「禁忌」とされる糖尿病薬が薬包に含まれていた
提起と同日に都内で開かれた会見では、原告側の弁護士が事件の経緯を説明した。事件当時、都内に在住していた田村マキさんは持病のため、かかりつけ病院の訪問診療を受けていた。
2021年10月18日、薬剤師は糖尿病の患者のために処方した後に、田村さんの薬を処方。しかし、錠剤を薬包(半透明のビニール袋)に個包装する機械「分包機」には、前の患者の薬が残っていた。そのため、本来なら薬が2.5錠ずつ入った薬包が28包出てくるところ、そのうち7包に前の患者の薬が混ざり、4.5錠ずつ入った状態で分包機から出てきた。
通常、薬を分包した後には、分包を担当した者とは別の薬剤師が、薬の種類と数を処方箋と照らし合わせて間違いがないかどうかを確認する、「薬剤鑑査」の手続きが行われる。しかし、処方箋が指定した2.5錠よりも多い数が入っている薬包があることが見逃され、そのまま田村さんの家に届けられた。
11月15日、田村さんは意識不明となり、緊急搬送される。
同月16日、病院の薬剤師が搬送の際に田村さんの家から病院まで持ち出された薬包を鑑別したところ、田村さんの「お薬手帳」には糖尿病薬の記載がないにもかかわらず、2種類の糖尿病薬が1錠ずつ含まれている薬包があることを発見。病院の薬剤師がスギ薬局に電話で確認し、調剤に誤りがあったことが判明したという。
該当の糖尿病薬は、重篤かつ先鋭性の低血糖を起こす可能性があるため高齢者への処方が「禁忌」とされている、ハイリスク薬であった。
同月17日、スギ薬局の担当者が田村さんの長男に電話し、調剤過誤の事実を告げる。
その後、田村さんの意識が戻ることはなく、2022年5月2日、心不全により74歳で死亡した。
田村さんに処方された薬(交渉の過程で、スギ薬局側より原告側に提供)
約3850万円の損害賠償を請求
田村さんの死亡後、原告は刑事告訴を行い、またスギ薬局と民事的な交渉を続けたという。しかし、原告側の柳原由以弁護士によると、刑事手続きは検察官送致の前の段階で止まり、刑事事件として立件される様子はなかった。また、スギ薬局は事件の公表に難色を示し続けていることから、提訴に至ったという。
「スギ薬局に事件の重さを受け止めてもらうためにも、マスコミにはしっかりと報道してほしい」(柳原弁護士)
訴訟の被告は株式会社スギ薬局、問題となった調剤を担当した薬剤師2名、および責任者である管理薬剤師1名。
請求した損害賠償の合計は約3850万円。賠償項目の内訳は、田村さんの死亡慰謝料、遺族固有慰謝料、入院関係費用など。
会見に参加した田村さんの長男は「母が亡くなったことは『無念』の一言に尽きる」と語った。
「スギ薬局には母が死んだことに向き合って、公に謝罪することを求めてきたが、その要求は受け入れられなかった。自分たちのミスで人が亡くなった、という事実にしっかり向き合ってほしい」(田村さんの長男)
原告側の加藤丈晴弁護士も「薬局側が謝罪を行わず、事件の公表もしない状況で、示談を受け入れることはできない」と語った。
田村さんの長男(8月28日都内/弁護士JP編集部)
薬剤監査の有無、事故と死亡の因果関係については主張に相違
本件については、原告側とスギ薬局側とで、事実認定に関する主張に相違がある。原告側によると、スギ薬局側は、問題となった処方について「薬剤鑑査の手続きは行われたが、そのうえで糖尿病薬が含まれていることが見落とされてしまった」と主張しているという。
これに対し、原告側は「薬剤鑑査が行われたのに、処方よりも多い数の錠剤が含まれているのを見逃すのはあり得ない。担当した薬剤師らは、薬剤鑑査の手続きを怠ったはずだ」と話す。
さらに、スギ薬局側は、田村さんが死亡した原因が調剤過誤にあることも認めていないという。一方で原告側は「意識不明になった直後に病院に搬送され、入院中に健康状態が悪化する別要因も存在しなかった」として、調剤過誤と死亡には因果関係があるとしている。
田村さんの長男によると、スギ薬局の代表者は、調剤過誤が原因で田村さんが健康を害したことは文書で認めたが、「母の死亡の原因が自社にある、と認めることは慎重に回避している印象を受けた」という。
加藤弁護士は「代理人間の交渉でも、スギ薬局側は、田村さんの死亡の責任を認めるかどうかの回答を曖昧にしている」と語った。
編集部の取材に対し株式会社スギ薬局は、今回の提訴について下記の通りコメントがあった。
「民事訴訟を通じて、遺族の方々には誠実な対応を続けていく所存です。また、亡くなられた田村さんのご冥福をお祈りいたします」(広報担当者)