アーセナル指揮官ミケル・アルテタとは(後編)

 今季のアーセナルは、国内外4冠の可能性とともに終盤戦に突入した。

 3月4日の第29節(消化30試合目)でブライトンを下した(1-0)プレミアリーグでは、序盤戦の第7節から首位の座を維持。

FAカップでは、7日に行なわれた5回戦でマンスフィールド(3部)を破り、準々決勝に進出。22日には、シーズンひとつ目のタイトルをかけた、マンチェスター・シティとのリーグカップ決勝がある。欧州でも、チャンピオンズリーグ(CL)リーグフェーズを首位で終え、レバークーゼンとの16強対決(第1戦は11日)から、"順当勝ち"を重ねての決勝進出が予想されている(日付はいずれも現地時間)。

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 2019年12月に監督となったミケル・アルテタは、リーグ10位で引き継いだチームを優勝候補へと復活させた。指揮官としての資質は、アーセナルで、自身の第2のキャリアでも初の采配を振るう前から明らかだった。その事実を知るひとりが、10年前にアルテタがUEFAプロライセンスを取得中だった当時、アーセナルのアカデミーでコーチを務めていたヤン・ファン・ローンだ。

 U-16チームを担当していたオランダ人指導者は、クラブ・キャプテンでもあったベテランMFアルテタから、ライセンス取得に必要となる実習をさせてもらえないかとの相談を受けた。願いを聞き入れてもらえたアルテタは、最良のメンターを得たと言える。ファン・ローンは、"実習生"の意見にじっくり耳を傾けたうえで、自らの判断を自分自身で分析することを奨励した。そのスタンスは、コーチの育成コンサルタントとして働く現在も変わっていない。

「ミケルからは、『ヤン、これを試してみてもいいかな?』『あれをやってみようと思うんだけど?』のように、よく質問を受けたよ」と、ファン・ローン。彼は、「本人のやりたいようにさせた」と言う。

【すべての流れが綿密に計算された練習】

「結果に関しては、あれこれとフィードバックする代わりに、シンプルな質問を投げかけた。『期待していた成果は得られたかい? その理由はどこにあったと思う?』のようにね。もちろん、練習メニューの意図や、その具体的な進め方については、事前にしっかりと話をして、細かい点も確認する。数的優位を作り出す方法にしても、ビルドアップのタイミングや、ボールを奪い返した直後のトランジションについても。

 ポジショナルプレーを、より実戦的に身につけさせるやり方についても、よく話をした。ポジショナルロンド(一定エリア内で攻撃側が守備側にボールを奪われないようパスを回し、かつ前に進むための位置的優位を体得させるミニゲーム)が一般的だが、ミケル好みのドリルではなかったのでね。彼は、より細かい設定を加えることで、もっとピッチ上での現実味があるドリルにしたがっていた。

 彼は、スペースに対する感覚の優れたMFだったから、選手たちにも、パスを味方に届けるのではなく、味方がつこうとしているスペースに出すことのメリットを強調してもいた。そうすれば、受け手が動きを止める必要がないから、チームの攻撃自体もよりスムーズになる。そのコンセプトをパスのドリルに取り込めば、選手たちは、試合でも同じようなパターンを認識して、実践できるようになる。そういうやり方が得意だったね、ミケルは」

 アルテタなりのやり方は、練習全体の進め方にも見られた。ファン・ローンが説明する。

「コーチの多くは、ボールを使わずにウォームアップをしたあと、パスとシュートのドリルから、ポジショナルプレーを磨くためのドリルへと移行して、最後に11対11の紅白戦という流れで練習を行なうだろう。

ミケルは、統合できるものは統合して、無駄な時間を省いていた。次のメニューに移るまでの時間も、なるべくかからないように配慮しながらね。

 たとえば、ウォームアップでもボールを使って、難易度を高めるためにいろいろな条件や制限も設けていた。次は、パスとシュートのドリルから、ポジショナルプレーを念頭に置いたセッションに移行して、またパスのドリルに戻ってから、ミニゲームとフィニッシュの練習で終わるようなパターンだ。

