熱心なドラフトファンなら、その名前を聞いたことがあるかもしれない。

 長大聖(なが・たいせい)──北海道大学を4年時に留年し、美唄ブラックダイヤモンズに入団。

卒業後も群馬ダイヤモンドペガサスでプレーするなど独立リーグを渡り歩いてきた右腕だ。その長が、今季新たな挑戦を始める。KBO(韓国のプロ野球)の新球団、蔚山(ウルサン)ホエールズと契約したのだ。蔚山は昨年設立された市民球団で、今季からKBOフューチャースリーグ(二軍リーグ)に参戦する。

北海道大学の軟式出身26歳が韓国プロ野球に入団 遅咲きの15...の画像はこちら >>

【大学4年で軟式から硬式に転向】

「韓国でKBOは人気ですし、大観衆のなかで投げるのは夢のひとつでした。プロという立場になり、そういう機会があるなら挑戦したいなと思いました」

 蔚山は今年1月にトライアウトを実施し、元広島の岡田明丈(2025年は明治安田)と元ソフトバンクの小林珠維(2025年はオイシックス新潟)が合格。さらに、2023年ワールド・ベースボール・クラシックにオーストラリア代表として出場し、高橋宏斗(中日)から本塁打を放ったアレックス・ホールに加え、4人目の外国人選手として契約したのが長だった。

「昨年限りで野球をやめようと思っていました。NPBのドラフトでも調査書はいただいていなかったので、指名は99%ないだろうなと」

 小学1年生で野球を始めたが、北海道大学まで軟式一筋。大学時代に軟式の全国大会に出場し、「もう少し上までできるんじゃないか」と硬式への挑戦を考え始めた。

 だが、大学4年から硬式野球部の門をたたくのは難しい。そこで四国アイランドリーグPlus、ルートインBCリーグなどのトライアウトを受けたが、不合格になったり、条件が合わなかったりして入団には至らなかった。

 そんな折に設立されたのが、北海道フロンティアリーグだった。

美唄が北海道ベースボールリーグを脱退し、転籍したタイミングで長は入団した。

 2022年、新型コロナウイルスの影響で大学はまだオンライン授業中心だったこともあり、美唄市で暮らしながら野球と学業を両立した。だが、卒業論文の時間を確保するのは難しく、留年することを決めた。

【大反対の母と背中を押してくれた父】

「あんた、本気なの?」

 母親に報告すると、率直に驚かれた。北海道大学という国内屈指の名門国立大学に進みながら、独立リーグで野球をするために留年するのは世間的に見れば非常識だろう。事実、周囲の多くにそう指摘された。

 一方、味方になってくれたのが父親だった。

「おまえの人生だから、やりたいようにやれ」

 父は元高校球児で、就職後も北海道で軟式をプレーした。いわゆる既定路線から外れ、自分の道を進もうとする息子の背中を押してくれた。

 独立リーグからNPBを目指すのは、成功確率1%程度。高卒後まで軟式でプレーし、NPBに羽ばたいた選手には大野豊(出雲市信用組合→広島)がいるが、成功例は少ない。

 それでも挑戦を決めた長に、どれくらいのポテンシャルがあったのだろうか。投手でわかりやすいのが球速だが、正確には把握していなかったという。

「スピードガンのある環境で測ったことがなかったので。たぶんですけど、140キロに届くか、届かないぐらいだったと思います」

 硬式に転向した当初はボールの違いもあり、「別の競技なんじゃないか」と感じたという。それでも美唄2年目には最速143キロをマーク。大学5年時は札幌に拠点を移し、平日は授業のあとに練習場へ通い、週末は試合という日々を過ごした。

 そして翌年、BCリーグの群馬に移籍する。同じ独立リーグでもレベルが上がり、NPB球団との交流戦もあるのが魅力だった。

 硬式転向後、目標であるNPB入団が具体的に見え始めたのは群馬1年目の後半だ。球速が148キロまで上がった裏には、元広島の澤崎俊和コーチ(現・福井工業大学コーチ)の「遠投したらいいよ」という教えがあった。

「自分のフォームにロスが多いことは自覚していました。そこで一からフォームを見直しました。具体的には、投球時に最大外旋をしっかり取るための遠投練習やボールの加速距離をうまくつくるための練習、さらにプライオボールを使ったトレーニングにも取り組みました。上半身と下半身の連動、そして投球動作の最後にどうエネルギーを伝えるかという視点で考えるようになると、さまざまな要素が次第につながっていったんです」

