連載第90回
サッカー観戦7700試合超! 後藤健生の「来た、観た、蹴った」
現場観戦7700試合を達成したベテランサッカージャーナリストの後藤健生氏が、豊富な取材経験からサッカーの歴史、文化、エピソードを綴ります。
今回は「サッカー用語」の歴史について。
【新しいプレーと新しい言葉の関係】
何十年もサッカーに関わっていると、たくさんの新しいサッカー用語と出会い、そして使われなくもなっていく。
たとえば、最近のサッカーの実況を見ていると「インナーラップ」とか「アンダーラップ」という言葉が頻繁に使われる。サイドバック(SB)がタッチライン沿いに攻撃参加してくる「オーバーラップ」に対して、中のレーンを使うプレーを指した言葉のようだ。
これはわかりやすい。
なにしろ、昔はそんなプレー自体がなかったのだから"新語"が生まれるのは当然のことだ。
僕が最初にサッカーに出会った半世紀前、DFはあくまで守備の専門家であって、攻撃参加ということ自体が珍しかった。
もちろん、攻撃参加で有名な選手はいた。インテルやイタリア代表として数多くのゴールを決めたSBのジャチント・ファッケッティとか、パルメイラスおよびブラジル代表のジャウマ・サントスだ。
だが、彼らは特別な存在=天才だった(だからこそ、世界中にその名が轟いていた)。普通のSBがそんな真似をしたら、監督は怒り出したに違いない。
その後、1990年代頃になるとオーバーラップが当たり前になってきたが、それでも許されていたのはタッチライン沿いに攻め上がっていってクロスを入れることだけ。クロスを上げたあとは、すぐに持ち場に戻らなくてはいけなかった。
SBがボランチの位置に入ったり、相手ペナルティエリア付近まで上がったり、ボックス内でポケットを取るようなプレーが頻繁に見られるようになったのは、つい最近のことだ。だが、今では中学生の女子選手でも普通にそんなプレーをしている。
新しいプレーが生まれたから新しい言葉ができたのであり、そして新しい言葉ができたことによってそういうプレーが一般に普及していった......。
【プレーを言語化するメリット】
ちなみに、「アンダーラップ」を説明した先述の文中で「レーン」とか「ポケット」という言葉を使った。これらも、やはり、昔は聞かなかった"新語"だ。
これらは必ずしも新しい概念というわけではなく、昔からタッチライン沿いと中央の間の相手DFに捕まえられにくいポジションに入り込んでプレーする選手はいた。あるいは、ゴールライン近くの深い位置を取るプレーももちろんあった。
だが、それは選手個々の感覚に委ねられた一種の"職人芸"であって、いいプレーだとは思っても「あの選手、頭がいいね」といった説明で済まされていた。だから、コーチが選手にそういうプレーを教えることは難しかった。
だが、「レーン」とか「ポケット」といった言葉でプレーを言語化できれば、選手も容易にプレーをイメージできる。
これは、プレーを言語化することの最大のメリットである。
一方で、昔使われていた言葉で最近あまり聞かなくなった"死語"もたくさんある。
たとえば「自殺点」......。
Jリーグができてからこの言葉は規制されて「オウンゴール」と言い換えられた。まあ、「自殺」という言葉の語感がよくなかったのだろうし、それに意図的な行為ではなく、あくまでもミスなのだから表現が正確ではない。
しかし、「オウンゴール」ではちょっと言葉が軽すぎる。事態の重要性は「自殺点」のほうがうまく表現されているような気がする。ちなみに、英語でも「スーサイドゴール」という表現は使われる(ところで、海外では「オウンゴール」をした選手は得点者の欄に記載されるが、日本では選手名は発表されない。これは、国際標準に合わせるべきだろう)。
もうひとつ、わかりやすい日本語だったのが「切り替え」だ。
ボールを失ってすぐに守備に切り替える。あるいは、ボールを奪ったらすぐに攻撃に切り替えるプレーだが、今では「トランジション」という英語由来の外来語が使われる。
