Jリーグ懐かしの助っ人外国人選手たち
【第35回】レオ・シルバ
(アルビレックス新潟、鹿島アントラーズ、名古屋グランパス)
Jリーグ30数年の歩みは、「助っ人外国人」の歴史でもある。ある者はプロフェッショナリズムの伝道者として、ある者はタイトル獲得のキーマンとして、またある者は観衆を魅了するアーティストとして、Jリーグの競技力向上とサッカー文化の浸透に寄与した。
第35回はレオ・シルバを取り上げる。J1リーグの3つのクラブで通算10シーズン稼働し、290試合に出場した。外国人選手では歴代4位の記録となる。ボール奪取能力に優れたボランチとして、観る者の記憶にも刻まれた優良助っ人である。
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アルビレックス新潟は、優秀なブラジル人選手を連れてくる。ファビーニョ、マルクス、エジミウソン、マルシオ・リシャルデス、ミシェウ、ブルーノ・ロペス、ラファエル・シルバ、コルテース......2000年代から2016年あたりまでは、チームの勝敗に強い影響力をもたらすタレントが絶えず在籍した印象がある。レオ・シルバもそのひとりだ。
2013年に来日すると、ダブルボランチのひとりとして中盤を支えていく。運動量が豊富で、ボールを奪い取る力があり、奪ったボールを確実につなぐことができる。アタッキングサードでも効果的な仕事ができる。
いつでも必要な場所にいるのだ。
ここでサポートがほしい。もうひとり攻撃に絡んでほしい。このスペースを埋めてほしい。あの選手をフリーにしたくない──。ピッチ上に起こるさまざまな問題を察知し、攻撃でも守備でもチームを助けることができる選手だった。
来日当初は悪戦苦闘した。
「ブラジルと日本では、試合のテンポがまるで違うんです。日本は速い。来日したばかりの頃は、このスピードについていけるだろうかと思いましたが......」
加入1年目の開幕戦から出場し、不動のレギュラーとなった。彼我のサッカーの違いを乗り越えて、鮮やかに適応したのである。
【愛したオレンジのユニフォーム】
「日本のテンポのなかで、自分のよさを出すためにはどうすればいいのかを、必死に考えました。チームメイトのプレーを観察して、チームのやり方を学んでいきました」
言葉も学んだ。ピッチ上で必要な単語を覚えていった。
2013年の新潟は、7位でフィニッシュした。ひとケタ順位は3シーズンぶりで、成績アップを促したのは23ゴールを記録した川又堅碁であり、レオ・シルバだった。
翌2014年もフル稼働する。出場停止の1試合を除く33試合にフルタイム出場した。チームトップの6ゴールを記録し、ベストイレブンに選出された。
新潟には2016年まで在籍した。オフのたびにJ1の他クラブから獲得のオファーが届きながら、「日本で最初に迎え入れてくれたクラブであり、道を切り開いてくれたクラブだから」との思いを育み、オレンジのユニフォームを愛した。
シーズンを重ねていくなかで、レオ・シルバはできることを増やしていった印象だ。
個人的には、前へ出ていくスピードと、自陣へ戻るスピードが変わらないことに感心させられた。ネガティブトランジションと呼ばれる攻撃から守備へ切り替わる刹那で、いち早くスイッチを入れてボールを奪い返しにいく。
新潟はレオ・シルバとラファエル・シルバ、それに左サイドバックのコルテースがチームを去った2017年に、J2に降格してしまった。クラブにとって厳しい事実は、はからずも彼らの存在の大きさを知らしめることとなった。
2017年からは鹿島アントラーズの一員となる。柴崎岳が海外移籍へ踏みきった中盤で、小笠原満男や永木亮太とともにゲームコントローラーとなることを期待された。
27歳で新潟に加入したレオ・シルバは、31歳になっていた。J1リーグで122試合の出場を重ねた彼は、キャリアの円熟期を迎えている。鹿島は前年にリーグ制覇を成し遂げており、獲得可能なすべてのタイトルを狙う大前提に立ちながら、クラブに唯一足りないタイトル──ACLと呼ばれるAFCチャンピオンズリーグを重要なターゲットとした。
【悲願のACLタイトル獲得に貢献】
好機は2018年に訪れる。ロシアワールドカップを挟んで開催されたACLで、決勝戦まで勝ち上がるのだ。1997年から1998年にかけて開催されたアジアクラブ選手権から数えて、11度目でつかんだ頂点へのチャレンジだった。
イランのペルセポリスとのホーム&アウェーは、カシマスタジアムでの一戦で幕を開ける。敵地テヘランでの第2戦は、10万人とも13万人とも言われる大観衆が詰めかける。
初のアジア制覇への期待と、ホームで結果を残さなければという重圧が重なる一戦は、58分に動く。スコアラーはレオ・シルバだ。土居聖真とのワンツーで右サイドからアタッキングサードへ侵入し、ペナルティアーク内から左足を振り抜く。グラウンダーのシュートが、ゴール右隅を射止めた。
鹿島へ移籍後のレオ・シルバは、新潟でプレーしていた当時よりも攻撃への関わりを増していた。彼自身に聞くと「僕はもともと攻撃的な選手なんです」と笑顔で切り返されたが、鹿島でチームメイトとなるペドロ・ジュニオールが「3つの肺を持つ男」と評したハードワーカーは、敵陣で効果的なプレーを見せるようになっていた。
「中盤でボールを奪って攻撃へつなげていく仕事は、新潟でもやっていました。それを評価されて鹿島に来たので、そこまでは確実にやらなければいけない。攻撃の仕事について言えば、このチームには前線にも中盤にも、もっと言えばDFラインにも質の高い選手がいるので、自分たちがボールを握っているなかで私を経由することが多いのかもしれませんね」
第1戦を2-0で制した鹿島は、敵地での第2戦をスコアレスドローでしのぐ。レオ・シルバは2試合ともにフル出場し、悲願と言われたタイトルをもたらしたのである。
鹿島には2021年まで在籍し、5シーズンで135試合に出場した。
【3つのクラブで愛された助っ人】
鹿島へ移籍した当初の単独インタビューで、彼は「自分が所属したチームのサポーターに、10年後、20年後も『レオ・シルバがいたな』と思ってもらいたい。ただ在籍するのではなくて、記憶に残ることも重要だと思うんです。ブラジル代表で活躍していない僕みたいな選手でも、結果を残せば語り継がれるはずなので」
彼が言う「結果」がタイトルを指すのなら、つかんだのは2018年のACLに限られる。しかしながら、新潟と名古屋のサポーターも、レオ・シルバという選手を語り継いでいくに違いない。「助っ人」としての存在価値を、彼は最後までピッチ上で証明し続けた。

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