへ加入。柏の守護神として長年ゴールを守り続け、2010年以降はロアッソ熊本→横浜FC→大宮アルディージャと渡り歩いて2023年に現役を引退。1997年と1999年のワールドユースに出場し、2001年にはA代表にも選出。現在は解説業のかたわら、横浜FCのサッカースクールや流通経済大柏高、FCグラシオン東葛でGKコーチを務めている。ポジション=GK。身長185cm。

編集部おすすめ