 すべての流れが綿密に計算されていた。そうでなければ、最大限の成果を得ることは難しい。セッションの合間に、ミニゴールを移動させたり、ビブスを取りにいったり、そのための指示をいちいちスタッフに出しているようでは、そのたびに選手たちの集中力が途切れてしまう。ミケルが組む練習メニューは、すべてが体系立ってアレンジされていて、効率よく、効果的に進行していった。今のトップチームのパフォーマンスや結果からも、練習段階からのミケルによる細かな気配りが見て取れる」

【アカデミーから若手を登用】

 加えて、監督としても向上心が旺盛なアルテタは、成果が得られたとしても、自己分析を怠ることがない。ファン・ローンはそれを「自己への挑戦」と表現する。

「組んだ練習メニューに関して、反省を口にすることも多かった。『こうすればよかった』とか、『ああしたほうが、もっと効果的だった』とか。

私はよく、『まあまあ、別にうまくいかなかったわけじゃないのだから』と、自分に厳しいミケルに言っていたのだけどね(苦笑)。彼は、些細な部分でも修正を加えたがっていたよ。もっとうまくやれるはずだという、自信があるからこその厳しさなのだろう。指導者としても、純粋にベストを尽くしたいと願っていることが伝わってきた」

 アルテタが見せる改善へのこだわりが窺い知れる例として、ファン・ローンはダミー人形の配置に触れた。

「パスやシュートのドリルひとつをとっても、目的とする意図があるわけで、それに沿ってダミー人形を置くことがある。そこでミケルは、ダミーの横に立って『いや、もう1メートル前に置かなきゃダメだ』と、位置を変えたりするのさ。『自分がMFなら、ここにはいない』のようなことを言いながら。そうかと思えば、配置を再確認したあとで、ダミーをひとつ取り除いたり、逆に加えたりすることもあった」

 そうした"実習生"の姿を前に、ファン・ローンは、「並の監督で終わる人物ではない」と感じていたという。

「当時から、『プレミアのトップチームを任される日は遠くない』と、誰もが思っていたことだろう。現役時代の名声があることは事実だが、指導者としてのチャンスは、あくまでも自らの努力で手にしたものだ。古巣に戻ってみたら用意されていた、というようなものではない。現役時代の終盤から準備を始めて、地道なステップを重ねながら監督としてのキャリアを自ら求めて、自分を磨き続けているからこそ、今のミケルがある」

 アルテタがファン・ローンと指導をともにしたユースチームには、エミール・スミス・ロウとダニエル・バラードもいた。

前者は、ケガに泣かされたアーセナル時代に別れを告げ、フルアムのトップ下として活躍中。後者も、プレミア復帰1年目にしては上出来の12位で3月の声を聞いたサンダーランドのディフェンスラインの中央で要となっている。

 1軍監督としてのアルテタは、アカデミー卒業生の登用にも積極的だ。好例として、今や右ウイングに欠かせないブカヨ・サカ、昨季に17歳でデビューを果たした左SBマイルズ・ルイス・スケリーがいる。MFのイーサン・ヌワネリは、今年1月に18歳でマルセイユ(フランス1部)へと修行に出た。翌月、レンタル移籍先での監督交代という逆風が吹く結果となったが、まだアーセナルでは出場機会が限られてしまう逸材に対し、プレミアでも実績のあるロベルト・デ・ゼルビが率いていたチームへの加入は、アルテタが推した今期末までの成長促進策だった。

「ミケルは、選手やスタッフのやる気に火をつける術も心得ている。モチベーションを高めて、最大限の力を絞り出すことができる監督だ」

 ファン・ローンがそう評価するアルテタのもとで7年目となるチームに、アーセナルのサポーターたちは、2003-04シーズン以来となるリーグ優勝を願ってやまない。切実な望み、換言すれば重大な責任を託されている指揮官を知るファン・ローンは、最後にこう言っていた。

「ミケルがテクニカルエリアで指示を叫ぶ姿を、頼もしく思いながら眺めさせてもらっているよ。その瞬間、どんな考えが彼の脳裏をよぎっているのかがわかるからね。彼は、賢明な男だ。

一個人としても、ひとりのプレミア指揮官としても。だからこそプレッシャーのもとでも、やるべき仕事をこなしてみせる。現役のキャリアでも、ずっとそうだったように」

ミケル・アルテタ
1982年、サン・セバスティアン生まれ。現役時代はレンジャーズ、レアル・ソシエダ、エヴァートン、アーセナルでプレー。引退後、マンチェスター・シティのコーチを経て、2019年、アーセナルの監督に就任。

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