【大学駅伝】世代ナンバーワンランナー・増子陽太(学法石川高・...の画像はこちら >>

後編:増子陽太(学法石川高→早大)インタビュー

今春、早稲田大に入学する増子陽太(学法石川高)は、中学時代から世代トップランナーと言われながら高校3年夏のインターハイ出場を逃し、ドン底の状態を味わった。だが、持ち前の思考法によってその状況を抜け出すと、自身が悩まされてきた貧血への対応も含め、上昇気流に。

最終的に冬の全国高校駅伝ではエース区間の1区を区間新記録で区間賞を獲得。
さらに成長するために、今から始まる大学での挑戦に胸を踊らせている。

前編〉〉〉早稲田大での新たな挑戦と学法石川高(福島)時代の波乱万丈

【貧血を克服して高3は秋シーズンから上昇】

 昨年7月にあった日本選手権も、前向きに考えるきっかけになった(増子は全国インターハイには出場できなかったが、国内最高峰の舞台には参加標準記録を突破していたため出場することができた)。

「失礼なことかもしれないんですけど、日本選手権は楽しもうと思って走りました。プレッシャーとかを感じずに、ただただ自分がしたい陸上をすればいいと思っていたので。メンタルはまだ回復しきっていなかったのが、これをきっかけに陸上を楽しんでいこうって思いました」

 その舞台では、2024年にドバイで開催されたU20アジア選手権(増子は3000mで金メダルを獲得)で一緒だった飯田翔大、折田壮太(ともに青学大)と再会。「ふたりとも結構苦労していたので、話をさせていただいて、自分も頑張ろうって思いました」と言い、ふたりとの会話は心の負担を軽くしてくれた。

 また、貧血を克服できたのは、思いきった試みからだった。

「中学3年生から貧血を持っていたので鉄剤の処方をしてもらっていたのですが、それでもよくなりませんでした。胃が荒れている時に鉄剤やサプリメントを摂ると、逆に回復が遅くなるという記事を見たこともあって、勇気を持って減らすことにしました。あと、ファスティング(断食)という、いったんリセットすることも試してみました。

 陸上選手なのでまったく食べないのはよくないと思ったので、18時間ほど食べない期間を1回設けて、部活を休んでいた2週間は刺激物を取らずに、お粥などを食べていました。そうしたら回復力も上がってきて、体のだるさもなくなって、(血液の)数値も少しずつ良くなってきました」

 このようにして心身ともに状況は上向き、秋以降にさらなる飛躍を遂げた。

9月に2000mで5分10秒47の高校最高記録を打ち立てると、10月、11月と5000mで好記録を連発。11月16日のNITTAIDAI Challenge Gamesでは高校歴代3位の13分27秒26をマークした。そして、都大路では圧巻の走りを見せた。

【「その時その時で正解を見つけていけたら」】

 増子の話を聞いていて、その軸のブレのなさに驚かされる。決して他人の意見に耳を傾けないというわけではない。柔軟性を持ち合わせつつも、自ら考えて行動を取ることができるアスリートなのだ。

 例えば、シューズの選択ひとつをとってもそう。都大路で増子がストリークフライ2というシューズを履いてレースに臨んでいたことは、SNS等でちょっとした話題になったが、その選択にはちゃんとした理由があった。

「(11月までトラックレースに出ていたため)スパイクから厚底シューズへの移行期間があまりなかったので、できるだけスパイクに近い感覚のシューズを履きたいなって思っていたんです。なおかつ、自分の感覚に合っていて、自分のしたい接地を助けてくれるシューズがこれでした」

 チームメイトは皆、ほかのシューズを履いていたが、増子は自分の感覚を信じて勝負シューズを選んでいた。

 この春から早稲田大学に進学するが、そこで競技に取り組む姿勢も自身の芯をぶらすつもりはない。

「高校生活を通して今まで自分が成し遂げてきたこと、積み重ねてきた記録や順位をあまり重く感じることなく、失敗してもいいから自分のしたいことをしようと思っています。

自分の芯をぶらさずに走っていきたいです。今はロードでしか日本人は戦えないみたいな風潮があると思うんですけど、僕は、大学在学中はトラックに挑戦したいと思っています。5000mは12分台、10000mは26分台を確実に出すことを目標にしていきたい」

 その志は高く、こうきっぱりと言いきる。

「いろんな人がいるので、たまに自分の芯を揺さぶってくる発言を聞くことも、もちろんあります。自分が陸上を続けていくなかで、これからそういう人も増えていくだろうと思います。でも、自分で考えて、自分で意識することのほうが大きい。そこは絶対にぶらしたくないです。

 もしかしたら、自分が正解だと信じ込んだことが間違っているかもしれません。そういったところを、強い選手を見てアップデートしていきたいと思ったのが、早稲田大学に進学を決めた理由のひとつです。自分はもしかしたら間違えながら陸上をしているかもしれない。でも、それも面白いかなって思っています。正解に近づけるように陸上ができた時が自分の一番のピークだと考えているので、今はガムシャラに探さずに、その時その時で正解を見つけていけたらなって思っています」

 増子はこんなことを口にしていたが、この発言にこそ、彼が世代トップに返り咲くことができた理由がある。

増子は、間違えることを厭わない勇気を持ち合わせたアスリートなのだ。だからこそ、時には遠回りすることもあった。この先も間違った選択をすることもあるだろう。

 増子はそれを自らの伸びしろと捉えている。この先も、まだまだ強くなれると信じて――。

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