2025年6月、WBO世界ウェルター級タイトルマッチ。王者ブライアン・ノーマンJr.(米国)に挑んだ佐々木尽(八王子中屋)は、5回KO負け。
再び、日本人未踏の頂きを目指す24歳の現在地。そして、ともに戦う71歳のトレーナー、中屋廣隆の覚悟を追う。(4回連載/1回目)
第1回/「The Beginning」――1勝3敗からの始まり
2012年8月に公開された映画『るろうに剣心』の主題歌、ONE OK ROCKの『The Beginning』は、同バンドにとって大きな転機となった。作詞作曲はヴォーカルのTAKA。少年時代、アイドルグループの一員として活動した彼は、その後、脱退。紆余曲折を経て17歳の時、友人らとバンドを結成。それが、ONE OK ROCKだった。
ONE OK ROCKにとって、この曲は、視線を内から外、世界進出に向けて舵を切る、"宣言"でもあった。
決断は、結果として彼らを世界へと押し出し、曲は今も世界中で愛され続けている。13年経った現在、公式YouTubeでの再生回数は約2.3億回にのぼる。
「初めて聴いた瞬間、めっちゃ心に刺さったんです。『うわっ、これだ。この曲しかない』って」
視線を真っ直ぐ見据え、屈託のない笑顔をこぼしながら、プロボクサー・佐々木尽は話した。
定時制高校への進学が決まると同時にプロテストを受験し合格。アマチュア戦績は1勝3敗と決して胸を張れる数字ではなかったが、夢だけは、譲れなかった。
世界チャンピオンになる――。
いつか世界戦のリングに駆け上がる自分をイメージして、入場曲を探し続けた。
静寂。そして、暗闇を切り裂くギター。
俺を突き動かす、確かな何かをくれ――。
17歳の少年は、この曲に自分を重ねた。
「自分は、不器用だし、覚えも悪い。エリートでも何でもない。一番下から挑戦する。堕ちる時もあるかもしれない。でも、必ず這い上がる。敗北や失敗を繰り返して、最後は、頂点に立つ。曲を聴いた時、自分自身のボクサー人生を、そう思い描いたんです」
2018年8月24日、17歳1カ月でプロデビューし、2ラウンドKO勝利。
デビュー以来7戦7勝6KOで、東日本ライト級新人王の決勝に進出。プロ8戦目となるはずだった同決勝は、体重超過で棄権。それでも、およそ1年ぶりとなる仕切り直しの8戦目は、日本ランカー相手に初回45秒KO勝利。10戦目で、日本スーパーライト級ユース王座に就いた。
当時19歳4カ月――。アマ戦績1勝3敗だった少年は、夢を叶える自分の姿が、ほんの微かに見え始めた。だが、自らその扉を閉ざした。二十歳で迎えた大きなチャンス、WBOアジアパシフィック、そして日本スーパーライト級のタイトルがかかる試合(対平岡アンディ)で、再び体重超過を犯した。
試合はその後、規定に基づき当日計量で成立し、「平岡が勝利した場合のみ、タイトル獲得。佐々木が勝利した場合は王座空位」という変則ルールで行なわれた。
結果は惨敗、11回TKO負け。
2度目の体重超過という事態を重く見たJBC(日本ボクシングコミッション)からは、6カ月のライセンス停止、 制裁金として、ファイトマネーの20% 徴収という処分が下された。八王子中屋ジムのチーフトレーナー兼マネジャーの中屋廣隆にも、厳重注意処分が下された。
「挫折というよりも、恥ずかしい気持ちと、大勢の人たちに迷惑をかけた申し訳なさのほうが強かったですね。『自分は、ボクシングは続けてはダメな人間だ』と思いました。『もうこれで終わり。ボクシングはやめるべきだ』と考えました」
試合後はしばらく自宅に引きこもった。ジムにも顔は出さず、ボクシングとは、あえて距離を置いた。時間だけがすぎ、昼と夜の区別も曖昧になり始めた。
これから何をすればいいのか。
自分は何者なのか。
答えは出なかった。
ある晩、久しぶりに外へ出てみた。
晩秋の空気は冷たく、乾いていた。
風が頬に触れる。街灯の明かりがアスファルトに細い影を落としていた。
イヤホンを耳に装着し、スマートフォンを操作して音楽を探した。
静かな導入。そして、暗闇を切り裂くギターの音。
ペースをさらに上げて走った。
体の中で響き渡る、『The Beginning』の旋律。心を揺さぶる歌詞。
自分も、このまま終わらせることはできない。何度くたばり、朽ち果てたとしても。
尽は自問自答を繰り返した。
ここで逃げるのか、と――。
ボクシングを続ける資格はない。それは、わかっている。
でも、このままやめたら一生、自分自身を許せなくなる。
足が止まりかけた。息を大きく吐いて、もう一度、踏み出して走り始めた。呼吸が荒くなるにつれ、胸の奥に押し込めていたさまざまな感情が浮かび上がった。
冷たい夜風が肺に入り、苦しくなった。だが、苦しくても、身体は前へ前へと進んでいる。
尽は思った。
「もう一度、リングに立つ。誰のためでもなく、自分自身のために。自分も、このままでは終われない」と。
2022年4月22日、東京・後楽園ホール――。
復帰戦は、5回TKO勝利。以降はウェルター級へと転向し、国内実力者を次々とキャンバスに沈めた。WBOアジアパシフィック、そして、OPBF東洋太平洋王座を獲得し、チャンピオンベルトは3本に増えた。
一撃で相手を沈める、破壊力ある左フック。
それはやがて、「佐々木尽」というボクサーの代名詞となり、人気ボクサーへと押し上げた。
2025年6月19日――。ついに夢の扉を開けた。
WBO世界ウェルター級タイトルマッチ。
日本人ボクサー前人未到、世界ウェルター級王座挑戦。
あの日、絶望の淵で聴いた『The Beginning』。
暗闇のなか、走り続けながら心に刻んだ誓いを示す時。
しかし――。
夢は砕け散る。
(第2回につづく)



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