元ホンダ・浅木泰昭 連載
「F1解説・アサキの視点」第9回 前編
2026年のF1は、ホンダが新たにイギリスのアストンマーティンと組み、5年ぶりにワークス復帰を果たした。アストンマーティンのマシンを手がけるのは「空力の鬼才」と呼ばれる天才デザイナーのエイドリアン・ニューウェイ。
日本だけでなく世界中のファンが大きな期待を寄せ、注目していたが、オフのテストからトラブルが続き、まともに周回を重ねることができない状況となっている。昨年まで優勝争いを演じていたホンダにいったい何が起こっているのだろうか? 元ホンダ技術者の浅木泰昭氏に分析してもらった。
【ホンダだけが想定を超えてきた......】
開幕の2戦(オーストラリアGP、中国GP)が終わりましたが、メルセデスとフェラーリの2強は想定どおりの強さでしたね。彼らは新しいレギュレーションに対してやるべきことをきちんとやってきた。プロフェッショナルだと思います。
新規参入のアウディ、フォードと提携したレッドブル・パワートレインズ(RBPT)は2戦でそれぞれ1台ずつトラブルが発生し、リタイアに終わりました。初めてF1用のパワーユニット(PU)を作って戦うので、そういった苦しみはあるだろうと想定していたことが実際に起こりましたが、メルセデスだって年に数回はトラブルで壊れるわけですから。
アウディとRBPTはすでに入賞も飾っていますし、本当にたいしたものです。とはいえ、彼らが順調に開発をしてくれば、これくらいはやるだろうと思っていました。そういう意味では想定内の結果です。私の想定を超えてきたのはホンダだけです......。
ホンダのPUは2強に対してエンジンの馬力は多少落ちるかもしれませんが、アストンマーティン・ホンダはメルセデスやフェラーリとともにトップグループを形成するのではないかと予測していました。
新しいレギュレーションでは、内燃機関の圧縮比の上限が18:1から16:1に引き下げられました。しかし、メルセデスはルールのグレーゾーンを突いて、マシン走行時に実質的な圧縮比を高める方法を見つけたと言われています。
その結果、エンジンで10kW(約15馬力)くらいの優位性を得ているかもしれません。そうするとラップタイムで1周あたりコンマ2秒のアドバンテージになりますが、ホンダは電気の部分に強みがあります。
電気エネルギーの制御システムのエンジニアは優秀ですし、自社で開発するバッテリー性能も他社に負けることはないと思います。エイドリアン・ニューウェイさんが手がけるアストンマーティンの車体性能がメルセデスやフェラーリよりもよければ勝負できるだろう......というのが私の読みでした。
ところが開幕前のテストでも満足に走れない。しかもPUの部品が足りないので周回ができない状況に陥るとは、想像もしていませんでした。
PUから発生する異常振動によってバッテリーにダメージが出ているとホンダは発表していますが、バッテリーは飛行機で輸送するので、法律で定められた厳しい振動テストを受けなければならないのです。それをクリアしたバッテリーが壊れるというのは普通のことではないです。
それがテストで走り出す段階になるまでわからなかったというのは、ちょっと考えられない。新しいPUを用意するのが精一杯で、テストで走ってみるまで問題の深刻さを理解していなかったのかもしれません。
【PU開発の問題点はどこにあるのか】
新しいレギュレーションではPUの開発ポイントは、カーボンニュートラル燃料の使用が義務づけられ、エンジンの圧縮比の上限が16:1に制限されたなかでどれだけのパワーを出すことができるのか。
もうひとつはMGU-K(運動エネルギー回生システム)を含めたPUをどのように車体に搭載して、振動や駆動力にどう耐えるようにするのか。これはホンダとアストンマーティンが一緒になって解決していくことですが、大きく言って、このふたつがキモだと思っていました。
ただし新レギュレーションに対応する開発に加え、もうひとつポイントがあります。それはバジェットキャップ(予算制限)です。2026年シーズンからPUメーカーにも厳格なコストキャップが課され、PU開発費の上限は年間約1億3000万ドル(約200億円)となりました。
だからレギュレーションが全面的に刷新されるからといって、PUのすべてを変えてしまうと、お金と時間の両方が足りなくなる。その結果、大事な開発ができなくなってしまう可能性があります。
でもホンダにはチャンピオンになったPUがありますので、そのまま使えるところは山のようにあるはず。むしろ何を変えて何を変えないのかを選択して、お金や人材をどこに集中するのかが大事になると、私は思っていました。
ところがPUの設計を全面的に変えてしまった可能性があります。あくまでも私の推測ですが、その結果、変えたところにトラブルが続出し、慌てて人を補充して開発をしたけれどもうまくいかない......という状況になっているのかもしれません。
もし本当にそんな戦い方をしたら勝てるわけがない。バジェットキャップがあるなかでは、無駄なことをしていたら時間とお金はかかるし、レースでも勝てないんです。開発をマネジメントする人間は、本質がどこにあるのかを見抜かないと。
今の状況は、第4期のマクラーレン・ホンダ時代よりもひどいかもしれません。あの時(2015年)は他社よりも1年遅れで、新しいハイブリッドのPUレギュレーションが導入されたF1に参戦しています。それに当時のホンダは一度完全にF1を撤退していたので、スタッフの大半がF1未経験者でした。
そういう状況だったので復帰当初はうまく行かない可能性あったと思いますが、今回はHRC(ホンダ・レーシング)がRBPTに技術支援をする形でF1に関わり続け、チャンピオンを獲れるだけの能力がある会社だということを見せつけておいてこの結果ですからね。何かやってはいけないことをやってしまったとしか、私には考えられません。
後編につづく
<プロフィール>
浅木泰昭 あさき・やすあき/1958年、広島県生まれ。1981年に本田技術研究所に入社し、第2期ホンダF1、初代オデッセイ、アコード、N-BOXなどの開発に携わる。2017年から第4期ホンダF1に復帰し、2021年までパワーユニット開発の陣頭指揮を執る。第4期活動の最終年となった2021年シーズン、ホンダは30年ぶりのタイトルを獲得。



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