元ホンダ・浅木泰昭 連載
「F1解説・アサキの視点」第9回 後編
2026年のF1は、ホンダが新たにイギリスのアストンマーティンと組み、5年ぶりにワークス復帰を果たした。アストンマーティンのマシンを手がけるのは「空力の鬼才」と呼ばれる天才デザイナーのエイドリアン・ニューウェイ。
日本だけでなく世界中のファンが大きな期待を寄せ、注目していたが、オフのテストからトラブルが続き、まともに周回を重ねることができない状況となっている。昨年まで優勝争いを演じていたホンダにいったい何が起こっているのだろうか? 元ホンダ技術者の浅木泰昭氏に分析してもらった。
【まずはレースを完走できるように】
新レギュレーションでは、「ADUO(追加開発アップグレードの機会)」と呼ばれる制度が導入されます。PUは開幕前にホモロゲーション(認証)され、それ以降は原則としてパフォーマンス向上のためのアップデートはできませんが、国際自動車連盟(FIA)がPUの性能を6戦ごとに測定し、ほかのメーカーよりも著しく低い性能のPU(パワーユニット)には追加のアップデートの機会を与えるというものです。
ホンダにもADUOが適用されるのではないかと言われていますが、私がFIAの人間だったらそんなことはしません。壊れるのを壊れなくするという信頼性の向上に関する改良はもともと認められているんです。
それにホンダは開幕前のテストからまともに走っていません。ホンダのスタッフですら、ホンダのPUの実力をわかっていないかもしれません。ライバルに比べて、どのくらいパワーが落ちているかさえもわからない状況で、どうやって救済の手を差し伸べるのですか。
「まずは壊れないようにして、レースを完走できるようにしたらいいんじゃないですか」と私がFIAの人間だったら言います。ちゃんと走れるようになったあとで、データを見て、救済するかどうかを決定することになると思います。
でも、ホンダが異常振動というトラブルを解消できたら、アストンマーティンは、メルセデスやフェラーリとともにトップグループを形成するのではないかと予想しています。
私はホンダの後輩たちの能力を疑っていません。彼らはレッドブルとともに何度もタイトルを獲得し、2023年には22戦21勝という前人未踏の大記録を打ち立てました。能力がある人間でなければ、そこまでの圧倒的な勝率を記録できるはずがないと信じています。
だけど、昨年までチャンピオン争いを何度もしてきた集団が完走さえもままならない状況に陥っているのはなぜなのか。それは個々のエンジニアの能力が原因ではありません。開発を取りまとめるリーダーの判断ミスがあったとしか私には思えない。
リーダーが自分たちの能力を過大評価し、ギリギリのスケジュールのなかでエイドリアン・ニューウェイさんが主張する理想論を受け入れるという判断をしてしまったのではないか。だから変えなくてもいいものを変えた結果、開発が遅れてしまった。さらに振動の問題を把握するのも遅れて、今の状況を招いたというのが私の推測です。
もし大幅にPUを作り変えるという判断をするにしても、戻る場所を作ってからやらないとダメだと思います。新しいものがうまくいかなかったら、ここへ戻そうと。それを準備していないのであれば、プロとは言えません。
そういった判断を含め、人とお金と時間をどこにどれだけ配分するのか、という開発全体のマネジメントがうまくいかなかったのかもしれません。
【日本GPでのアップデートに注目】
PUが加振源、その言葉どおりに振動を発生させる原因で、バッテリーはその振動の受け手になり、走行をすると激しい振動が発生してバッテリーにダメージを与えています。この問題をどう迅速に解決するのかがホンダの技術者に今、問われています。
シーズンオフのテスト走行で十分に走れなかったなかで、開幕戦のオーストラリアGPまでにできることは限られていたと思っています。テストで最初から走れていれば違う対策を考える時間もあったかも知れませんが、問題をはっきりと認識したのは開幕の直前だったように見えました。
その推測が当たっていたら、オーストラリアGPと中国GPの開幕2連戦はおそらくあとづけの対策になったと思います。私の経験的に短時間での効果的な振動対策は、ダイナミックダンパー(動吸振器)のあとづけや、つっかえ棒のような部品追加での剛性アップです。
ダイナミックダンパーはゴムと重りで構成された部品で、振動している部分に取りつけ、振動を軽減させるものです。量産車でも使われている技術で、ダイナミックダンパーのような応急処置で症状が収まれば、開発の遅れは数カ月で済みます。
そうした対策によってレースを完走できるようになったのかという視点で第2戦の中国GPに注目していましたが、フェルナンド・アロンソ選手とランス・ストロール選手はともにリタイアに終わります。私の見る限り、あとづけの対策は十分な効果を発揮していなかったように感じました。
日本GP(3月27~29日)ではさらなるアップデートをするようですが、それでもうまくいかなかったら大幅な改修が必要になります。
なぜアウディやレッドブル・パワートレインズ(RBPT)などの未経験チームでも発生していない振動がアストンマーティン・ホンダだけで出てしまったのか。その原因を各PUパーツの配置や車体への取り付け方が映っている写真などから検証して、根本的な問題を特定する必要があります。この作業の進め方には技術者のセンスが必要で、HRC(ホンダ・レーシング)の開発能力が問われる事態になっていると思います。
内燃機関のパワー不足に関しては、振動対策のあとになるでしょうが、別部隊で同時並行的に推進しておく必要もあるでしょう。
F1は、中東情勢の悪化で日本GPのあとに予定されていた第4戦バーレーンGPと第5戦サウジアラビアGPの中止が発表され、5週間のインターバルが空いくことになりました。ホンダにとってはこれで多少の時間稼ぎができますが、そんな短期間で解決できるような事象がどうかはわかりません。
異常振動の発生はアストンマーティンという1チームだけで起きている事象ですから、他車と比較しながら真相を究明していくことになると思いますが、私は現在のアストンマーティン・ホンダを見ていると、ゼロポッドを投入した時のメルセデスの姿を思い出します。
メルセデスは2022年の開幕から空力性能の向上を目指し、サイドポンツーンを極限までコンパクトにしたゼロポッドも採用しました。他車を出し抜こうとしてトライしたのですが、マシンが上下に激しく揺れるポーパシングに悩まされ、思うような競争力を発揮できませんでした。
結果的にメルセデスがゼロポッドのコンセプトを廃棄するまで約1年半かかりましたが、ホンダには同じ轍を踏んでほしくはありません。アストンマーティンとともに協力し合って少しでも早く問題を解決し、本来あるべきポジションで戦えるようになることを心から願っています。
第10回につづく
<プロフィール>
浅木泰昭 あさき・やすあき/1958年、広島県生まれ。1981年に本田技術研究所に入社し、第2期ホンダF1、初代オデッセイ、アコード、N-BOXなどの開発に携わる。2017年から第4期ホンダF1に復帰し、2021年までパワーユニット開発の陣頭指揮を執る。第4期活動の最終年となった2021年シーズン、ホンダは30年ぶりのタイトルを獲得。2023年春、ホンダを定年退職。現在はF1コメンテーターとして活躍。初の著書『危機を乗り越える力 ホンダF1を世界一に導いた技術者のどん底からの挑戦』(集英社インターナショナル)が好評発売中。



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