『ハイキュー‼』×SVリーグ コラボ連載vol.2(28)

VC長野トライデンツ 一条太嘉丸 前編

【日体大の先輩、髙橋藍からのアドバイス】

「(サントリーサンバーズ大阪の髙橋)藍さんは、周りを気にせずに自分のプレーができる。そこに迷いがない。そうなるのは難しいけど、マインドはマネしないとなと思います」

 VC長野トライデンツの一条太嘉丸(23歳/いちじょう・たかまる)は、日本体育大学時代の先輩で、日本代表の髙橋藍について語った。

「行き詰まっていた時、藍さんにはよく相談しましたね。自分はなかなかサーブレシーブに自信を持てなかったので、どういうマインドでやったらいいのか、どうしたら変えられるのか、という部分を。藍さんはレシーブもうまいですから。それで、『自分を変えるマインドを作る。その前の準備のところが大切』と言われたのを覚えてます」

【男子バレー】VC長野の一条太嘉丸が追いかけた、髙橋藍ら頼も...の画像はこちら >>

 一条はアウトサイドヒッターとして、同じポジションの髙橋に代表されるオールラウンドタイプを志向している。サーブ、レシーブでゲームチェンジャーになる。つなぎでは負けたくない。

「バレーで人と出会う運には、恵まれていたと思います」

 一条はバレー人生を振り返って言う。

 大阪府枚方市に生まれた一条は、まず"地の利"の恩恵を受けた。自宅裏にアリーナがあり、パナソニック・パンサーズ(現・大阪ブルテオン)のジュニアチームが活動していたのだ。

「枚方のアリーナの裏に住んでいなかったら、その機会はなかったかもしれません」

 一条は関西弁のアクセントで言った。

「5歳上の兄が先にパンサーズ・ジュニアにいたんです。

野球、サッカーもあったんですが、バレーにハマって。小学1年の終わりに始めたんですが、5歳も上だけど兄に負けたくなかった。いつもケンカを挑んで、いつも負けましたけどね(笑)。最初はバレーじゃなくてもよくて、『お兄ちゃんに追いつきたい』って一心でした」

 兄と張り合う気持ちが、勝負の精神を育てたのか。小学校では兄が出られなかった全国大会に出場し、中学では全国で優勝した。必死にやっているうちに、バレーでは誰にも負けたくなくなっていた。

【大塚達宣、工藤有史らの背中を追いかけて】

 パンサーズ・ジュニア時代から、常に"道標"があったという。

「運がよかったんですよ。たっちゃん(大塚達宣/ミラノ)や、(VC長野の工藤)有史さんなど、一緒に先を目指せる選手が近くにいましたから」

 一条は言う。2年上の大塚は東京、パリ五輪の代表で、1年上の工藤も昨年の日本代表メンバーに選出されている。

「小学校からVリーグでプレーすることに憧れていました。土日は必ずリーグ戦を見に行って。キッズエスコートではパンサーズや日本代表で活躍していた福澤(達哉)さんと一緒になったこともあります。

 福澤さんのプレーに憧れて、同じアウトサイドをやるようになりました。小学校の頃は、めっちゃ(スパイクの)打ち方もマネしていましたね。髪型も同じでした(笑)」

 高校は、工藤が進学した清風に決めた。そして、3年連続で春高バレーのセンターコートに立った。成績は準優勝、3位、3位。堂々たる結果だ。

「当時は(全国に)出るのが当たり前で、インターハイ、春高の価値がわかっていませんでした。センターコートといっても、常勝軍団でしたから。僕が1年の時に、西川(馨太郎/大阪ブルテオン)さんなど3年生が礎を作ってくれたので、『これはつなげなあかん』って思いだけでしたね。だから準決勝で負けた2年時の駿台学園戦、3年時の東福岡戦は悔しかったです」

 伝統の水色のユニフォームを身に纏い、頭にハチマキを巻くと、スイッチが入った。その3年間は財産だ。

【日体大で磨いたもの】

 一方、有力選手が集まった日体大では入学当初、高校年代との差を感じた。

「高校時代は勢いで誤魔化していたので、大学では通用しなかったです。圧倒的な高さやパワーを前に、"殴り合いになった時に俺が殴れない"という感じで、挫折を経験しました。

 それで、『せっかく日体大という、組織力や守備が持ち味のチームに入ったんだし、つなぎで負けないようにしよう』と取り組んだんです。グンとは伸びなかったけど、その時に得た知恵は今も生きていますね」

 本人も言うように、いつも環境や人に恵まれていた。アリーナが自宅の裏にあったことに始まり、バレーをやっていた兄がいて、大塚、工藤のような先輩がいて、常勝高校で先輩の薫陶を受け、大学でも髙橋を筆頭に能力の高い選手が多くいた。

「最前線でやっている人がずっとそばにいました。それは自分の宝。小さい時は"遊んでくれるお兄ちゃんたち"って感じで、気づかなかったんですけどね」

 一条は神妙な声で言った。SVリーグ1年目、出場機会は限られているが、サーブレシーブ成功率は40%以上(3月26日現在)。今は飛躍の機会を待つ。

「やりたいことを少しは出せているのかなって。ケガをした選手がいて出られることになっても、それは自分の運。

チャンスは多くないと思うので、一本の価値は高いです。だから失敗できないプレッシャーもあります」

 5歳上の兄にも挑んだ負けじ魂は、何ひとつ変わっていない。SV挑戦は始まったばかり。名前の太嘉丸(たかまる)は"高まる"との語呂合わせだ。

(後編:一条太嘉丸がベストメンバーを選抜 青葉城西の敗戦シーンは「春高予選はあんな感じやったな」>>)

【プロフィール】

一条太嘉丸(23歳/いちじょう・たかまる)

所属:VC長野トライデンツ

2002年8月24日生まれ、大阪府出身。身長188cm・アウトサイドヒッター。小学1年生の時に、パンサーズ・ジュニアでバレーを始める。清風高校では春高バレーに3年連続で出場するなど、全国大会で活躍。1年時の春高では準優勝を経験した。日本体育大学ではキャプテンも務め、全日本インカレなどで活躍した。2024年に日本製鉄堺ブレイザーズに期限付きで加入。翌年にVC長野トライデンツに入団した。

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