錦織圭という奇跡【第19回】
デイビッド・ロウ&マット・ロバーツの視点(2)

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◆デイビッド・ロウ&マット・ロバーツの視点(1)>>錦織圭大好きイギリス人が語った2008年の衝撃

 世界で最も多くの人々に聞かれているテニス専門ポッドキャスト『The Tennis Podcast(テニス・ポッドキャスト)』。英国のテニス専門家たちにより設立され、3名のコメンテーターたちが毎週(グランドスラム期間中は毎日)、軽妙なトークで最新のテニス情報をお届けしている。

 創設者のデイビッド・ロウ氏はATP広報の経歴を持ち、BBCラジオの実況アナウンサーとしても活躍中。ATPツアー大会『クイーンズクラブ選手権』の広報も務めていたロウ氏は2008年の同大会で、18歳の錦織圭がラファエル・ナダル(スペイン)を追い詰めた事実に衝撃を受けたという。

 そのロウ氏の愛弟子マット・ロバーツ氏は、もともとは『The Tennis Podcast』の愛聴者。少年時代から大のテニスファンだった彼は、2018年からコメンテーターとして活躍している。

 BBCラジオで錦織の試合を実況したこともあるロウ氏は、錦織にどのような印象を抱いているのか? そして錦織より年下のロバーツ氏は、「大のテニスファン」として錦織をどう見てきたのか? ふたりのインタビュー後編をお伝えする。

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錦織圭推しの海外テニス専門家が魅力を熱弁「高速攻撃はスリリン...の画像はこちら >>
── ロウ氏にうかがいます。クイーンズ大会で初めて錦織圭を見て衝撃を受けたと言っていましたが、その後、印象に残った試合はありましたか?

ロウ「その次となると、6年後の2014年の全米オープンなんです。18歳の圭を見た時、すぐにでもトップ10に来るのではと思っていました。ただ、その後の彼はケガもあり、ジュニアから大人への移行期でやや苦しんでいるという印象を抱いていました。

 だから全米オープンで圭が準優勝した時は、少し驚いたんです。なにしろあの年の全米オープンでは、誰もがノバク・ジョコビッチ(セルビア)とロジャー・フェデラー(スイス)の決勝になると予想していましたから。それが実際には、マリン・チリッチ(クロアチア)と圭の決勝になった。

その意味でも、思い出深い大会です。

 特に(準決勝の)圭とジョコビッチの試合は、私がラジオ実況を担当したので、なおのこと鮮明に覚えています。実況しながら一番感銘を受けたのは、圭がジョコビッチ相手に自分のテニスを貫き、自分からポイントを取りにいき、そしてジョコビッチを上回っていたことでした。

 あの年のジョコビッチは、ウインブルドンの決勝でフェデラーを破るなど、ベストに近いシーズンを送っていた。そのジョコビッチに真っ向から立ち向かい、ポイントの奪い合いを挑んだのだから、ファンも熱狂し、圭を応援していたように思います。

 マッチポイントのラリー中に、私は『錦織は相手のミスを待っていない! ポイントを"もらう"ことなど望んでいない。自らの手でつかみ取りにいっています!』と実況したことを覚えています。それが、私が圭を好きな理由でもあります。だから、その後に圭がジョコビッチに一度も勝てていない事実に、少々驚いてもいるのですが......」

── 錦織がジョコビッチを破った時、彼はいずれグランドスラムを獲ると確信していたのでしょうか?

ロウ「確信したとまでは言いませんが、今後幾度も、グランドスラムのベスト4や決勝で彼を見るだろうとは思っていました」

ロバーツ「僕は2014年の時点では、まだ『The Tennis Podcast』のリスナーでした。実はあの全米オープンのあと、番組宛に『僕の2015年予想』を送ったんです(笑)。そのなかで『圭とグリゴール・ディミトロフ(ブルガリア)がグランドスラムで優勝する』と書いたのを覚えています。あのふたりがタイトルを獲ることを、僕はけっこう確信していました。

 もちろん今になって振り返れば、『あの当時のテニス界で、グランドスラムで優勝するのは並大抵なことではない』と言うのは簡単です。ジョコビッチは今なお、トップレベルでプレーしているのですから。ただ、2014年当時は多くの人たちが『世代交代の日はもっと近い』と思っていました。

 圭にディミトロフ、チリッチにミロシュ・ラオニッチ(カナダ)らが、いずれ当時のビッグ4にとって代わると思っていたはずです。今では、30代の選手も上位にたくさんいますが、当時は30歳をすぎてトップレベルを維持するのは難しいと思われていました。その後も、ジョコビッチにナダル、フェデラーにアンディ(・マリー)のビッグ4があんなに長く上位を独占するとは、誰も予測できていなかったはずです」

── 今回ふたりに話を聞きたいと思ったのは、『The Tennis Podcast』内でたびたび錦織選手について言及していたからです。特に「5セットマッチが多いこと」についてよく話されていますよね?

