1月31日、グーグル日本法人の従業員6名が、退職勧奨に応じなかったことで不当な扱いを受けたとして、同社に総額約6300万円の損害賠償を求める訴訟を提起した。

閑職部署への異動、賞与の減額…

本訴訟の被告は、アメリカの大手IT企業「Google」(以下「米国グーグル」)の日本法人である「グーグル合同会社」(以下「グーグル日本法人」)。なお、2015年より、米国グーグルは持ち株会社「Alphabet(アルファベット)」の傘下となっている。

原告は、グーグル日本法人につとめる、6名の正社員労働者。いずれも外国籍。また、原告ら全員が、日本金属製造情報通信労働組合(JMITU)の「アルファベットユニオン支部」の組合員である。
2023年1月、米国グーグルは全世界で約1万2000人の従業員を解雇すると発表。同年3月2日、グーグル日本法人は、対象となった従業員に対し、3月16日の午前7時を期限とする退職勧奨を通告した。
4月6日、退職を拒否した原告5名が、閑職部署に異動させられる。また、1名の原告にも8月30日に退職勧奨が行われ、拒否したところ、業務を変更させられ補助的な仕事に従事することを余儀なくされた。
2024年3月、原告らに支払われた賞与は、異動や業務変更がされる以前に比べて大幅に減額していた。また、それまで報酬として付与されていたアルファベット社の株式が、まったく付与されなかった。さらに、例年は毎年行われていた昇給がなされず、賃金が据え置きにされたという。
本訴訟は、退職勧奨を拒否したことを理由に異動・業務変更や賞与の減額・株式の未付与などの不利益取り扱いを行うことは労働者の人格権侵害であり、かつ雇用契約上の義務違反であるとして、損害賠償を求めるもの。
具体的には、未払いの賞与、未付与の株式の換算額、昇給がされていた場合と実際に支払われた基本給との差額など、原告6名で総額6333万7410円を請求する。

日本の法律は「労働者の自由意思」を尊重するが…

訴状によると、グーグル日本法人は産休中・育休中で自宅にいた人を含めて、退職勧奨の対象とした従業員に対して一方的にメールを送り、退職条件を示した。回答の期限は約2週間ときわめて短い。
また、期限の2日前にあたる3月14日には、退職に合意しない場合には閑職への配置転換や社内システムへのアクセスを制限することを示唆するメールが送られた。
さらに、1名の原告は、社内の担当者から、退職に応じなければ「たくさんの人からハラスメントを受けることになる」と通告されたという。
本来、退職勧奨とは、会社が従業員に対して自主的な退職を求める方法だ。したがって、実際に退職するかどうかの決定権は、会社ではなく従業員の側にある。
そして、会社側からの働きかけがあまりに強く、退職するかどうかの決定権が従業員から事実上失われた場合、違法な「退職強制」として、無効となる可能性がある。
原告代理人の吉田健一弁護士は「企業である以上、人員削減が必要な場合はあり得るが…」としながらも、グーグル日本法人がとった方法を厳しく批判した。
「日本の企業では、メール一本で退職を迫るという、乱暴なやり方は許されない」(吉田弁護士)JMITU・アルファベットユニオン支部の小林佐保(さほ)執行委員長は、グーグル日本法人の対応を「退職勧奨を断ったことに対して、1人あたり1000万円や2000万円の経済的な被害をおよぼす『報復』だ」と表現した。
「組合では、社員から『退職勧奨を断ったら追い出し部屋に移され、賞与が減額されたというのは本当ですか』『そんな無様をさらすぐらいなら会社を辞めようと思う』などの相談を受けている。
(原告らに対するグーグル日本法人の対応は)退職勧奨を断った場合の『見せしめ』として、実際に効果を発揮している。
退職勧奨は社員の自由意思に基づいて合意することが、日本の法律の理念。このまま放置すれば、他社が追従し、日本の法律の理念が骨抜きにされてしまう」(小林執行委員長)

「グーグルは社員の信頼を裏切った」

原告らが異動させられた部署は、カスタマーサポートを担当する。
以前には派遣社員が対応していた案件を扱い、訴状によるとグーグル日本法人の側でも「将来性のないポジション」と述べていたという。
原告A氏は、異動の前は、大手企業からの広告出稿に関する業務を担当していた。「会社からは高い評価を受けており、出世もしていたため、なぜ退職勧奨の対象に自分が選ばれたのかわからない」と語る。
「異動後の部署では、業務の性質上、それまでの仕事の1%にあたる成果も出すことができない。それでも高いパフォーマンスを発揮してきたが、賞与を減少させられ、株式も付与されなかった」(A氏)
グーグル日本法人では、正社員の年間収入のうち大幅な部分を賞与や株式が占めているため、それらが減額された場合、従業員の生活には大きな影響が生じる。
原告B氏は2人の娘をアメリカの大学に通わせており、学費のための貯金もしていたが、近年の円安により負担が多大になっていた。そして賞与の減額や株式の未付与が原因で、娘に大学を中退させることも考えざるを得ない状況だという。
原告C氏は「日本で法人を作り、日本で活動するなら、日本の法律を守るべきだ」と指摘。
「しかし、グーグルは、何も考えずにアメリカのやり方を持ち込んでいるように思える」(C氏)
また、グーグル日本法人は企業理念として「多様性、公平性、包括性(DEI)」を掲げている。また、米国グーグルは、各国の法律を守るというメッセージを全世界の従業員に発信している。
従業員も会社を信頼しており、小林執行委員長が今回の事件を同僚に話したところ「社員の声をよく聞くグーグルが、そんなことをするはずがない」と言われたという。
「グーグルは、それだけの社員からの重い信頼を裏切ってしまった」(小林執行委員長)
本件についてグーグル日本法人にコメントを求めたが、現在まで回答は得られていない(31日午後6時時点)。



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