『ハイキュー‼』×SVリーグ コラボ連載vol.2(21)

ヴィクトリーナ姫路 山本侑奈 前編

(連載20:東京GBの大前隆貴が憧れた石川祐希と同級生のリベロ 春高は悔しい欠場も、SVリーグへとつながった>>)

【女子バレー】山本侑奈はスーパーでレジ打ちしながらSVリーグ...の画像はこちら >>

【「理にかなっている」バレーが好き】

 2025年10月、ヴィクトリーナ姫路の山本侑奈(22歳)は、東レアローズ滋賀戦でSVリーグデビューを飾った。国内最高峰のリーグのコートに立つ。それはバレーボール選手として、ひとつの至高の領域だ。

「とにかく緊張していましたね。『トップレベルのリーグの試合に、ユニフォームを着て試合に出られたんだ。自分もここに立っているんだ!』と実感しました」

 山本は健やかな笑顔で言う。不思議と力みがない。そうやって現実を受け入れることで、人生を歩んできたのだろう。

 山梨県甲府市で生まれ育った山本は、小学3年の終わりにソフトバレーを始めた。

「最初は、スポ少(スポーツ少年団)の監督と母が知り合いで、私も誘われて入ることになりました」

山本はこう続ける。

「その流れで、4年生からバレーを始めることになったんです。指導はかなり厳しかったんですけど、教えてもらった通りにやると上手になったので続けられました。毎日、必死にやって、ちょっとずつうまくなったのかな......あまり記憶にはないんですけどね(笑)。試合はチームの人数ギリギリだったので出られたんですが、やっぱり勝つのは楽しかったですね」

 地元の中学では、当然のようにバレー部に入った。小学校の時からのチームメイトが、中学でも一緒だったのは大きかった。

当時、身長はそこまで大きいわけではなかったが(現在は173cm)、「戦略がハマって勝つ楽しさ」を覚えると、バレーの魅力に惹きつけられた。

 そして地元・山梨の東海大甲府に進学し、全国大会を目指すことになる。

「高校は、監督とフィーリングが合っていました。自分は頭で理解してから動くタイプなので、『理にかなっているバレーはいいな』って。高校1年の時は上級生についていく感じでしたが、高校2年でAチームに入るようになりました。3年生が少なかったこともあって、同級生が4人、一緒に試合に出ていたので『自分たちが軸になろう』と話していました」

 連帯を深めることで、バレーに没頭していった。

「あまり厳しくはなかったので、『こんなに頑張った』という話はそんなにないんです。同期はみんな仲がよかったので、遠征はみんなでお風呂に入ったり、休みも集まってわちゃわちゃしたり。とにかく、写真をたくさん撮りました! 高校時代は加工の写真アプリが流行っていたので、それぞれでエフェクトをいっぱいつけて(笑)」

【前十字靭帯のケガにも「好きなことをして忘れよう」】

 高校でバレーをやめるつもりだったが、"時代に止められた"。

「コロナ禍で、高2の終わりから高3までは時間差での登校になり、あまりバレーもできなくなってしまったんです。インターハイも実施されなかったですしね(春高バレーは県大会の決勝で敗退)。それで、大学でも続けることにしました」

 山本には、燃え尽きていない思いが残っていた。

 もっとも、桜美林大学でのバレー生活は、本人が「あっという間だけど濃厚でした」と明かすように激動だった。

ひとり暮らしをし、ポジションもいろいろ変えた。そして大学3年時には、前十字靭帯をケガする災難に遭っている。治療、リハビリ、復帰まで約1年を要し、翼をもがれたような気分にもなった。

 しかし、彼女は不死鳥のごとく羽ばたいた。

「前十字靭帯をケガしてしまった時は、しばらく落ち込んでいました。でも、性格的に落ち込むのは好きじゃない。考え込むとずっと考え続けてしまうので、『家に帰ったら、好きなことをして忘れよう』と決めていました。その時に、よく『ハイキュー!!』を読んだり、アニメで観たりしていましたね。もちろん、映画の『ゴミ捨て場の決戦』も観に行きましたよ!」

 山本は明るい声で言う。

「退院してからは、みんなが練習している体育館の端とか、ステージの上で、復帰に向けてトレーニングしました。練習するみんなの姿を見ながら、『自分がこの状況にいるのは悔しい』と思ったんです。だから、『どうせリハビリをするなら、治ってすぐレギュラーに戻ってやろう!』と心に決めていました」

 柔らかい表情の裏にある反骨精神が、かつてないほど山本自身を強くしたのだろう。

高校時代のコロナ禍、大学時代に負った大ケガ、そんな逆境はむしろ、彼女にとってバネになった。4年生になって復帰すると、全日本インカレではベスト16と健闘している。

【普段はスーパーのレジ打ちも】

「大学でも、『もうバレーをやめよう』と思っていたんですよ。でも、コーチの方や高校の先生に相談して、『チャレンジできる環境があるならやってみてもいいんじゃない?』と言ってもらいました」

 4年時の8月、ヴィクトリーナ姫路のトライアウトを受けた。体力測定と基礎のプレーをクリアし、チーム練習に帯同したあとに「合格」の通知を受けた。

「3、4日後に電話がかかってきました。とにかく安心しましたね。実は、ほかに就活はしていなかったので、ドキドキでした」

 山本はいたずらっぽい笑みを洩らす。彼女は、見事にSVリーグのステージをつかみ取った。夢の世界の話ではない。働きながらバレーをする契約だが、そこで生きていくことで、道は明るく照らされる。バレーの引力で導かれた場所に、彼女は立っているのだ。

「昨日もスーパーマーケットでレジ打ちしてきましたよ!」

 山本は楽しそうに言う。

「スーパーの店長さんがいい人で、チームのブースを店内に作ってくれたり、等身大のパネルやユニフォームを飾ってくれたりして。そのおかげで、お客さんに『身長、大きいね』『選手やっているの? すごい、頑張ってね!』『応援しているよ』と声をかけてもらうことが増えました。目をキラキラさせて言ってもらえると、応援していただいている気持ちが伝わってきて、『頑張ろう』と思えるんです」

 山本は心に火を灯すように言って、優しく目尻を下げた。

(後編:山本侑奈が熱く語る、「無気力系」孤爪研磨がチームのために頑張る姿>>)

【プロフィール】

山本侑奈(やまもと・ゆな)

所属:ヴィクトリーナ姫路

2003年2月17日生まれ、山梨県出身。173cm、ミドルブロッカー。小学3年でソフトバレーボールを始め、4年生からバレーボールに移行。その後、東海大甲府高校を経て桜美林大学に進学。前十字靭帯のケガを負いながらも4年時に復帰し、全日本インカレにも出場した。2025年2月、ヴィクトリーナ姫路に入団した。

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