西部謙司が考察 サッカースターのセオリー 
第89回 ヴィニシウス・ジュニオール

 日々進化する現代サッカーの厳しさのなかで、トップクラスの選手たちはどのように生き抜いているのか。サッカー戦術、プレー分析の第一人者、ライターの西部謙司氏が考察します。

 今回はレアル・マドリードのヴィニシウス・ジュニオールの「ひとりカウンター」を分析。チャンピオンズリーグ(CL)のマンチェスター・シティ戦はもちろんのこと、日本代表が対戦するかもしれない、W杯のブラジル代表でどのようなプレーを見せるのか、気になるところです。

【ひとりで決める】

 チャンピオンズリーグ(CL)リーグフェーズの最終戦でベンフィカに敗れ、レアル・マドリードはプレーオフへ回った。プレーオフではそのベンフィカと再び対戦。アウェーを1-0で先勝したレアルは、ホームでも苦戦しながら2-1で勝利、ノックアウトステージ進出を決めている。

レアル・マドリードとブラジル代表の命運を握るヴィニシウス ひ...の画像はこちら >>
 14分にラファ・シウバに先制され、追加点も奪われそうだったのをしのぎ、オーレリアン・チュアメニのゴールで1-1。80分にヴィニシウス・ジュニオールが2点目をゲットした。

 センターサークル付近でボールを奪ったフェデリコ・バルベルデからすかさず左サイドのヴィニシウスへパス。ヴィニシウスはフィールドの約半分を走り、DFとの1対1を抜ききらずにシュート。ファーサイドへ低いシュートを流し込んだ。いかにもヴィニシウスらしい得点だった。

 ペナルティエリア左角付近で前向きにボールを持った時のヴィニシウスは、絶対的な自信を持っている。カットインからのシュートという得意の形があり、このベンフィカ戦のようにカットインを警戒してDFが並走していたら、そのまま空いているコースに決めるシュートも持っている。

 スピードに乗った状態で右足インサイドでの右方向へのシュートは簡単そうに見えるが、けっこう巻き込んでしまうミスが多い。体を開きながら右足を振ると、思ったより中央寄りにカーブさせてしまうのだ。いわゆる引っかける蹴り方になって、ファーポストぎりぎりを狙っているのにそれよりも内側へ飛んでしまう。

 ベンフィカ戦でのヴィニシウスのゴールは、右足インサイドのファーポストへ向ける面をしっかり作り、足を振らずにそのまま押し出すように蹴っている。上半身は固定してキックの瞬間までヘソを目標に正対させていた。

【勝負ポイントまで自分で運んでいける】

 レアル・マドリードらしい得点でもある。かつてはクリスティアーノ・ロナウドがこのような形から得点を量産したものだ。ロナウドもヴィニシウスもセンターフォワード(CF)ではなく左ウイング。CFでプレーする時も左に開いてパスを受けて、ゴールを狙う形を得意とする。そしてどちらも無類のスピードスター。

 ロナウドもそうだったが、ヴィニシウスはハーフウェイラインあたりでパスを受けてひとりでシュートまで持っていく。仕掛けるのはペナルティエリアへ近づいてからだが、縦に持ち出す速さがあるので、難なくそこまで持ち運べる。

 ハーフウェイラインで1対1になったら、スペースへボールを蹴りだして競走。

ヴィニシウスが走り負けることはまずない。DFが必死についていって、いったんヴィニシウスのスピードを止めても、もうそこはペナルティエリアのすぐ外になっている。

 ヴィニシウスが本気で仕掛けるのはそこからで、得意の形で勝負してシュートする。普通なら、いったん味方へパスしてから得意のエリアでもう一度受け直して勝負となるところを、ヴィニシウスはパスを省略して自分で勝負ポイントまで運んでいけるのだ。

 これを阻止しようと、ハーフウェイラインの段階でDFが飛び込んでかわされるシーンもよく見る。入れ替わられれば致命傷なのだが、遅らせようとしても同じことなのでDFもイチかバチかで勝負をかけているわけだ。

【超人アタッカーによるカウンター】

 今年のW杯で日本代表がグループステージを1、2位で通過した場合、ラウンド32で当たるのはグループCの1位か2位。つまり、ブラジルかモロッコになる可能性が高い。ブラジルであれば昨年10月以来の再戦になる。

 カルロ・アンチェロッティ監督率いるブラジルのエースはヴィニシウス。アンチェロッティがレアル・マドリードを率いてCLを制覇した2023-24シーズンのように、ヴィニシウスをCFとして起用するだろう。

 2024-25シーズンはキリアン・エムバペが加わったのでヴィニシウスは本来の左ウイングに戻ったが、2大エース方式は機能していない。現代サッカーで守備ブロックに組み込めないアタッカーがふたりだと、相手にボールを保持される時間が長くなってしまい、ほかのフィールドプレーヤー8人への負担が大きくなってしまうのだ。

 その点、ブラジル代表はヴィニシウスが単独の主役だ。前回W杯優勝のアルゼンチンにおけるリオネル・メッシのように、守備免除で攻撃にエネルギーを蓄えていてもいい唯一の選手ということになる。

 初の欧州人監督が率いるブラジルは、もうかつてのブラジルではない。強力なアタッカーを3、4人並べて圧倒するようなやり方ではなく、鉄壁の守備と超人アタッカーによるカウンターアタックを柱とする、アンチェロッティの母国であるイタリアの伝統だったスタイルに近い。

 アンチェロッティはイタリアサッカーの伝統を刷新したミランの選手だった。アリゴ・サッキ監督による極めて組織的で、全体が一体化したような、まるで選手がチェスの駒のように動くサッカーの中枢だった。

 ところが、監督になったアンチェロッティはサッキのやり方を踏襲していない。戦術が先ではなく、傑出した選手の能力を最大限生かすべく戦術を構築する。指揮したミランではカカがエースだった。フィールドの半分を走って、ひとりで得点を決めてしまう超人アタッカー。ブラジル代表ではヴィニシウスがその役割になるわけだ。

【ブラジルの命運を握る】

 超人と鉄壁の組み合わせ。

アンチェロッティのブラジルの中盤は技巧派MFではなくハードワーカーが配置されていて、サイドバックも守備重視の人選。まずは守備、そしてヴィニシウスにスペースを提供する。

 ラフィーニャやロドリゴもいるが、彼らは守備もできる。レアル・マドリードでもそうだったように、守備免除の第一エースはヴィニシウスと決めているようだ。

 ヴィニシウスがその期待に応えられるかどうかで、ブラジルの命運が決まりそうである。

連載一覧>>

編集部おすすめ