ロバーツ「ええ。グランドスラム中に番組の収録をしている時は、『圭がリードされてるって? どうせ5セットで勝つさ』というのが定番のジョークになっています。圭の5セットでの勝率は信じがたいし、彼が大熱戦を演じて勝つのを見るのも好きです。ただ、少し厳しい言い方をすると、3~4セットで勝つべき試合を長引かせてしまっている、とも感じています」

ロウ「私も同感ですね。2014年以降、圭がグランドスラムの決勝に届かなかった原因も、このあたりにあるのではと思います。ちゃんとデータを見たわけではないですが、ほかのトップ選手と比べたら、おそらく圭はグランドスラムの序盤で5セットの試合をすることが多いと思います。

 圭の試合を見ていると、リードしたあとにふっと集中力が抜ける時があるように感じていました。圭は追い詰められたら、集中力が研ぎ澄まされる。それはすばらしいことです。ただ、ほかのトップ選手たちのように、相手が劣勢になった時、一気に息の根を止めにいくようなところが薄いな、とも感じていました」

── ふたりの目に、錦織選手の人間性はどのように映っていますか?

ロウ「私がよく覚えているのは、どこかの大会で圭と(大坂)なおみの記者会見の順番が前後し、ふたりが入れ違いざまに会話を交わしたのを見た時でした。圭は『ひねりの効いたユーモア』とでも言えばいいでしょうか......面白いことを言っていたんです。それまでのシャイという印象とは少し異なり、ユニークな感性の持ち主だなと思いました」

ロバーツ「僕が一番好きなのは、ATPの公式動画か何かで、圭が『子どもの頃になりたかったのはペンギン』と言っていたことです(笑)。デイビッドが言ったように、圭は変わったユーモアのセンスがあるんだなと驚きました。普段は物静かだけれど、時々ピンポイントですごく面白いことを言う人なんだろうなと。

 ちょっと話は変わりますが、圭が背負ってきたプレッシャーについて考えることもあります。東京オリンピックの開催が決まって以降、おそらく圭は日本国内から多くの期待を集めたと思います。圭自身はそこまで気にしていなかったかもしれませんが、スポンサーや周囲からの有形無形の重圧はあったのではと予想します。2012年のロンドンオリンピックを控えたアンディと似た状況だと思うので、なおのこと、そんなふうに考えてしまうのかもしれません。

 東京オリンピックは、圭のキャリアのクライマックスになり得たはずなのに、実際にはCOVID(新型コロナウイルス)によって開催は1年遅れ、無観客になった。実際のところはわかりませんが、外から見ていると、なんとも気の毒に映りました」

── いろいろと興味深い見解を話していただき、ありがとうございます。最後にうかがいます。錦織圭がテニス界に与えた影響をどのように見ていますか?

ロバーツ「圭のプレースタイルは当時、とても斬新だったと思います。ベースラインからほとんど下がらず、まるでハーフボレーのように跳ねた直後のボールをクリーンに打ち返す。小柄な身体で戦うために編み出したプレースタイルでもあったと思います。

 特に僕は、圭のバックハンドが好きですね。クロスからストレートなど広角に打ち分けるのが上手で、ハンド・アイ・コーディネーションがすごく高いのだと思います。彼のテニスを見ていると、まるでプレイステーションのゲーム画面を見ているようだと感じました。ベースラインからの正確無比な高速攻撃テニスはスリリングだし、見ていて楽しい。僕はすごく好きですね」

ロウ「圭の活躍は、グローバルであることが売りのテニスにとって、大きな意味を持ちます。松岡修造が現れた時のインパクトも、とても大きかったですよね。

修造が世界46位に達し、そして圭がその記録を超えるべく『プロジェクト45』と名づけられた。45位が当初の目標だったことを思えば、圭が4位に達したことは偉業だと思います。

 私はATP(男子プロテニス協会)やクイーンズクラブ選手権の広報も務めていたので、新たなスターの重要性を理解しています。圭が初めて出場した2008年のクイーンズクラブ選手権には、多くの日本人メディアが来てくれました。圭はアジアでのテニス人気を高め、新たなファンを獲得してくれた。その意味でも彼の存在は、テニス界にとって、とても大きいと思います」

(つづく)

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