西部謙司が考察 サッカースターのセオリー
第87回 ヴィティーニャ
日々進化する現代サッカーの厳しさのなかで、トップクラスの選手たちはどのように生き抜いているのか。サッカー戦術、プレー分析の第一人者、ライターの西部謙司氏が考察します。
パリ・サンジェルマンとポルトガル代表で異彩を放つプレーぶりのヴィティーニャを今回は再度考察。「すべてのパスを受けようとする」スタイルの背景にある、ポルトガルサッカーの選手育成とは?
【すべてのパスを受けようとする】
この連載では何回か、ヴィティーニャを取り上げてきた。たぶん最多出場だろう。
パリ・サンジェルマンでのデビュー戦のパス成功率が100%だった。クラブワールドカップ以外、すべてのタイトルを獲得した2024-25シーズンは93.75%。ほとんどミスのないMF。彼がいることでPSGは逃げのロングボールを使うことが少なく、そのために前線にターゲットマンを必要としない。ウスマン・デンベレ、デジレ・ドゥエ、ブラッドリー・バルコラ、フビチャ・クバラツヘリアといったドリブラーを前線に並べる構成は、ヴィティーニャがいてこそである――といった考察をしてきたわけだが、今回はヴィティーニャがヴィティーニャである背景について考えてみたい。
ヴィティーニャの大きな特徴で、明らかにほかのMFと違っていることとして、すべてのパスを受けようとするプレースタイルが挙げられる。可能な限りすべてを受けようとする。そのため、DFのすぐ隣、後方、GKのそばにも動いていく。もちろん前方にも動く。ボールが届く範囲なら、いつでもどこでもボールを欲しがる。
かつてのプレーメーカーは基本的にこういう選手だった。
明らかにほかの選手とはパスの質が違っていたからだ。周囲の選手から無条件にボールを集めていた。ボールを持っている味方へ近づき、味方をどけて自分のボールにする、そういう選手もたくさんいた。ヴィティーニャもそうしているが、現在はあまり見ない光景だ。
現代サッカーにおいて、とくにMFはチームの構造を維持する役割を果たしている。チームの状況がどうで、相手はどう守っていて、そこから自分のいるべき場所を割り出す。必要な場所に必要なタイミングでいることが最優先されている。だから、味方を押しのけてまでボールに触ろうとする選手などいない。また、昔と違ってそこまでひとりに頼らなければならないわけでもない。
チームとしてのプレー構造を構築し、維持すること。全体が円滑に、合理的に、効果的に機能するように働くのが現代的MFであり、プレーメーカーとするなら、ヴィティーニャは明らかにそれとは違っている。
ヴィティーニャは構造のなかで役割を果たすのではなく、いわば"世界"を統合するつもりなのだと思う。
【いるといないでは違うチームにならざるをえない】
現代のサッカーは実現すべきプレーが決まっている。どういうサッカーをしたいのかはあらかじめ決められていて、選手はそのなかで役割を果たしていく。どういうサッカーをするのかはチームによるが、設計図はすでに用意されている。
ヴィティーニャとよく似た選手として、バルセロナとスペイン代表の司令塔だったシャビ・エルナンデスが思い浮かぶが、シャビはプレー構造の守護者だった。この点は少し違っている。
バルセロナ、スペインのプレースタイルがすでにあり、シャビはそれをよりすばらしく実現するために最も力を発揮した選手だった。シャビがいなければ、あそこまでのレベルには達し得なかっただろう。しかし、シャビがいたからあのサッカーだったわけではない。出来栄えはともかく、シャビがいなくてもあのサッカーにはなっていたし、現在シャビはもうプレーしていないけれども、バルセロナもスペインも基本的には変わらない。
スペイン代表はアンダー世代も含めて全部同じサッカーをしている。同じ原理、同じ哲学、同じ役割。
スペイン代表やバルセロナほどでなくても、育成からトップまでプレースタイルが一貫しているチームは少なくない。それは漠然とした一貫性ではなく、この瞬間にはこう動き、ここの場所に、この角度でいるべきだ、というところまで決まっている。
トップチームが欲しい人材を育てているのだから、確かに合理的ではある。誰かがいなくなっても、速やかに代わりの人材に置き換えられる。前任者の力量に及ばないとしても、少なくとも違和感なく入っていける。周囲が期待するように育てられた選手だからだ。
優れたシステムだ。ただ、まるで工場の生産ラインで量産される規格品のようではある。
ヴィティーニャは規格外だ。すべてのパスを受けようとする選手など、現代サッカーではむしろ異常である。だからPSGは、ヴィティーニャがいるといないでは違うチームにならざるを得ない。
【人口1000万人のポルトガルの選手育成】
ヴィティーニャとは少し違っているけれども、ポルトガル代表で一緒のベルナルド・シウバ(マンチェスター・シティ)やブルーノ・フェルナンデス(マンチェスター・ユナイテッド)も同じく規格外だ。それぞれ所属クラブの構造を支えているが、チームに適合するために何かを削り落とした感はなく、むしろ彼らに付随する過剰な何かでチームに影響を与えている。
スペインとポルトガルは隣同士、テクニカルなプレースタイルは似ているが、微妙な違い、あるいは根本的な違いがある。
簡単に言うと、スペインのほうがまとまっている。異なる色や素材を組み合わせていても、仕上がりは1枚の滑らかな布のようだ。一方、ポルトガルはパッチワークそのもので、貼りつけてつなぎ合わせているので滑らかではないが、味はある。
そもそも、ポルトガルはスペインほどやりたいサッカーが決まっていない。決められないのだ。規格に合わない選手が多すぎる。スペインがチーム構造のサッカー、または監督のアイデアを実現するサッカーなら、ポルトガルはよくも悪くも選手ありき。
ポルトガルは選手育成に定評がある。ウイングの名産地だが、ルイス・フィーゴ、クリスティアーノ・ロナウド、シモン・サブローサ、リカルド・クアレスマ......それぞれ全然違うタイプである。
ポルトガルの人口は約1000万人。規格品の量産に向いていないのだ。そんなことをしたら部品は欠品だらけになってしまう。選手を戦術やチームに合わせるのではなく、選手の個性で組み合わせる。持っているものをそのまま伸ばしていくしかない。
多少の難はあっても強い特徴があれば、それなりの需要があって移籍先は見つかる。トップクラブのベンフィカでも育てて売ることで経営を成立させていて、自分のクラブ用の選手を育てようとは考えていない。使い道より素材が先。
いつのまにかサッカーは、監督のアイデアが最優先されるようになった。だが、監督の考えが常に優れているわけではない。
ヴィティーニャはチームの方針も監督の考えも理解したうえで、「自分の世界」を譲らず、可能な限りすべてのパスを受け、自分の力で構造を再構築していく。
規格外で想定外だから、プレッシングでヴィティーニャを捕まえることは難しく、相手の計画は頓挫し、つまりひとりで世界を変えることができる。
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