蘇る名馬の真髄
連載第40回:ハルウララ

かつて日本の競馬界を席巻した競走馬をモチーフとした育成シミュレーションゲーム『ウマ娘 プリティーダービー』(Cygames)。2021年のリリースと前後して、アニメ化や漫画連載もされるなど爆発的な人気を誇っている。

ここでは、そんな『ウマ娘』によって再び脚光を浴びている、往年の名馬たちをピックアップ。その活躍ぶりをあらためて紹介していきたい。第40回は、生涯で1度も勝利を挙げることができなかったにもかかわらず、人気を博したハルウララを取り上げる。

『ウマ娘』でも連戦連敗... ハルウララは負け続けることによ...の画像はこちら >>
 いつでも連戦連敗。才能はないが、どんなに負け続けても決してくじけない明るい性格の持ち主。それが『ウマ娘』のハルウララだ。たいていのウマ娘は競走能力に長けているが、ハルウララは決してそういうわけではない。レースとなれば、馬群に沈むことも少なくない。だが、負けても笑顔でゴールする。そんなキャラクターがファンを惹きつけている。

 そのモデルとなっているのは、競走馬・ハルウララ。1998年~2004年に地方競馬の高知競馬で競走生活を送った同馬は、なんと生涯で113戦もこなしながら、1度も白星を挙げることができなかった。

しかし、その連戦連敗っぷりが話題となり、全国的な"ハルウララブーム"を巻き起こしたのである。

 ハルウララに全国の目が向き始めたのは、2003年夏のこと。5年前の1998年11月に高知競馬でデビューしていた彼女は、それまで80戦以上レースに出走しながら、2、3着に入るのが精一杯という状況だった。

 その戦績に注目したのが、高知競馬の実況アナウンサーや地元の新聞記者だ。まずは2003年6月、高知新聞の夕刊でハルウララの記事が掲載された。すると今度は、全国版のテレビや新聞が「一度も勝ったことのないヒロイン」を大々的に特集。瞬く間に"負け組の星"として、競馬を知らない人まで幅広く人気を博していった。

 いつしか、ハルウララが出走するレースは注目を集め、観衆も大挙押し寄せるようになる。そして同年12月、100連敗を記録した一戦では、高知競馬では異例となる5000人超の入場が記録された。

 さらに驚くべきは、当時ハルウララが出走したレースの結果が全国メディアで常に報じられたことだ。しかも、競馬はもちろん勝負事においては勝つことが喜びとなるが、ハルウララの敗戦のニュースによって、ファンが笑顔になるという、珍しい現象が生まれていった。

 そんな熱狂がひとつの"ピーク"を迎えたのは、2004年3月22日だろう。

この日、ハルウララに武豊騎手が騎乗したのである。

 地方である高知競馬の一戦、それも重賞ではない平場のレースに、トップジョッキーの武豊騎手がまたがるのは異例中の異例だった。ハルウララ陣営からのオファーに対して、武豊騎手は「地方競馬の助けになるなら」と引き受けたそうだ。この日の高知競馬場には、なんと1万3000人が入場した。

 数えて106戦目。ハルウララは単勝1.8倍の圧倒的1番人気に支持された。しかし、天才ジョッキーをもってしても連敗を止めることはできず、11頭立ての10着に終わった。それでも、武豊騎手は入線後に"ウイニングラン"を行ない、粋なファンサービスを披露した。

 その後、ハルウララは7戦するも勝ち星を挙げられず、2004年8月のレースを最後に実質的に引退(競走馬登録が抹消されたのは2006年10月)。最終的には、113戦0勝という成績で競走生活を終えた。

 それからしばらくは、この馬の名前を聞く機会も減ったが、ウマ娘によって今また人気が上昇している。特に英語版のウマ娘が出てからは、海外のファンも増えているという。

 ハルウララは2025年9月、余生を過ごしていた牧場で生涯を終えた。その際にも、さまざまな国の人たちから感謝のコメントが届いた。

 負け続けて人気になったハルウララ。世界中を見渡しても、そんなサラブレッドはかなり稀な存在ではないだろうか。

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