元ホンダ・浅木泰昭 連載
「F1解説・アサキの視点」第7回 後編

 2026年シーズンのF1は大がかりなマシンレギュレーション変更が行なわれる。過去の歴史を振り返ってみると、レギュレーションが変わった時にはパワーユニット(PU)の出来が勝負のポイントとなったケースが多かった。

 オフのテストでは、PUメーカーごとの性能差が明らかになり、少なくともシーズン前半戦はPUが結果を大きく左右しそうだ。そうしたなか、シーズンを通してPUであまり大きな差がつかないように、低い性能のPUメーカーに対しては追加でアップグレードする機会を与えられるという新たな制度が施行される。

 さらに今年からPUメーカーにも厳密なバジェットキャップ(予算制限)が導入されている。これらが今シーズンの戦いにどんな影響を及ぼすのか? 元ホンダ技術者でF1解説者の浅木泰昭氏に話を聞いた。

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【ワークスの優位性は「情報」】

 今年はメルセデス、フェラーリ、フォードと提携するレッドブル・パワートレインズ、新規参戦のアウディ、そしてアストンマーティンと組むホンダの5メーカーがPUの開発競争を繰り広げます。

 そのなかでメルセデスは最多の4チーム、ホンダとアウディは1チームのみにそれぞれPUを供給します。大きなレギュレーション変更があるシーズンに供給先が多いのと少ないのではどちらのメリットが大きいのか。それはケース・バイ・ケースだと思います。

 たくさんのチームに供給していると、大量のデータ収集ができますし、いずれどこかで起こるであろうトラブルが早く発生する確率が上がるので結果的に対処も早くなります。それが一番のメリットですが、あくまで供給態勢がしっかりと整っていれば、という条件付きです。もし態勢が整っていなければ供給するだけで、かなりあたふたするでしょう。

 メルセデスは新しいレギュレーションに対応した最新のPUを4チーム分、準備・供給するだけでも大変だと言っています。それは事実だと思いますが、ワークスの自分たちだけ早いタイミングで最新のパーツに交換して、カスタマーに対してはすぐ準備ができないので少しアップグレードを遅らせて、ワークスの優位性を保つことがあります。

 昨シーズン、メルセデスのカスタマーであるマクラーレンが2年連続でコンストラクターズチャンピオンになり、ランド・ノリス選手がドライバーズチャンピオンに輝きましたが、ワークスがカスタマーに負けるのは屈辱的なんです。

 メルセデスの社内では数百億円もかけてPUを開発して、「カスタマーにチャンピオンを獲らせるのか。いったいいつになったらワークスの自分たちがタイトルを奪還できるのか」という議論に当然なっているはず。

 今シーズン、メルセデスはタイトル奪還に向けて並々ならぬ決意があるはず。故意じゃなくて供給体制の問題という理由で、カスタマーに対するアップデートを遅らせることもあるかもしれません。

 今年はワークスが強いと予想していますが、実際にシーズンオフのテストではフェラーリやメルセデスが好調な走りを披露していました。ワークスとカスタマーでPUに性能差はほとんどないと思いますが、両者の違いは最新の情報をもらえるタイミングなんです。

 PUのある部分を改良する場合、ワークスよりもカスタマーに情報が来るのが遅い。とくにレギュレーションが大きく変わる時には、最新の情報をもらえるタイミングが早いほうが圧倒的に有利です。

 たとえばカスタマーがPUの変更に関する情報をもらって、それに対応するために短い期間で車体を改良するにはそれなりのパワーが必要となります。図面を書いて、試作品を作り、きちんと車体とPUがパッケージとして性能を発揮するのか、確認しなければなりません。もし、そこで何かトラブルがあったりすると、マシンの開発スケジュールが遅れることになります。

【勝負を分ける要素は?】

 現時点ではメーカー間によるPUの性能差がありそうですので、シーズンの序盤戦はPUが勝負のカギを握ることになると思います。

 開幕直後はおそらく電気エネルギーの制御システムの差が大きく出ると予想していますが、何をやっているのかはデータを見ていればわかるので、だんだんその差が小さくなって収束していくでしょう。そうすると何が性能差として残るのかと言えば、まずはバッテリーの効率です。

 今年は電気の出し入れの量が劇的に増えるので、出し入れの際に熱に変わってロスすることをどれだけ抑え、電気エネルギーとしてたくさん使えるのか。そこの差と内燃機関のパワー差ですね。このふたつに関しては、シーズンを通して残っていくと思います。

 PUは2月末でホモロゲーション(認証)され、基本的にパフォーマンスの向上を目的としたアップデートはできません。でも開発凍結されたなかでもできることはあります。同じ図面であっても、部品の寸法を変えようと思えば変えられるのです。図面と寸分違わずに作ることは不可能です。工業製品なので、多少のバラつきはありますから(笑)。

 実際、これ以上改良する必要がないところ以外は公差(※図面の寸法に対して、実際に完成した部品に許される誤差の範囲)を大きくしておくのは、どのメーカーでもやっているはすです。

 それにエネルギーマネジメントの制御システムの開発はシーズン中でもできます。バッテリーやモーターの制御システムの開発は見えにくいですが、ホモロゲーションされたあとのPU開発のキモになると思います。

 F1は、レースでどのチームやドライバーが勝つのかというのは見どころですが、レギュレーションが劇的に変わる今シーズンはPUの開発競争も注目ポイントです。

 現状ではメルセデスが有利な状況に見えますが、レギュレーションにうまく対応できずに出遅れてしまったメーカーがどういう戦いをするのか。そのまま終わってしまうのか、それとも状況を打開するアイデアを出してくるのか。各メーカーがどんなドラマを見せてくれるのか、私はすごく楽しみにしています。

第8回につづく

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<プロフィール>
浅木泰昭 あさき・やすあき/1958年、広島県生まれ。1981年に本田技術研究所に入社し、第2期ホンダF1、初代オデッセイ、アコード、N-BOXなどの開発に携わる。2017年から第4期ホンダF1に復帰し、2021年までパワーユニット開発の陣頭指揮を執る。第4期活動の最終年となった2021年シーズン、ホンダは30年ぶりのタイトルを獲得。2023年春、ホンダを定年退職。現在はF1コメンテーターとして活躍。

初の著書『危機を乗り越える力 ホンダF1を世界一に導いた技術者のどん底からの挑戦』(集英社インターナショナル)が好評発売中。

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