錦織圭という奇跡【第13回】
石光孝次の視点(1)
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「純粋なテニスの才能ということで言ったら、圭は一万人にひとりくらいじゃないかと、僕は思うんです」
錦織圭の生家から、クルマで1時間半ほどの距離にある、鳥取県鳥取市──。かつては圭少年も駆けたコートを眺めながら、石光孝次さんが懐かしそうに目を細めた。
地元の選手を引率してその合宿を訪れていた石光氏は、小柄で色白な少年の「コートに絵を描くようなテニス」に目を奪われたという。その少年が繰り出す一打一打には、意志と意図が込められていた。
「そうだよな、これだけ体格差がある相手に勝つなら、この戦法だよな」
そう共感しながら見ていると、思わず「おっ!」と声をあげるほどに予期せぬタイミングで、ドロップショットやロブを放つ。遊び心にあふれるテニスは見ていても楽しく、引き込まれた。
「すごく面白いテニスですね!」
石光氏は思わず、近くで見ていた少年の父親に声をかけていたという。それが石光氏と、圭の父親・清志さんとの出会いだった。
「純粋に本人が持って生まれた才能という意味では、圭くらいの子はほかにもいると思います。でも、圭のお父さんも一万人にひとりくらいの感性や意志の持ち主。お母さんの温かさというのも、一万人にひとりだと思う。それらが掛け合わさったら、それはもう天文学的な数字になりますよね」
石光氏の目がとらえる、『錦織圭という奇跡』の本質。
※ ※ ※ ※ ※
【父・清志は究極の勝負師】
広島の合宿で出会って以来、石光氏はタイミングが合えば圭の練習につきあい、遠征にもともに行くようになる。
島根県松江市の錦織邸にも時おり招かれ、食事をともにしては、そのまま泊まることもあった。自分を家族のように受け入れてくれる錦織家の人々を知るにつけ、石光氏は、なぜ圭がかくも魅力的なテニスを習得したのか、納得する。
「圭のお父さんは、奇才が好き。若い頃はアメリカのカルチャーに傾倒して、音楽やスポーツにしても、アメリカのものをすごく勉強したそうです。『圭』という名前も、海外の人たちから呼ばれやすいようにと命名したと聞きました。
清志さんは、『先入観や常識を持ちすぎると、可能性をつぶしてしまう』という感覚を持っていたと思います。常識を疑うというか、ちょっと人とは違った角度から物を見るようなところがある。先見の明があるけれど、独りよがりではないし、堅実なところもある。人には左右されず、『ここで行く』と見定めた時の実行力は、すさまじいと感じていました。
清志さんがよく言っていたのが、『歩』を進めなくてはいけない、ということなんです。将棋に喩えて、要は自分のターンが回ってきたら、何か手を打たなくてはいけない。
テニス以外にもゴルフに将棋、麻雀などあらゆるゲームをたしなむ清志さんは、究極の勝負師。同時に紡ぐ言葉は、石光氏いわく「すごく文学的」。合理性と情緒性。欧米的かつ日本的で、都会的かつ地方的──。相反するように見える要素を、独自の感性で融合し内包するのが、錦織清志さんだという。
【母・恵理はすごく懐が深い人】
「お母さんの恵理さんも、とても面白い方でね」と、優しく相好を崩して石光氏が続ける。
「恵理さんも、僕がまだ知り合って間もないころから、松江に行ったらいつでも家に泊めてくれました。ホームパーティみたいに料理を作ってくれて、一緒にご飯を食べながら、たくさんおしゃべりをして。そういうことを本当に大切にしてくれる人ですよね。
よく知らない人を家に上げることには、普通は少し抵抗があるじゃないですか。でも、恵理さんもそういうところが全然なくて、すごく懐(ふところ)が深い方なんです。
同時に、サプライズ好きなところもあるんですよ、恵理さんは。人が喜ぶことをポンと用意してくれて、こちらがびっくりすると、『ルンルーン♪』という顔になる。圭の『人を驚かせるのが好き』なところは、お母さんに近いかもしれないですね」
茶色のレンガ造りの二階建てで、リビングにはグランドピアノや観葉植物が並ぶ。どこか欧米の家を思わせるその家には、石光氏ら来客たちもしばしば訪れ、闊達(かったつ)に意見を交わす。
そんな環境で育った錦織圭を語るうえで、絶対に欠かせないもうひとりのキーパーソンにも、石光氏は言及した。
「僕は、圭は『環境の天才』だと思っています。そう考えた時に一番に思うのは、姉の玲奈ちゃんなんです。玲奈ちゃんがいなければ、圭があそこまで強くなるのはほぼ無理だったと思います。
子どもの頃は玲奈ちゃんのほうが体が大きかったので、力や球の強さで圭は敵わない。だけど、足の速さやアジリティでは圭が上なので、ちょっと前後左右に振って動かすと、玲奈ちゃんは困ってくれる。
そういうレベルの相手が身近にいて、ずっと一緒に練習や試合をしてこられたのは、すごく大きかったと思います。自分より年上や体が大きい人たちに対して、圭が相手を見ながらポンっと意外性のあるところに打つ感覚は、たぶんお姉ちゃんがいるからこそ身につけられたんだと思います」
【姉・玲奈は全国大会出場の腕前】
4歳年上の玲奈(れいな)さんも、全国小学生大会に出場するほどの腕前。
「こいつ、弱いな」
姉がニヤリと笑ってつぶやくと、弟はムキになり、必死にボールを打った。
石光氏と清志さんは、会うとよくテニス談義にはじまり、社会情勢や音楽など種々の話題に花を咲かせたという。それは両者の感性や人生観に似たところが多かったからだろう。特にふたりが共有した哲学が、辺境でこそ培う独創的な武器を携え、中央に挑む痛快さ。
「これは、僕の持論なんですが......」と、石光氏がとくと語る。
「当時のテニス界の勢力図的に、日本における鳥取と、世界における日本は似ていると思ったんです。だから、鳥取から日本で成功する方法は、日本が世界で成功する方法と同じなのではと考えた。
異端ではないですが、王道や正統派とはちょっと違うやり方で勝負しようというメンタリティ。それが、僕が鳥取を拠点としている理由でもありますし、それに近い感覚を清志さんも持っている。そういう話で、よく盛り上がりました」
そんな話題で大人たちが盛り上がる場に、錦織家の子どもたちが居合わせることもある。
そんな推測が確信になったのは、圭が13歳の時。盛田正明テニスファンドの奨学生となった彼のIMGアカデミーへの旅立ちが近づいた日だった。
「圭がアメリカに行く、数日前だったんじゃないかな。清志さんに誘われて、松江城の堀川を巡る遊覧船に乗ったんです。
恵理さんはピアノのレッスンをしていたのかな。玲奈ちゃんも大学の受験勉強があったから、船に乗ったのは圭と僕と清志さんの3人でした。遊覧船に乗っている間、清志さんがいろいろと僕に話すんですね。先祖は錦織部(にしごりべ)の渡来人だという話や、松江市の歴史とかを」
国とは何か、ナショナリズムとは何か。自分たちはどこから来て、どこに行くのか──。
流れる城下町を背景に、訥々(とつとつ)と紡がれる言葉を聞きながら、石光氏は思ったという。
(つづく)
◆石光孝次の視点(2)>>地元コーチ「なるほど」と感銘「僕が教わることも多かった」



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