
ユニオンは「行政は積極的に『スタートアップ支援』や『女性リーダー支援』を行っているが、セクハラが多発する環境では、起業家が安心して成長できない」として、現状を早急に改善する必要性があると訴えた。
出資の見返りに愛人関係求められる
耳を疑い、同時に憤りを感じた。筆者自身、会社を退社しフリーランスの編集記者として“起業”したこともあり、起業家の気持ちはよく分かる。起業家、特に女性に対して出資の見返りに性的関係などを持ち掛ける投資家・ベンチャーキャピタル(VC)が存在することは、にわかに信じられなかった。「スタートアップユニオン」は、セクハラを受け、起業を中断せざるを得なくなった松阪美穂代表が中心となって昨年10月に立ち上げた組織で、現在、セクハラ被害を受けた起業家女性ら約20人が在籍している。
松阪代表は記者会見で、自らが受けた被害を例に挙げ、起業家女性に対するセクハラの詳細を説明した。
「私の場合、夫婦間の関係悪化に対処するカウンセリング事業を立ち上げようとしていましたが、投資家から、事業計画書をろくに見もせず『月100万払うから、愛人関係になろうよ』と言われました」
他の投資家からも同様のハラスメントを繰り返し受けたといい、「(ユニオン立ち上げまでに)苦しく、孤独な数年間を生きてきた」と振り返った。
「現在の法律では適用対象外とならざるを得ない」
未上場の新興企業に出資して株式を取得、将来的に企業が株式を公開(上場)した際に株式を売却して値上がり益を得る投資家・VC。しかし、女性に対する投資は、全体のわずか1~2%にとどまっている(※金融庁「スタートアップ界隈におけるジェンダーの多様性」に関するアンケートより)。「スタートアップユニオン」顧問弁護士の大竹寿幸弁護士は、その原因のひとつが投資業界内のセクハラがまん延する土壌にあると指摘する。
ある調査によると、女性起業家の約52%がセクハラ被害に遭っている。
女性起業家の52%がセクハラを経験していることを伝える2024年7月の調査結果(アイリーニ・マネジメント・スクールHPより)
被害の内容は、松阪代表の例にもあった不適切な発言や身体接触など。こうした行為によって、女性起業家が事業撤退に追い込まれたり、多額の損害が発生したりする事案が相次いでいるという。
各分野でセクハラへの法規制等が進んでいる一方、「起業家に対するセクハラの法規制はいまだに存在していない。起業家が被害を受けた時に、どこに相談すればいいのか、誰を頼ったらいいのか、ということも明確にはなっていない」(大竹弁護士)。
現在、男女雇用機会均等法や労働施策総合推進法(パワハラ防止法)など、セクハラを規制するいくつかの法律はあるが、それらは雇用関係など特定の関係があることが前提となっている。
「起業家と投資家の間には、雇用関係や事業の委託・受託という関係があるわけではない。今までの法律では適用対象外とならざるを得ない」(大竹弁護士)
投資家名・VC名を公表することも検討
その上で、大竹弁護士は、新たに制定を求める「起業家新法」の概要について説明する。まず、ハラスメントの対象となる関係性は、①起業家と投資家・VC、②起業家と起業家(発注側と受注側)、③起業家(起業家予備軍を含む)とメンター(助言者)としている。また、男性起業家が被害者となるケースも想定する。
ハラスメントが違法であり、禁止することを明記し、公的相談窓口も設置。公的機関が注意勧告を行っても効果がなかった場合は、投資家名・企業名を公表する等の措置をとる。
さらに、「スタートアップユニオン」では、起業家新法制定を要望する他、独占禁止法の改正等の要請も行っていくという。
同法は「自己の取引上の地位が相手方に優越していることを利用して正常な商慣習に照らして不当な行為をすること」を、優越的地位の濫用として禁じているが(独占禁止法2条9項5号)、それに加え、性的関係を交渉・取引材料に用いることや、性的関係を理由として取引することを禁止する条項も盛り込むよう要望していくという。
また、将来的な取り組みとして「セクハラ法」の設立も目指す。大竹弁護士は、就活生を狙った性犯罪の事例等も挙げ「いろいろな場面でセクハラは生じ得る。包括的に禁止する法律ができればいいと思う」と語った。
「起業家のセクハラ被害があることを認識してほしい」
「スタートアップユニオン」が昨年2月から開始した「起業家新法」制定に向けた署名活動へは、今年1月までに4700人から賛同の声が寄せられている。「まずは実際に、起業家が投資家やVCからセクハラの被害を受けている問題がある、ということを十分認識していただきたい。日本のスタートアップ支援はまだまだ不十分。とりわけセクハラの防止、被害者に対する支援は弱い。広い視野を持って起業家への支援を行っていただけるよう国に対しても活動していきたい」