Jリーグ懐かしの助っ人外国人選手たち
【第33回】フェルナンド・トーレス
サガン鳥栖

 Jリーグ30数年の歩みは、「助っ人外国人」の歴史でもある。ある者はプロフェッショナリズムの伝道者として、ある者はタイトル獲得のキーマンとして、またある者は観衆を魅了するアーティストとして、Jリーグの競技力向上とサッカー文化の浸透に寄与した。

Jリーグの歴史に刻印された外国人選手を、1993年の開幕当時から取材を続けている戸塚啓氏が紹介する。

 第33回はフェルナンド・トーレスを取り上げる。アトレティコ・マドリードでプロキャリアをスタートさせた彼は、イングランドやイタリアのビッグクラブを経て2018年7月に鳥栖に舞い降りた。母国スペインの黄金期に得点源として活躍し、紛れもないビッグネームの加入だったが、日本での足跡はかなり控え目なものに終わっている。

   ※   ※   ※   ※   ※

【Jリーグ】フェルナンド・トーレス34歳の挑戦 全盛期のレベ...の画像はこちら >>
 若き日のフェルナンド・トーレスは、186cmのサイズとスピード、そして確かな技術を備えていた。高さでも、速さでも、うまさでも、相手DFとのマッチアップで勝利できる選手だった。

 サガン鳥栖にやってきた彼は、すでに34歳となっていた。来日直前の2017-18シーズンは、アトレティコ・マドリードで27試合に出場して5ゴールを記録していた。アントワーヌ・グリーズマンとジエゴ・コスタの2トップが基本のチームで、トーレスがスタメンで出場する機会は限られていた。

 ロシアワールドカップの決勝戦当日だった2018年7月15日に、トーレスは東京都内の名門ホテルで記者会見に臨んだ。来日したその足で会場へ駆けつけたという。

「アトレティコは2017-18シーズンで辞めると決めて、ヨーロッパに残る選択肢はなくなりました。

そのあとに、新しい挑戦をどこでするのかを考えた時に、日本が浮上してきました。

 いろいろな国のクラブからオファーがありましたが、最初に関心を示してくれたのが鳥栖でした。自分と家族にとって、日本はすばらしい目的地です。文化に触れ、言語を学び、幸福なシーズンを過ごすことができたらと思います」

【自身初の中位クラブへの移籍】

 トーレスの鳥栖入りの2カ月ほど前に、アンドレス・イニエスタのヴィッセル神戸入りが発表されていた。スペイン代表でともにプレーしてきた同い年のMFについて聞かれると、「アンドレスはよき友人で、15歳から一緒にプレーしてきました」と笑みを浮かべ、「彼は世界一流の選手のひとり。日本の方々もアンドレスの試合を見たいと思うけれど、神戸との対戦では鳥栖が勝てるように期待している」と、また笑みを浮かべた。

 鳥栖は2012年からJ1に定着し、前年はマッシモ・フィッカデンティ監督のもとで8位に食い込んだ。しかし、2018年はロシアワールドカップによる中断時点(15節終了)で、18チーム中17位に沈んでいた。

「私にとって鳥栖でプレーするのは、ひとつの大きな挑戦となります。今後数年で重要なクラブになるのが目標で、ここでのキャリアが終わった時に、『ああ、いい支援ができたな』と思うことができればうれしいですね」

 これまでプレーしてきたクラブは、その国を代表するクラブばかりである。リーグ中位のクラブでプレーするのは初めてとなるが、迷いはなかったと言う。

「どのチームでプレーするのかを考える時は、チームの名前がどれだけ大きいのかではなく、チームに一体感があるかどうかをいつも大切にしてきました。できるだけすばらしいパフォーマンスをしたいし、期待に応えられるプレーをしたいと思っています。

 そのためにも、チームのプレースタイルとシステムを学び、チームメイトを知り、人間関係に溶け込むことを大切にしています。そのうえで、プレーのなかでお互いをよりよく理解することが大事です。私はいつも100パーセントの力でプレーすることを自らに課してきました。その責任は、ここでも果たすつもりです」

 数字について聞かれると、トーレスは「目標とするゴール数は決めていません」と答えた。あくまでもチームの勝利が大事だ、と強調した。

「私ひとりが入ったからといって、チームが急に強くなるとは思いません。それでも、チームの勝利に貢献できればと思います。何ゴール取るという目標は決めていなくて、チームのためにプレーして試合に勝つことが大事です」

【SNSで現役引退を電撃発表】

 リーグ戦デビューは7月22日だった。来日から1週間ほどで、ピッチに立ったことになる。初ゴールは8月26日のガンバ大阪戦で、右サイドからのクロスをヘディングで流し込んだ。

 加入1年目の2018年シーズンは、17試合に出場して3つのゴールを決めた。鳥栖のファン・サポーターはもっと多くのゴールを見たかっただろう。

ただ、そのゴールシーンにはいずれもクオリティの高さが詰まっていた。

 ベガルタ仙台とのアウェーゲームでは、左サイドからのクロスにニアサイドで反応する。クッと頭を振り、ゴール右上スミへ流し込んでいる。GKはノーチャンスだった。

 横浜F・マリノス戦で決めた一撃は、ペナルティアーク内でシュート態勢を整え、コンパクトかつ素早い足の振りでゴール右へ強烈な一撃を突き刺した。このゴールが決勝点となり、チームはJ1残留を果たしたのだった。

 翌2019年シーズンは、スペイン人のルイス・カレーラス監督のもとでスタメンに名を連ねていった。しかし、指揮官の解任をきっかけに、ベンチスタートやメンバー外が増えていく。6月21日、SNSで現役引退を電撃発表した。

 スパイクを脱ぐ決断について、トーレスは「自分のベストのレベルに到達できていない」ことを理由に挙げた。「次のシーズンまでオプションで契約があった」ものの、「自分がベストのコンディションでやり続ける、そこに到達できないであれば、サッカー人生を終えたいと思い決断した」と説明をした。

 高くてしなやかで、スピーディーかつ繊細で、パワフルで技巧的でもあったピーク時に比べると、鳥栖でのトーレスはできることが少なくなっていた。

ただ、白星より負け数のほうが多いチームでは、シュートチャンスが限られたのも事実である。

 彼が足を振れる場面が、空中戦を競る場面がもう少し多ければ、もっと多くのゴールを決めることはできただろう。ゴール前でチャンスをかぎ分ける嗅覚と、ワンチャンスをモノにする決定力は、まだまだ衰えていなかったからだ。

 J1リーグ通算35試合出場5ゴールという数字は、ほかでもないトーレスにとっても納得できないものだったに違いない。ただ、その引き際には共感できるものがあった。

 彼のプレーを、ゴールを、もっとたくさん見たかったのは事実だが、栄光に包まれたキャリアの幕引きは潔(いさぎよ)いぐらいがいい。何よりも、トーレスほどの実績を残した選手には、自分の意思を貫く権利がある。

編集部おすすめ