だが、「切り替え」というわかりやすい日本語があるのだから、何もわざわざ「トランジション」にしなくてもいいのではないか? 文字数だって半分で済む。
ヴェルディ川崎や柏レイソルなどで長年指揮を執ったネルシーニョ監督はポルトガル語でしゃべっていても、「キリカエ」だけはいつも日本語を使っていた。
【変わりゆくポジション名】
次々と変わってきたのがポジション名だ。
僕が最初にサッカーに触れた1960年代。
最前線の3人とやや下がり目(トップ下)のふたりが「W」型に並び、MFふたりと最後尾のDF3人が「M」型に並ぶのでこう名付けられていた。今風に言えば、3-2-2-3である。
そして、最後尾の3人はライトバック(RB)、センターハーフ(CH)、レフトバック(LB)と呼ばれ、中盤がライトハーフ(RH)とレフトハーフ(LH)。前線は右からライトウィング(RW)、ライトインナー(RI)、センターフォワード(CF)、レフトインナー(LI)、レフトウィング(LW)だった(中央のDFが「CB」でなく「CH」なのは、1920年代以前の2バックだった時代の名残)。
そして、右から左、後ろから前という順番に背番号も決まっていた。GKが「1」でRBが「2」、LWは「11」だ(「5番タイプ」とか「6番タイプ」、「典型的な9番」などという表現は今でも使われている)。
ちなみに、最後尾の3人がフルバック(FB)で中央のふたりがハーフバック(HB)、前線の5人がフォワード(FW)だった。
しかし、1960年代以降はフォーメーションが4-2-4だとか、4-3-3などと急激に変化し、ポジション名も次々と変化していった。そして、「FB」はディフェンダー(DF)、「HB」はミッドフィルダー(MF)となった。FWだけは今でもFWのようだが......。
HBは「リンクマン」と呼ばれた時代もあったが、そのうちMFになった。
また、英語で言うセントラルMFのことを日本ではどういうわけかポルトガル語で「ボランチ」と言う。フットサルのように全ポジションをポルトガル語で言うならともかく、「ボランチ」だけポルトガル語にするのに、僕は未だに違和感を覚える。
【カタカナ表記でのフットボール普及】
ところで、野球ではポジション名などは漢字語に翻訳された。
ピッチャーは「投手」、キャッチャーは「捕手」、ファーストベースマンは「一塁手」といったようにだ。ポジション名だけでなくヒットは「安打」、ストライクアウトは「三振」、フォアボールは「四球」と野球用語はいちいち漢字語に翻訳された。
明治の初め、西洋の文物が大量に輸入されるようになると、日本人は西洋由来の概念をすべて漢字語に翻訳した。ポリティックスは「政治」、エコノミーは「経済」、ソサエティ―は「社会」といったように、古典語や仏教語の知識を駆使して翻訳したのだ。
漢字の本場・中国のものは、それをそのまま取り入れた。「人民」も「共和国」も、「社会主義」も「共産党」もすべて明治の日本で造られた言葉の直輸入だ。
だから、ベースボールは「野球」になって、ポジション名も漢字語が使われた。
だが、フットボールは「蹴球」になったが、ポジション名はカタカナ語のままだったし、そのほかの用語もカタカナ表記のままだった。
韓国では近代スポーツを日本経由で取り入れたので、野球では漢字語(ただし、韓国語読み=野球はヤグ)が多いのに対して、チュック(蹴球)ではハングル表記の外来語が使われている。
なぜ、フットボールでは用語が漢字語にならなかったのか? たぶん、フットボールの普及が野球の普及よりも時期が遅かったので、外来語のカタカナ表記が普及していたからではないか?
ちなみに、中国では日本より早く、香港や上海などの英国人から直接フットボール(足球)を習ったので、日本と関係なく中国語に翻訳され、ゴールキーパーは「守門員」、FBは「後衛」、HBは「中衛」、FWは「前鋒」となった。
FKは「自由球」、PKは「罰点球」。「越位(オフサイド)」「球迷(サポーター)」というのもわかりやすい言葉だ。
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