政府が副業・兼業の解禁を後押しする中、昨年4月、60代の男性が自殺したのは、複数の職場での複合的なストレスが原因だったとして名古屋北労働基準監督署が労災を認めていたことが報道などからわかった。
企業には現在、副業・兼業を行う従業員の通算の労働時間を管理し、時間外労働には割増賃金を支払う義務がある。
今後は、さらにメンタルヘルスの面でも管理を行っていく必要があると言えるだろう。しかし、従業員の健康を守るにはどのような方法があるのか。メンタルヘルス対策を行う「企業側のメリット」と合わせ、労働問題に詳しい弁護士に話を聞いた。

「副業先でのストレスのことまで…」

報道によれば、国立大学で研究員として国際貢献のプロジェクトに携わっていた男性は、東京都内に本社がある測量などを行う会社にも勤務。
いずれも2019年12月から働いていたが、2021年5月に亡くなった。大学では亡くなる直前の1か月余りにわたって上司による厳しい指導を受けていたという。さらに会社でも、約半年間で74か所の橋りょうを点検する事業の技術的な責任を負う立場にあったといい、労基署は2つの職場でのストレスが原因で男性がうつ病を発症したと判断した。
この事例を受けて、労働問題に多く対応する松井剛弁護士は「個別の事案として遺族にとっては良い判断だったと思う」とする一方、「政府が後押しする副業解禁の流れには逆行している」と指摘する。
「もし私が企業の担当者だったらと考えた時に、『労働時間の通算管理だけでも大変なのに、さらに副業先でのストレスのことまで考えなきゃいけないなんて…』と頭を抱えると思います。たとえば企業は労働者が家庭でストレスを抱えていたとしても、首をつっこんで正す必要はありません。会社からすれば、自社の外の事情という意味では、副業先での事情も家庭の事情も変わるものではありません」(松井弁護士)
しかし、2020年に改正された労働基準法で「複数の会社等の業務上の負荷(労働時間やストレス等)を総合的に評価して」労災かどうか判断するようになった。今回の事例は、複数の職場での「ストレス」を総合的に評価して労災を認めた初めてのケースとみられる。
「企業は今後、副業・兼業をする社員のメンタルヘルスに関して、何らかの対策をとる必要があると言えます」(松井弁護士)

副業社員に有効な「3つのメンタルヘルス対策」

しかし、労働者の副業・兼業先での「ストレス」をすべて把握することが企業にとって無理難題であることは想像にたやすい。
そこで、松井弁護士は具体的な対策として以下3点を挙げる。

①従業員の副業の「実態」をきちんと把握・管理する
②従業員自身による「セルフケア」を徹底させる
③現在行っているメンタルヘルス対策の「視野」を広げる
まず「①従業員の副業の『実態』をきちんと把握・管理する」について松井弁護士は、「労働時間の通算の問題もあるので、すでに行っている会社もあると思う」としつつ、「従業員が副業しているとして、何をどの程度しているのか、労働時間のほか、責任の重さや副業先の業界の主なストレス要因は何かなど、従業員の副業の実態をきちんと知っておくということが重要だと思います」と説明する。
次に、「②従業員自身による『セルフケア』を徹底させる」だが、これは厚労省も副業・兼業を行う労働者は就業時間が長くなる可能性もあるとして「自己管理をするように」と注意喚起をおこなっている。
「自身の体調のことを一番わかるのは従業員本人ですから、企業は従業員に対し、セルフケアの大切さについて研修・周知を行い、徹底を呼び掛けることも有効だと思います」(松井弁護士)
そして、「③現在行っているメンタルヘルス対策の『視野』を広げる」については次のように解説する。
「①とも重複しますが、自社のメンタルヘルス対策の中で、自社の業務量やストレスだけではなく、少し視野を広げて副業先でどんな業務をやっているのか、どれぐらい働いているのか、つらいことはないかをヒアリングする。もちろん聞いたところで、副業・兼業をしている人だけ仕事量を減らすわけにはいかないなど、調整できないこともあるとは思いますが、気は配っておく必要があるのかなと思います」(松井弁護士)

メンタルヘルス対策は「企業側のリスク低減にも」

こうした対策は、従業員の心を守るだけでなく、結果的に会社を守ることにもつながると松井弁護士は話す。
「たとえば、きちんとメンタルヘルス対策を行っていたA社と、そうではないB社で働いていたXさんが不調になり、今回の事例ように総合的なストレスが原因で労災が認められたとします。
もし、Xさんやそのご遺族が2社に対して損害賠償の請求を求めたら(※)、A社とB社の過失割合が問題になります。その時、『A社はメンタルヘルス対策をきちんと行っていました』と言えればA社の過失分を減らす方向に働きます。
※労働災害が認定されれば損害賠償請求が必ずしも認められるわけではない。また、労働災害が認められなくとも、損害賠償請求が認められる場合もある。
そういう意味で、メンタルヘルス対策というのは、労働者を守るだけでなく、企業側のリスク低減にもつながるものなのです」


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