刑務所問題をライフワークとする記者が、全国各地の“塀の中”に入り、そこで見た受刑者の暮らしや、彼らと向き合う刑務官の心情をレポートする。
熱心に机に向かう受刑者たち
船舶職員科の受刑者たち8人が刑務所内で過ごすのは一般受刑者とは違う特別なエリアだ。「準開放寮」と言われ、部屋の扉に鍵はなく自由に出入りできる個室が並んでいる。トイレは共同、食事は各々が自室に持ち込み1人で食べることができる。
これは、刑務所が模範的な彼らに与える特別な措置だ。厳しい訓練が課せられる船舶職員科の受刑者は仮釈放が決まった受刑者に次ぐ扱いなのだ。消灯時間も通常は夜9時だが、船舶職員科は1時間遅い10時。余暇時間はテレビを視聴することも許されているが国家資格取得を目指す彼らはみな、テキストやノートを広げ就寝時間になるまで熱心に机に向かっていた。
海技士の資格を目指す受刑者たちは、どんな思いで訓練を受けているのだろうか。実際に話を聞くことができた。
覚醒剤密輸で逮捕された受刑者「人生で初めての猛勉強」
インタビュー場所は少年北海丸の船底にある訓練生室。窓はなく10畳ほどの広さだ。実習訓練の際には夜半過ぎまで漁を続け、訓練が終わると、この閉ざされた狭い部屋で朝まで仮眠をとる。現れたのは、覚せい剤取締法違反などの罪で懲役10年の30代の受刑者だ。すでに8年弱服役し、残り刑期も見えてきている。海外から大量の覚醒剤を密輸しようとしたところを成田空港で発見され逮捕されたという。
――自分が犯した罪については今どう思っていますか?
「自分が犯したことによって、家族をはじめ多くの人に影響を与えてしまったことに関しては本当に申し訳ないことをしたと思っています」
――覚醒剤を密輸しようとした、その動機はなんですか?
「ギャンブルでつくった借金を返済するためです。その報酬で返済しようと考えたのです。もとはと言えば競馬とかカジノでつくった借金です。あわせて3000万円くらいですね、本当に遊ぶ金欲しさに何でも手を出してしまったのが悪かったと今では思っています」
男によると、交流のあった先輩に声を掛けられたのがきっかけで、4年近く見つからず密輸を続け、1回の報酬は500万円だったという。
――この訓練を志望した理由はなんですか?
「出所後の帰住予定地が漁業の盛んな街なので、そちらで生計を立てたいなと思ったからです」
――漁業関係の経験は?
「ありません。特にこれまでは漁業には興味もなかったんですけど、今ここに来てみて興味を持ちました。毎日ここで訓練させてもらって、海で働くのもいいかなって単純に思えてきました」
すでに船舶科に来て1年半が経っているという。何事も経験なのかもしれない。
「刑務所での職業訓練なので大変なことのほうが多いですけど、一般社会に近い環境で毎日作業させてもらっていることに感謝しています」
――大変なことってなんですか?
「作業するにしても毎日違うことが多いので、昨日教わったことと今日は違うことが多いですし、覚えることが多くて大変です」
――航海士と機関士、どちらを志望していますか?
「機関士です。どうしても機関士になりたいとかはなかったのですが、どちらかに決めなきゃいけないというので、なんとなく機関士にしました」
現在、資格取得にむけ休みの日は1日6時間以上、勉強しているという。そうしたことは人生でも初めてだというから“本気度”が伝わってくる。
――出所後の目標は?
「3月、機関士の試験があるのでまずそこに合格して、資格を取って漁業の道で生計を立てることです」
――具体的に漁業と言うと?
「遠洋漁業のマグロ漁に興味があるので、そういう船に乗れたらと思っています」
――重労働だと思いますけど不安は?
「全く未知の世界なので1年間船の上で生活するっていうのは不安しかないです。ただ不安はありますけど、一度は乗ってみたいなと。不安はあるけど、チャレンジしたいです」
――環境も変えて出直したいということ?
「はい」
――出所して再犯しない自信は?
「あります!」
力強く男は答えた。犯罪につながる過去の悪い人間関係を断ち切るためにも環境を変えたいと言う。