【硬式転向4年目で最速152キロ】

 北海道大学工学部出身の長は、こちらが聞きたいことを先回りして答えてくれるほど、明晰な頭脳の持ち主だ。その誠実な受け答えからは、日々コツコツと努力を積み重ねてきた人物像が浮かび上がる。

 練習の成果をはっきりと実感できるようになったのは、硬式転向4年目を迎えた昨季後半だった。8月に最速152キロをマークすると、その後の登板でも150キロ前後を安定して計測。8、9月のBCリーグ月間MVPにも選出された。

 ドラフト直前の急成長だったため、もう少しNPB球団にアピールする時間がほしかったのではないか。

「そうですね。いい状態をもっと見せたかったのはありますが、まだ足りてない部分も自覚していたので。具体的にはフォークや変化球で三振がとれていませんでした。今のNPBのトレンドを考えたら、そういう球を投げられないといけないですし......。ちょっとまだ実力が足りないのもありますね」

 自身の現在地をあまりにも冷静に見つめているがゆえに、どこか自信を持ちきれていないようにも映る。26歳という年齢もあり、2025年シーズンを最後に、長は野球をやめようと考えていた。

 そこに新たな価値観を吹き込んだのが、同年から群馬球団の会長付特別補佐に就任した色川冬馬氏だった。

 2024年まで茨城アストロプラネッツGMとして12選手をNPB&MLB球団に送り、翌年からミルウォーキー・ブルワーズの国際スカウトを務めている。

新球団の蔚山に有力選手のひとりとして長の情報を送る一方、本人には海外挑戦という可能性を示した。

「僕が伝えたのは、成長期のタイミングは人生のどこで来るかわからないということです。それがたまたま長の場合、ここ1、2年で急速にプロフェッショナルなレベルにふさわしいものを持ち始めた。シンプルに言えば、遅咲きなんです」

 色川氏がスカウト目線で長を見れば、先発投手として高い球速帯で安定して投げ続けられ、カウントや空振りをとれる変化球も評価できる。それだけに、「本当に惜しい」というのが本心だ。

「空振りをとれる変化球の精度がもう一段上がったら、NPBにもドラフトされるはずです。となると、次は年齢の問題があります。即戦力レベルになるためには、プレーし続けるしかない」

【自身のポテンシャルにどう気づけるか】

 今秋のドラフトを迎える頃には27歳になる。NPB球団の価値観では、食指を伸ばしにくい"オールドルーキー"である。

 だが世界に目を向ければ、チャンスはいくらでも転がっている。アジア枠が新設された韓国や台湾、メキシコ、中南米のウインターリーグ、さらにはアメリカもある。色川氏が続ける。

「一般的な時間軸で言うと、 26歳で一生懸命野球をして道を切り拓こうとしていると聞くと、『いやいや、働いてなんとかせえ』と思うかもしれません。でも、野球選手としての魅力は30歳くらいまで深まっていきます」

 アメリカに目を向けても、30歳でメジャーデビューという選手は少なからずいる。人にはそれぞれ成長のタイミングがあることに加え、野球の競技性を考えると、20代後半にかけて伸びる選手は多い。

 成功のカギは、自身のポテンシャルにどう気づけるか。ところが自身の可能性が見えていない選手は、意外と少なくないと色川氏は指摘する。

「僕らスカウトには『この選手、めちゃくちゃいいじゃん。こうなれば、次はこのレベルまで行ける』と見えるのに、チームが勝つために押さえつけられて野球をやってきたあまり、『僕なんか、全然です......』という高校球児もいます。世界に出ることで日本や自分を客観的に見る機会が増えていくはずだし、自己肯定感も上がると思う。『あなたが思う以上に、あなたはすごいんだよ』というところに大聖自身が気づいて、どれだけ頑張れるかだと思います」

 北大まで軟式野球に打ち込み、一念発起して硬式に挑戦。独立リーグの門をたたき、名門大学を留年してまで自身の可能性を模索してきた。もし今後就職活動をするなら、挑戦の道を選ぶ生き方に価値を見出す企業もあるはずだ。

 身長188センチ、最速152キロの長大聖。

名は体を表わすと言うように、韓国球界挑戦を足がかりに大成できるだろうか。

 長(なが)という名字は、出身の北海道登別市でも決して多くなく、自身の家系しか聞いたことがないという。ぜひ、その名を轟かせてほしい。

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