世界に魔法をかけたフットボール・ヒーローズ
【第55回】ルイス・スアレス(ウルグアイ)

 サッカーシーンには突如として、たったひとつのプレーでファンの心を鷲掴みにする選手が現れる。選ばれし者にしかできない「魔法をかけた」瞬間だ。

世界を魅了した古今東西のフットボール・ヒーローたちを、『ワールドサッカーダイジェスト』初代編集長の粕谷秀樹氏が紹介する。

 第55回は「ウルグアイ最高のFW」ルイス・スアレスを取り上げる。39歳になった今も現役。2005年にデビューしてから20年、彼はずっとゴールを決め続けている。「噛みつき」のマイナスイメージに引っ張られがちだが、21世紀を代表するストライカーなのは間違いない。

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【欧州サッカー】ルイス・スアレスは単なるトラブルメーカーでは...の画像はこちら >>
「噛みつき」といえば、筆者の世代ではプロレスラーのフレッド・ブラッシーである。テレビ観戦中の老人がブラッシーの反則技で大量出血した力道山の姿を見てショック死するという、今もなお語り継がれる事件があった(1962年)。

 ボクシングではマイク・タイソン。クリンチの際にイベンダー・ホリフィールドの耳を食いちぎった(1997年)。当然、タイソンは反則負けを宣告され、罰金処分も科されている。

 さて、フットボールの世界からは、ウルグアイ代表FWルイス・スアレスの登場だ。リバプールに所属していた2013年にはチェルシーのブラニスラヴ・イヴァノヴィッチに、ウルグアイ代表では2014年にイタリア代表のジョルジョ・キエッリーニに噛みついている。

 いったい、どのような感覚、精神構造をしているのだろう。

 また、マンチェスター・ユナイテッドのパトリス・エヴラに差別的なコメントを発するなど、スアレスには常にマイナスイメージがついてまわった。

 ただ、単なるトラブルメイカーではない。ペナルティボックス内における狡猾な動き、硬軟自在のシュート力などで、エールディビジ(オランダ)、プレミアリーグ、ラ・リーガそれぞれにおいて得点王を獲得している、紛れもなく、ワールドクラスのストライカーだ。

【プレミアリーグ7人目の快挙】

 生まれ育ったウルグアイのナシオナル・モンテビデオで2005年にプロデビューし、オランダのフローニンヘン、アヤックスを経て2011年1月にリバプールへ移籍。その際も、スアレスの評価は二分していた。

「35ゴールで得点王になった2009-10シーズンを含め、エールディビジの5年間で81ゴールも奪っている。即戦力なのは間違いなしだ」

「プレミアリーグでは通用しない。挫折を味わうに違いない」

 否定的な意見は、イングランド以外のリーグからやって来る新戦力にありがちな評価ではある。アラン・ハンセンやジミー・ニコルといったリバプールOBは後者だった。

 初年度は公式戦13試合・4ゴール。ただ、シーズ後半のわずか4カ月のプレーであること、オランダとは異なる環境のイングランドに新天地を求めた事実をふまえると、まずまずの成績だろう。

 続く2011-12シーズンは39試合・17ゴール。

翌2012-13シーズンは44試合・30ゴール。前述した差別発言と噛みつき事件により、それぞれ8試合、10試合の出場停止処分を科されていたにもかかわらず、リバプールの攻撃を牽引した。

 そして2013-14シーズンは、プレミアリーグだけで33試合・31ゴールを記録。PKを一度も蹴らずに「30」の大台に乗せたのだからすごすぎる。左足、右足、ループ、ミドルで4ゴールを決めたノリッジ戦は、リバプールファンの間だけでなく、プレミアリーグに携わる者の間で語り継がれる伝説といって差し支えない。

 なお、1シーズンで30ゴール以上はアンディ・コール、アラン・シアラー、ケヴィン・フィリップス、ティエリ・アンリ、クリスティアーノ・ロナウド、ロビン・ファン・ペルシに続く7人目の大記録であり、ヨーロッパ大陸以外の選手としては初の快挙だった。

 スアレスはその年、プロ選手協会とプレミアリーグの年間最優秀選手に輝いた。「リバプールは一段上のレベルに到達した。練習中でも手を抜かないあの男のおかげでね」

 同僚スティーブン・ジェラードの高評価に背中を押されながら、勝負根性丸出しのウルグアイ人ストライカーは胸を張ってバルセロナに移籍していった。

【キャリア通算600ゴールを達成】

 カタルーニャの名門クラブでも、スアレスの得点力は猛威をふるった。6年間で公式戦283試合・198ゴール。ジェラードという絶対的なパサーに依存していたリバプール時代に対し、リオネル・メッシ、アンドレス・イニエスタ、ネイマールといったアシストの名手が存在したこともあって、面白いようにゴールを積み重ねていった。

 圧巻は2015-16シーズンだ。

59ゴール・24アシスト! 公式戦53試合のなかで83得点に関与したのだ。バルセロナのシーズン総得点(173)の47.9%に貢献していたことになる。ちなみにラ・リーガでは40ゴールを挙げて得点王に輝いている。

「上半身と下半身が別々に動いている」と評されるほどに、スアレスの肉体は強靭だった。左に体重がかかっているはずなのに、なぜか右にステップできる。しかも加速しながら、だ。DFとしては対応のしようがない。

 シュートパターンも多彩だ。ペナルティボックス内はもちろん、中長距離から、角度のないところから、次々とシュートを決めてくる。さらにDFとの駆け引きも巧みだった。噛みつきは余計だが、一瞬の隙を見逃さず前に入ったり、視界から消えたり、厄介このうえない存在だ。

 また、オフ・ザ・ボールの動きも秀逸で、相手のビルドアップを制限する術(すべ)に長けていた。

スアレスの前線でのボールキープがあったからこそ、リバプールもバルセロナも遅攻が可能になった。最前線に位置するケースが多かったものの、シャドーストライカー、あるいはウイングとしての適性もあったのではないだろうか。

 2019-20シーズンを最後にバルセロナから離れ、アトレティコ・マドリードで2年間プレーしたのち、古巣ナシオナル、ブラジルのグレミオでキャリアを積み重ねながら、2024年の冬からMLSのインテル・マイアミでプレーしている。

 旧知のメッシ、セルヒオ・ブスケツ、ジョルディ・アルバと再会し、2025年10月のアトランタ・ユナイテッド戦ではキャリア通算600ゴールを達成した。800ゴール以上を記録したクリスティアーノ・ロナウドやメッシには見劣りするスタッツとはいえ、スアレスが稀有なストライカーであることの証明でもある。

【決して品行方正ではなかったが...】

 この類(たぐい)まれなる得点力と、狂気にも近い勝負根性が同居するアタッカーを、因縁のキエッリーニは次のように評している。

「スアレスのようなストライカーと対峙するのが好きだった。私もピッチ上ではクソ野郎だし、悪意はフットボールの一部でもある。噛みつきが不正行為だとは思わない。勝利のためには貪欲であるべきだ」

 なんという称賛だろうか。決して品行方正ではなかったが、スアレスは勝つためなら手段を選ばず、クラブのため、ウルグアイ代表のために戦った。だからこそ噛みつかれたキエッリーニも、その実力を認めたに違いない。

「スアレスはチームのためなら血を流すことだっていとわない。彼がいるからこそ、我々バルセロナは戦える」

 あのメッシも絶賛している。ルイス・スアレス......。ただ者ではない。

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