東京ヴェルディ・アカデミーの実態
~プロで戦える選手が育つわけ(連載◆第31回)

Jリーグ発足以前から、プロで活躍する選手たちを次々に輩出してきた東京ヴェルディの育成組織。この連載では、その育成の秘密に迫っていく――。

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 昨季はジェフユナイテッド千葉の「10番」を背負い、今季から横浜FCでプレーする横山暁之。彼が、東京ヴェルディのアカデミー時代に"ヴェルディでしか身につけられないものをしっかり身につけ"、北陸大学で実戦経験を重ねることで"そこに何かの刺激がプラスされて"、プロの世界へと飛び込んだことは間違いない。

 大学時代を振り返り、横山自身が「対戦相手のレベルとかは関係なく、試合に出て、自信をつけることができたっていうのが大きかったのかなと思います」と語っているとおりだ。

 とはいえ、本当の意味で横山に"刺激がプラスされた"のは、プロとしての第一歩を踏み出した藤枝MYFCでのことである。

「僕はプロになってから、ずっとメンタルコーチをつけているんですけど、そのコーチの目指す姿と、(当時の藤枝の指揮官)須藤(大輔)さん(現横浜FC監督)の目指す姿がうまくフィットしていたこともあって、メンタリティの部分での軸を作れたのが、藤枝での日々だったのかなって思っています」

 横山は北陸大学を卒業後、2020年に当時J3だった藤枝に加入し、2年目の2021年シーズン途中で須藤大輔が監督に就任したことがきっかけとなり、出場機会を急増させた。

 すると、翌2022年シーズンでは、ヴェルディで培った多彩なテクニックを存分に操り、攻撃の中心として活躍。J3で2位となり、藤枝をクラブ史上初のJ2昇格へと導くとともに、自身もプロサッカー選手としてのステップアップを遂げた。

 横山が、藤枝での充実した日々を振り返る。

「藤枝はクラブの規模としてもまだまだ小さいですし、初めてのJ2だったっていうのもあって、当然みんながチームのために最善は尽くすんですけど、どこか選手それぞれが個人の争いをしていたっていうか、どうにかしてサッカー選手としてのし上がっていくんだっていうギラギラ感がありました」

 そのギラギラ感は、「ある意味、ヴェルディと似通っているところがあった」とは横山。ヴェルディのアカデミー時代は、そのなかに入っていけず、蚊帳の外だった感のある横山だが、藤枝では「自分もその一員であることを本当に実感できた」という。

「なんかこう、絶対にのし上がってやるっていう、個人個人のギラギラ感ですよね。それが、自分にはすごくフィットしていて楽しかったですね」

 もちろん、クラブとして上のカテゴリーに昇格できるなら、それに越したことはない。

 だがしかし、たとえそれができなかったとしても、「選手同士がお互いに最大限リスペクトし合っていて、ちょっと言い方は悪いんですけど、『みんなで一緒に個人昇格しようぜ!』みたいな雰囲気があったんです」。

 横山が続ける

「ギラギラしていると言っても、ただバチバチやり合うだけじゃなくて、『みんなが自分のストロングを発揮しなきゃダメだろ!』『それでオレら、上に行くんだろ!』みたいな。それは須藤さんが、そういう雰囲気を作ってくれたからっていうのもありました」

 藤枝の監督を務める須藤にしても、当然クラブとしての結果を求めてはいたはずだが、その一方で、選手たちには「サッカー選手である限り、日本代表を目指さなきゃいけない」と伝え、「そのためには、ずっとここにいちゃいけないよね」と常に諭していたという。

 当時の藤枝のチームメイトには、昨夏のE-1選手権で初めて日本代表に選出された柏レイソルのMF久保藤次郎もいたが、横山は「久保のよさを発揮させるために、オレはできることをやる。でも、オレのよさを出すために、おまえもやってくれよっていう、そういう関係でありつつも、『絶対アイツより、オレが先に上に行ってやる』みたいな競争心もあって、すごく楽しかった」と振り返る。

「そういうメンタリティが個人を成長させてくれたし、自分にとってはそれがすごく重要なんだっていうことを実感できたシーズンでした」

 横山は言う。

「僕のプレースタイルはヴェルディで培われたものだと思っているし、メンタリティは須藤さんから教えてもらったものだと思っています」

 これもまた、ヴェルディのアカデミーが理想とする選手育成の形である。

(文中敬称略/つづく)◆東京Vのアカデミーでしか育てられない選手がいる――その象徴的な選手が示したもの

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